第2話 勇者召喚(2)
勇者召喚計画。それが、俺の目に飛び込んできた言葉だった。
「そう、勇者を異世界から呼び出す。それが私の研究の集大成というわけだ」
茅原研究室長は、その小ぶりな胸を張りながらそう言った。
「…異世界」
言葉としてなら、知っている。
異なる世界、すなわち異世界。
俺たちが暮らしている世界とは別の世界が存在するという、よくファンタジー的な創作で目にする単語だ。
そこには、こことは全く異なった生活様式や生態系が繰り広げられているという。
「俺の知らない専門用語か…?」
一般的な意味として用いるなら、こんな真面目な場で彼女がそんな発言をするはずがない。
科学を発展させてきた第一人者でもあるこの女が、ファンタジーに頼るなんて信じられないからだ。
「天知君、異世界ってのと勇者っていうのを君は知っているか?」
「え、逆に知らないんですか?」
「ああ、彼女が発言するような意味では存じ上げない」
「茅原さんがどうとか知らないですけど…、異世界は別の世界、勇者は魔王とか倒す人ですよ」
なんだ、こいつも分かってないじゃないか。
「それは一般的な話だろ?ここではもっと現実的な話が行われるはずだ」
「おーい、山本くん!私は至極真面目に話しているんだが!」
つまり、こいつは本当に異世界なんてものを信じているわけで?いるかも分からない勇者を召喚しようとしていると?
「勘弁してくれよ…」
普段から突飛なアイデアが目立つことは知っていたが、遂に頭が壊れてしまったか。
「まあまあ落ち着きなよ、山本くん。頭がオカシイ扱いは今更なわけだが、今回も私は本気だよ。ほら、詳細は資料に分かりやすくまとめから見ておくれよ」
本気ね。
とりあえず、資料をもっと詳しく読んでみた。
「『"unknown"と仮に名付けた敵性体について、彼らが地救外、さらに補足すると異世界と呼ばれる場所から出現していることが判明した』?」
「そう!話の胆を文頭に持ってきたから、これで大体のことは理解できたろう?」
続けて読み進めていくと、そこには驚くべき事実が並んでいた。
俺たちの敵、仮称"unknown"。悪魔を思わせる外見をしている彼らは、異世界からやってきている事。
彼らは独自の文化、技術を持ち、異世界への移動手段を有している事。
彼らは俺たちが認知できない、この星の謎のエネルギー、仮称"マナエーテル"を得るために来ている事。
"マナエーテル"を利用することで、"unknown"の所持する文明機器を利用できること。
そして、"unknown"は、奴らの世界に存在する勇者とやらを、ひどく恐れているということ。
「驚いたな」
これらが事実だとするならば、途轍もなく価値のある情報だ。
「ふふん、これで私の計画について納得いったかい?」
にやにやとしている茅原研究室長の顔に思うところはあるが、腑には落ちた。
「奴らの"マナエーテル"を利用することで異世界から勇者を持ってくるってことか」
「その通り!」
全く、すごいことを思いつくもんだ。
「"マナエーテル"は奴らの感覚器官を機械に学習させることで知覚可能な状態にする。そして、前回押収した奴らの拠点にあったタンクに貯蔵。異世界に繋がるだろう門もすでに頂いてきた」
あとはこれらを組み合わせるだけさ、と俺にウインクしながら、茅原研究室長は満足そうに説明を終えた。
だが、俺からすれば、疑問のすべてが解決したわけではない。
「で、すべてうまくいって異世界との接続が完了したとして、勇者とやらはどうやって呼ぶんだ?」
そう。そこだけなんの説明もない。
説明中にも資料を端から端まで読み漁ったが、そんな記述は存在しなかった。
「…ふふふ。さすがは山本くん。いいところに目を付けたじゃないか」
あ、これ知ってる。ダメな展開だ。
「そこは、運だよ!」
思わず、腰が抜けそうになった。
ここまで立派な研究成果があり、一発逆転とまで思わせる情報があって、最後が運頼りかよ…。
「はぁー…」
つい出てしまったため息に、茅原研究室長がムッとした表情を作った。
「言っておくが!運とはいってもしっかりとした情報からの根拠がある方法だぞ?」
「…ほう?まあ、聞いてみようか」
宝くじはいつかだれか当たる、みたいなことを言ってきたら、俺は確実にこいつを殴るだろう。
「触媒だよ。触媒」
「…化学反応を促進させる?」
「違う違う。古の時代からあるとされる召喚魔法的な」
「…ふむ」
詳しく理解できないが、道具を使えば呼べるということか?
「うーん、なんと言えばいいのか…。あっ、あれだよ!磁石的な!特性的に合致したものを引き付ける的な!」
磁石、ときたか。
「つまり、異世界に繋がる門が開いたとき、勇者に連なる触媒を用意できれば、勝手に引っ張ってこれるはずだと」
「そういうことさ!」
それが、根拠か。
「それも、研究成果か?」
「うむ」
「情報源は?」
「奴らの拠点から押収した資料だ」
それは危険なんじゃないか。
「信じられるのか」
「何もしなくても3日後にはここは更地だけどね」
その資料とやらには、いろいろ書いてあったようだな。
「やるしか、ないんだな」
「そのための緊急の会議さ!」
最初と変わらない、明るい笑顔。
まあ、信じてやろうじゃないか。
「すみません。会議の邪魔をしてしまいました」
「いいさ!若者のやる気が十分なことを問題視するほど、俺たちも腐っちゃいないよ!」
一つ頭を下げ、席に座ろうとする俺に声を掛けてくれる先輩たち。
さっきまでの話は黙って聞いていたあたり、彼らもこの話には懐疑的だったのかもしれない。
「…では、落ち着いたところで、会議を再開させてもらうよ」
茅原研究室長の一声で、会議は再開した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
場所は変わって、会議の参加者は全員揃って実験室に集まっていた。
実験室にいるとはいっても、大半は強化ガラスに囲まれた演習場の外側だ。
中心には奴らの技術である幾何学模様式召喚機。
そして、それを囲むように"マナエーテル"の貯蔵タンクが置かれていた。
「いやーなんかドキドキしますね…!勇者ってどんな人なんでしょう!」
「天知君、あまり期待はし過ぎない方がいいぞ。なんなら、何も出てこない可能性のほうが高いんだ。何も望まず、川のせせらぎでも感じるように眺めてればいい」
「それは悟りすぎっすよ山本さん…」
まあ、緊張する気持ちもわからないことはない。
この場の何人が今の俺たちの状況を理解しているのかは分からないが、この実験が失敗したとして、そうなれば、間もなく俺たちは全滅するだろう。
俺たちの存亡がかかっているとすれば、こんなに緊張する場面はほかにない。
『えー、マイクテスト。マイクテスト。皆様聞こえているでしょうか?聞こえていなかったら驚かせてしまうかもしれませんが、これより勇者召喚実験を行いたいと思います。何が起こるか保証しかねますので、有事の際は自己責任ということでよろしくお願いします』
…どうにも緊張感に欠けるアナウンスだな。
聞こえてるかわからないアナウンスで自己責任のお願いとか頭おかしいよ。
「始まるみたいですね」
「そうだな」
アナウンスが流れて数秒後、用意された機械が駆動音と共に始動する。
タンクから流れ出す"マナエーテル"が管を通り、中心の召喚機へと送られているのを眺める。
「俺たちにも見えるように光らせてるわけね」
あくまで公開実験の体を出すための"マナエーテル"可視化。
確かにこうでもしないと俺たちにはわからないだろう。
最先端の機器は振動すらほぼなく、液体を使ったような流動音すら一切ない。
静かに可視化された"マナエーテル"が召喚機へ送られ続ける。
時間が経過するほどに眩い光を放ち始める召喚機。
可視光以外で実験の経過が実感できない俺たちだったが、遂にタンクから最後の"マナエーテル"を示す可視光が流れ切った。
「さあ、来るぞ」
10秒、1分と誰も声すら発さず、時間だけが過ぎる。
可視化された"マナエーテル"の光は変わらず、召喚機を輝かせるだけだ。
「──失敗か」
誰とはなしに、そんな声が聞こえ始めた。
段々と、張り詰めていた緊張感が薄れていくのを誰もが感じ取っていた。
「山本さん…これって…」
「いや、まだだ」
はっきりと断言した俺の声は思ったより響いたようで、そこかしこで会話を始めていた全員がこちらを振り向いた。
「え?まだって…」
「触媒はどこだ?」
「あっ」
そう、実験はまだ途中なんだ。
"マナエーテル"を召喚機に注ぐ。そこに触媒を捧げることが召喚の条件のはずだ。
つまり───
「召喚はここからだ」
その発言と時を同じくして、茅原研究室長が召喚機のすぐ真横に歩いていくのが見えた。
"悪魔を思わせる外見の生物"を引きずりながら。
声は聞こえないが、焦ったように表情を変え、必死に茅原研究室長に話しかけているように見える。
その眼にあるのは怯えだ。
自慢するわけではないが、俺は人の嘘には敏感なほうだ。
それが奴らに通じるかは疑問だが、あの感じからすると、勇者召喚の方法は案外正しいのかもしれない。
「あれが、触媒…」
天知君が戸惑いがちに呟いた。
気持ちはわかる。
触媒と聞いて、俺が想像したのは道具だからな。
そんなことを思っている間に、茅原研究室長がそいつを召喚機に投げ入れた。
───そして、変化は唐突だった。
「うおっ」
空気が震え、召喚機から光の柱が立ち上る。
知覚できないはずの"マナエーテル"とやらがどこかへ高速で流れていることを肌で感じた。
なるほど、確かに、これだけのエネルギーがあるのならば、勇者召喚というのにも実感が出てきた。
「こ、これはっ…!山本さんっ、これ!大丈夫なんですか!」
「まあ、見ていようじゃないか」
鬼が出るか蛇が出るか、ならぬ、勇者が出るか悪魔が出るか、だ。
そして、その時は訪れた。
一際大きな衝撃と閃光をまき散らし、何かがその場に降ってきた。
「───ッ!」
俺はそれを見た瞬間、怖気づいた。ビビった。悪魔を呼び寄せたんじゃないかと思った。
そいつは、白くて、人間の姿で、白い剣を持っていて、ぼろぼろの服を身に纏っていて、何より、そのこちらを見つめる、
「これは、成功、なのか…?」
そう言ったのは西門さん。
実感がわかないのか、何度も目をこすりながらそれを確認していた。
よく見ると、衝撃のそばにいたためか、茅原研究室長は意識を失っているようだ。
急いで救護活動に行かねばならないが、恥ずかしながら、俺の腰は完全に抜けていた。
「すまん、天知君。茅原研究室長の様子を見に行ってくれないか」
「え、あ、はい…!行ってきます!」
さて、こうなると、考えるべきはあれのことだが、あれはどっちだ。
敵になるのか、味方になるのか。
降ってきたときは開かれていたはずの瞳は、いつの間にか閉じられ、何を考えているのか、全く読めなかった。
──しかし、ふと。その眼が開かれた。
「え──?」
そして、俺が何かを考える暇もなく、それは俺の方へ一瞬で飛んできた。
「やあ」
俺に話しかけてきたそいつは、なんとなく、退屈そうな雰囲気を醸していた。
「ここはどこで、僕がここに居る理由とか知ってたりする?」
吸い込まれるほどに黒い瞳がただ俺一人を見つめていた。
なるほど、と俺はただ一人理解した。
こいつは、人じゃない。だが、俺たちの敵になるようなやつでもない。
「ここは君にとっては異世界。そして、君のことは俺たちが呼んだ」
「ふーん。ま、友好的な関係が望みっぽいし、詳しいことはあとでゆっくり聞かせてもらおうかな。歓迎、してくれるんだろ?」
図々しい、とは思えなかった。ただ、どうやってその情報を得たのかは気になった。
そいつは俺に背を向け、移動しようとしていた。
その背にせめてと思いながら、俺は声を掛けた。
「すまない。移動する前に一つ。───お前は、何者なんだ?」
ゆっくりとこちらを振り返るそいつ。
「何者、か。そうだな」
一呼吸置き、悩むように目を閉じ考え込む。
瞳は閉じたままで、何かを閃いたように、口を半分ほ開いたと思ったら、そいつは完全にこちらを向いた。
「俺はアルゼロ。勇者アルゼロ、だ」
開かれ、曝された瞳は
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