偽物の勇者と終わりかけの僕らの世界
@Ringo_Mushi
第1話 勇者召喚(1)
沈んだ僕の気持ちとは反対に、輝きを増す聖剣を一振りした。
目の前に迫っていた敵を斬り飛ばすとともに、剣に付着していた血も吹き飛ぶ。
何度繰り返した行為か覚えちゃいないが、意識もせずにできるようになったということは大したもんだろう。
千か万か、今日の戦果はそんなもんだろう。
斬り終え、誰も動かなくなった丘で、僕はそう思った。
「今日は少ない方だな」
いつもなら、もっと大勢で襲い掛かってくるはずだ。
聖剣の強さはそれはもうみんなよく知っているからね。
素人が持とうが、一国の戦力ですら比較にならないほどの力を与えるのがこの聖剣だ。
それを僕が持っているのだから、そりゃ他の連中じゃ敵わないに決まってる。
「やっと力尽きたかな」
実を言うと、僕は追われている身なのだ。
とある国で聖剣を受け継いで、その力でその国を滅ぼした。
端的に言うと、それが僕がやったことだ。
それが悪いことだったと思っていないし、今になっても後悔していない。
しかし、それが原因で死にに来る羽目になったこいつらには申し訳ない気持ちはある。
だが、今日の人数的に、そろそろ国の限界が見えてきたかもしれない。
これまで無尽蔵とも思えるほどに送られてきた剣士たちの数が、急激に減ってきたからだ。
それなりの剣士じゃなければ僕の前に立つことすらできないことはわかっているだろうから、それなりの戦力を送ってきていたのはわかる。
そんな人員がこれまで何万人と送られてきたことがあの国の強大さを示しているが、短期間で人が死にすぎると流石に尽きるようだ。
まあ、国を出る際、有力な剣士は軒並み殺してきたから、これも仕方のないことだと思う。
「これで、やっと自由になれそうだ」
そうだ。これで、やっと僕は自由になれる。
「まずは名前を捨てよう。そのあとは、聖剣はどっかに隠して、誰もいない、知らない森にでも家でも建ててゆっくり暮らそう」
ああ、これで、あの人の願いも叶う。
「う~ん、今日はいい日になりそうだな~」
一つ背伸びをし、僕はそれを見上げた。
そこには一面の曇り空。
そして───
「やば、なんだあのひか───」
僕は、謎の光に包まれた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
俺は、慌ただしい人通りの中、その流れに逆らうように歩いていた。
それは、何度目かわからない緊急の会議が開かれるからだ。
俺たちの住む国はお世辞にも人が住みやすい国とは言えない。
外国との関係は冷え切っている上に、よくわからない外敵からの攻撃にも曝されているからだ。
毎日がお祭りとは悪い冗談で、毎日のように聞く言葉だ。
その関係上、緊急の会議なんて一日の内に何度も行われるということは、最近では驚くことではない。
今から参加する会議もそういった類のモノだろう。
「会議なんてする暇ないんだけどな」
ついつい愚痴をこぼしてしまうのもこれが一度目ではない。
毎回だ。
会議か行われる回数=俺が愚痴をこぼす回数、である。
「今日もお疲れですね。山本さん」
「ああ、そろそろ死んでしまうかもしれな。そうなったらあとのことは頼んだぞ、天知君」
「いやいや!俺嫌ですから、死なないでくださいよ」
山本正成(やまもとまさしげ)。それが俺の名前で、こいつは天知衆(あまちしゅう)。
俺はその辺によく良そうな黒髪に対して、こいつは染めた金髪。俺の身長が175で、こいつの身長は180。
気のいいやつではあるが、なんか気に入らない後輩だ。
「そういえば聞きました?今日の会議ってなんかすごいプロジェクトの発表らしいですよ」
「え?なんだそれ?」
すごいプロジェクト?
俺が知っている計画の中に、そんな話はないはずだが。
「なんか、あいつらの力を利用する、みたいな?」
「は?力の利用?研究成果の報告でそんなのなかったろ」
「極秘だったんですって」
「じゃあなんでお前に洩れてんの…」
何回も会議やってるんだからそっちで共有しといて欲しいとは思うが、極秘ならと納得しようじゃないか。
しかし、洩れていることについては報告が必要だな。
「まあ、行くか…」
「ですねー」
考えても頭が痛くなるだけだし、取り合えず会議室を目指して、人を掻き分け移動を開始した。
「で、会議室に着いたわけだけど」
「やあやあやあやあ、よく来たね山本くん。今日は私の素晴らしい研究成果がついに実を結んだ記念日だよ!さあ、一緒に喜びを分かち合おう!」
「茅原研究室長。話は会議中にお聞きしますので、今は控えましょう」
俺たちより早く到着していた厄介な女に絡まれていた。
「なんだい、君はいつも冷めてるな。もっと楽しく生きなよ」
「うるさいな」
この女の名前は茅原結(ちはらゆい)。俺たちが所属する組織の研究室長だ。
素行に問題はあるが大変優秀で、これまでも人類に貢献してきたすごい人ではある。
通常は死んだような顔をして、幽鬼のような歩き方をする人だが、研究がうまくいったときはこんな感じだ。
ハイテンションでとても対応に困る感じだ。
正直、一緒の空間に居たくない。
「うるさいとはなんだね?こんな美人と話せるなら、多少の騒々しさもおつりがくるというものだろう」
「ああーうるさすぎてなんも聞こえねー」
自称美人、というわけではなく、確かに美人だ。
目鼻は整ってるし、透き通る黒髪は俺よりサラサラだ。全く動かない生活のくせにスタイルもそれなりで、動かないおかげで肌は白い。見た目だけはまあ、いい感じだろう。
だが、人に好かれる人物というのは見た目より、中身だ。
変に面倒くさいやつと、俺は仲良くしたくない。
「まったく君は面倒くさいやつだな~」
「あんたの方がめんどくさいよ」
「聞こえてるじゃないか」
「ちっ」
こういうところが苦手なんだ。
「おっ、いつも君たちは早いね。感心感心」
「資料を持ってきた。配布は任せたよ」
茅原研究室長と話していると、俺たち以外の入場者が現れた。
我らが組織の№3と№4だ。
最初に来た男性が西門克(にしかどすぐる)さんだ。今年でもう年齢は70を超えるはずだが、俺より体格がいい変な人だ。
特に筋トレが趣味なんて話は聞かないけど、常にこの筋肉装甲を維持している以上、何かやってるんだろう。
白髪でなければ普通に中年にしか見えない。
次に、資料を持って入室したのは鶴島千鶴(つるしまちずる)さん。俺より後輩だが、すでに俺を超えた大型新人だ。
大和人としては珍しい赤髪の女性で、華奢な体躯に見合わず、結構脳筋という噂をよく聞く。
その優秀な能力のせいか、他者を見下しがちなところが俺は苦手だ。
「天知、やれ」
「えー山本さんも手伝ってくださいよー」
「俺はもう疲れた」
「まったくもう…」
なんだかんだのらりくらりと躱してしまうこいつには、面倒くさいやつの相手をする疲労感が分からないんだろうな。羨ましいことだ。
そんな事をしていると、徐々に人が集まりだしてきた。
段々と騒々しくなる会議室。時刻を確認すると、予定されている会議開始の時間まで、あと5分というところだった。
「うん、全員揃ってはいるな」
少し早めに来ていた人達は、すでに転寝を始めていた。
万年人員不足のこの国では、仕方のないことだ。
それよりも、こんなに早くに主要メンバーが全員集まったことの方が珍しい。
大体の場合だと遅刻者が山ほど現れ、サボってこの場に集まらない輩が何人か出る。
俺が知らなかっただけで、相当な発表があるというのは本当のようだ。
「さて、時間ですね。それでは会議を始めさせていただきます」
予定の時刻となり、鶴島さんの司会で会議が始まった。
考えることが色々あったせいか、事前に資料に目を通せていなかったので、急いで資料を読み漁る。
そこには、まるでファンタジー小説にでもあるべき一言が書かれていた。
「『勇者召喚計画』?」
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