「彼女が出来たとか許せない。やられたらやりかえす、逆寝取りだ!」幼馴染が僕の黒歴史ノートを片手に逆寝取りを企てて「N・T・R!N・T・R!」と脅しをかけてくる件〜あの、幼馴染さん、鼻血垂れてますよ?〜

くろねこどらごん

第1話

「ねぇ静希。実は僕、今日彼女が出来たんだ」


 ある日の帰り道、僕こと坂上比呂さかがみひろは、隣を歩く幼馴染に今日あった出来事について話しかけていた。


「………………へ?」


「だからさ、僕、彼女が出来たんだよ。今日の昼休みに告白されて、付き合うことになったんだよね」


 僕の言葉を受けて、キョトンとする幼馴染に、赤くなった頬をかきながら再度告げる。

 今日の昼休み、学校の中庭へと呼び出された僕は、後輩の女の子から告白されたのだ。

 恥ずかしそうに前から先輩のことが好きでしたと言われ、嬉しかった僕はその告白を了承した。

 時間にして、五分もかからなかった出来事ではあったけど、嬉しかったの事実である。


 女の子と付き合った経験のない僕だったが、初めて出来た彼女のことを誰かに話したくなるのは、高校生男子のサガというやつだろう。

 そんなわけで、いつも一緒に帰っている幼馴染である喜瀬川静希きせがわしずきに、いの一番に彼女ができたことを報告しているのが現在の状況なのであった。


「………………彼女?」


「うん、彼女」


 シュシュでまとめたトレードマークのサイドテールを僅かに揺らし、大きな瞳をパチクリさせながら、呟くように聞いてくる静希。

 その通りだとばかりに僕は頷きを返すが、静希の視線はどこか定まっていないように思える。


「えっと、彼女って、ボクのこと?」


「へ?」


 だからだろうか。

 よくわからないことを、何故か静希は聞いてきた。


「だから、ヒロの彼女ってボクのことだよね?」


 いや、なにいってんだこいつ。

 人の話を聞いてなかったんだろうか。

 唐突に変なことを言ってきた幼馴染に、僕は思わず呆れてしまった。


「いや、違うけど。てか、昼休みは静希は学食で大盛りのカツカレーとチャーハンに、チャーシューメンとレバニラ炒めを10分で平らげたって自慢してたじゃんか。野球部の連中と勝負して完勝したってクラスでも話題になってたし。確かそれでついたあだ名が、大食い娘シズキーダッピー…」


「そのことは忘れろ。奢りがかかってるとはいえ、あれはボクが浅はかだった。いいから今すぐ忘れるんだ」


 僕の言葉を遮り、いいね?と凄む幼馴染の声は、ドスが効いていた。

 目も据わっており、まるでどこぞのヤクザのような迫力に気圧されて、思わず頷いてしまうが、そんな僕を見て、静希は満足そうに頷く。


「うん、それでいいんだ…で、改めて確認するけど、ヒロの彼女はボクってことでいいんだよね?」


「いや、違うけど」


 途端、静希は目をクワッと釣り上げて、


「なんでだよ!!??」


「なんでって、告白されたって言っただろ!!??その最中、静希は大食いチャレンジしてたじゃないか!?てか、告白され終わって僕が学食に行った時、『O・G・Oオー・グイ・オーO・G・Oオー・グイ・オー!』って周りに囃し立てられて、椅子の上でコ○ンビアのポーズ取りながらドヤ顔してる姿見てんだからな!!!おまけに盛大にゲッ○までしてたろ!?色気も恥じらいも皆無だったし、とても女の子の姿じゃなかったよ!!??そりゃ大食い娘って言われるよ!!!」


「それは忘れろっつっただろうがああああああああああああああ!!!!」


 ブチギレてくる静希。

 黙っていれば学園でも上位の美少女と影で囁かれてる彼女だったが、いかんせんおだてられたりイケると思ったらすぐ調子に乗るのが、この幼馴染の昔からの悪い癖であった。


「てかボクのことディスりやがったな!!!!ぶっ殺すぞォッ!!!」


「事実だからしょうがないだろ!?そんなんだから顔はいいのにモテないって言われるんだよ!!!ノリがいいのは確かに静希のいいところだよ?だけど男子に混ざって大食い競争はやりすぎだろ!!!てか勝つなよ!!女の子として、それはダメだろ!!!」


「うるせぇ!!!確かにボカァ大食いチャレンジはした!そして勝った!!だが、それは過去の出来事だ!!!もはや関係ない!!!!大事なのは、ボクらがこれから恋人として歩むこれからだろうが!!!!!違うか!!??」


 とんでもないことをのたまう幼馴染を前に、僕は思わず目を丸くする。


「違うよ!!??なに勝手に過去を書き換えてんだよ!!!つい数時間前の出来事なのに、関係ないじゃ済まされないし誤魔化されないよ!!!!こっちはミジンコ並の頭してるわけじゃないんだぞ!!!」


「ハアアァァァァッッッッ!!??なんだ文句あるってんのかコラァッッッ!!!!」


「ありまくりだよ!!??あれで一回告白されたドキドキ吹っ飛んだんだからな!!??恥じらいながら気持ちを伝えてきてくれた彼女の顔が、カレーを口に付けた満面の笑みの静希に上書きされたの恨むぞ!!!!!夢に出てきたらどうすんだよ!!!!!」


「殺されたいのか、テメェ―――!!!!!」


 マジギレしながら飛びかかってくる静希。

 女の子とは思えない凄まじい力だ。これだけのパワーがいったいどこに秘められて…いや、わかるからいいんだけどさ、うん。

 とにかく幼馴染とすったもんだで揉み合うこと数十分。

 お互いボロボロになりながら息を切らしたところで、ようやっと距離を取ることが出来ていた。


「はぁ、はぁ…と、とにかくだ。僕には彼女が出来た。それで、明日からは一緒に登校することが、出来ないと思う…わ、わかったかい、静希」


「ゼェ、ゼェ…わ、わかるかボケェ。女の子ならボクがいるだろうが…殺すぞ…」


 肩で息をしながら、僕を睨んでくる静希。

 ちなみに弱々しさのカケラもない、こちらを射殺すような眼光である。

 時代が違えば、おそらく彼女は猛将として名を馳せていただろう。

 人によっては惜しむ逸材なんだろうけど、彼女を幼馴染としてしか見ていない僕としてはかなり困る。


「そうは言っても…」


「もう、いい…どうやら、ボクが甘かったようだ…それがよく分かった…」


 言いながら、静希は僕から離れて歩き出す。

 疲れからか、どこかフラフラした足取りだ。


「しず…」


 危なかっしさを覚えた僕は、思わず静希に声をかけて呼び止めようとしたのだが、


「ヒロ、家でシャワーを浴びて待っているといい。今日は君とボクとの関係が変わる記念日になるんだからね」


「え」


 背中越しに聞こえてきた彼女の言葉に、思わず体が止まってしまった。


「ボクは、寝取られなんてぜっっっったい許さないからな…寝取られるくらいなら、寝取り返す…!逆寝盗りだ…!」


 よくわからないことをブツブツ呟きながら遠ざかっていく幼馴染に、僕は果たしてどんな言葉を投げかければ良かったのだろうか。

 結局なにも言うことができず、僕はしばらくその場に固まることになったのだった。



 ………………………



 ……………



 ……



「と、いうわけで来ました。ボクだよ」


 数時間経ち、日もとっぷり暮れて夜に差し掛かった頃。

 にこやかな笑顔を引き連れて、何故か静希が僕の部屋を訪れていた。


「なんで?」


「ボクだよ」


「いや、なんで???」


 相変わずこの大食い幼馴染の返事は要領を得ない。

 制服姿で肩からバッグを下げているが、様子が妙に晴れやかなのも引っかかる。


「そう言われてもねぇ。ボク、家で待っててって言ったじゃん。有言実行しただけだよ。まだ制服着てるけど、シャワー浴びてなかったの?まぁそのほうがボクにとっても好都合だけど」


「そりゃ考え事してたし…。てかさ、待ってよ。僕、彼女出来たって言ったよね?なんで部屋にきてんの?」


 なんとか言葉を絞り出すものの、何故か静希は首をかしげ、


「?ボクがヒロの部屋にきてなにか問題あるの?」


「いや、だって…ほら、まずいでしょ」


「なんで?」


 オウムのように質問を返してくる静希。

 それも矢継ぎ早に繰り出してくるものだから、こっちもつい困惑してしまった。


「ほら、静希は一応女の子だからさ。彼女に誤解されるようなことは僕だって避けた…」


「それって、ヒロは僕のことを女の子として見てくれてるってこと?」


「え…」


 僕の瞳を覗き込むように、そんなことを呟く静希。

 予想外の言葉に、一瞬固まる僕を見て、彼女は小さく笑った。


「フフッ、そっかそっか。意識はしてくれていたんだね。それでもボクを選ばなかったのは、きっと距離が近すぎたからなのかな」


「………それは」


 否定は、できない。

 静希とは小さい頃から毎日一緒に登下校する仲ではあったけど、その分距離が近すぎて女の子として見れなかったのは確かだったからだ。


「まぁ、仕方ないよね。ボク達ずっと一緒だったんだもん。関係を変えるのって今思えば難しかっただろうし。だからヒロが他の女の子と付き合うことを選んだもの、仕方ないのかなって思うんだ」


「静希……」


 どこか悲しそうに話す幼馴染に、僕は胸が痛くなり、つい目をそらしてしまった。

 罪悪感を感じる必要なんてないはずなのに…いつも元気な静希の姿しか見たことがなかったから、こんな幼馴染を見ていることが出来なかったのかもしれない。


「……僕は」


 それでもなにか言わないといけない…そう思い、口を開きかけた時、


「でも、納得できるかはまた別だよね」


 すうっと、視界の端で静希の手が動いた。


「静希?」


「寝取られとか、ボクは許せないよ。そういうの、解釈違いだから。有り得ないから」  


 見ると、持ってきていたカバンに手をいれてるらしい。ガサゴソと音をさせながら、静希は続ける。


「というわけで、本日は切り札を持ってきたんだ。これを見ればヒロも理解できるはずさ…君が選ぶべきは、いったい誰かということをね」


「え、と…?」


「ふふっ、さあ、寝取り返しの時間だよ。ショータイムといこうじゃないか」


 そう言うと、彼女はカバンからあるものを取り出し、僕の眼前へと突き出してきた。


「へ…?」


「これに見覚えはないかい、ヒロくん?あると思うんだけどねぇ、ボクはさ」


 それは一冊のノートだった。

 表紙は真っ黒で、縁に金の刺繍が施されており、あまり店では見かけないようなタイプだ。

 ただ、どうやら既に使用済であるらしく、赤いインクで書かれたらしい文字列が大きくなら、んで…


「我は神。我は天。我はこの堕ちた世界の裁定者にして創世の――」


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!」


 気付けば僕は飛びかかっていた。

 頭で考えてのことじゃない。ただ、あのノートだけはこの世から抹消しなければならないという、本能からの行動だったのだ。


「うわ、あぶなっ」


 ゆえに動きが単純だったからか、あっさりと避けられてしまった。

 静希の運動神経が抜群なことは知っていたが、ノートを奪えなかったという事実に僕は思わず激昂する。


「避けるなあああああああ!!!それを返せええええええええええええええええ!!!!!」


 言っておくが、普段の僕は温厚な人間であると自負している。

 怒ることすら滅多にないが、今回ばかりは別だった。

 何故ならあのノートは―――


「そんなに怒ることはないじゃないか。創造の記憶をアツィルト・刻みし我が烙印スティグマはヒロが厨二病時代に書いた黒歴史ノートってだけだろう?でもさすがに、ネーミングセンスひどくないかな?」


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 呆れたように忌名を呟く静希の言葉をかき消すべく、僕は雄叫びをあげた。


「ああ、何故この世は醜いのか。人の業が悪いのか。悪の存在を、我は許さず。なれば、消去こそが正しき道か。ならば、我は選ぶ。正なる道、即ち覇道を―!故に聞け。覇道領域、創世クリエイト―!」


「やめろっつってんだろ!!!!読み上げんじゃねええええええええええええええええええ!!!!!殺すぞおおおおおおおおお!!!!!」


 そう、あれは僕の忌むべき汚点。

 中学時代に脳内設定を詰め込んだ、最低最悪の黒歴史そのものだった。


「ていうか、なんで静希がそれを持ってるんだよ!!!厨二病から解脱した時に、厳重に封印して燃えるゴミに出したはずだぞ!!??」


 疑問をぶつける僕に対し、静希は絶妙にイラッとくるドヤ顔で指を振り、


「チッチッチッ、ボクを舐めないで欲しいなぁヒロくん。君とボクの家は隣同士なんだぜ?君の出したゴミのチェックなんて毎回してるに決まってるだろ。てっきりえっちな本だと思ってたから、そこはちょっと残念だったけどね」


「なにやってんのお前!?」


 そんなの普通しねーよ!!!なに当たり前みたいに言ってんだコイツ!?

 気付かぬ間に行われていた幼馴染のストーカー好意にドン引きしてしまうが、そんな僕を見て静希はニヤリと笑う。


「ふふっ、それよりヒロくん。君は分かっているのかい?このノートがボクの手にあるという意味をさ」


「なに?」


 静希が持っている意味だって?嫌がらせ以外になんかあるっていうのだろうか。


「ピンとこないかな?ならヒントくらいはあげるよ。例えばこれを彼女さんに見せてあげたら、その子はどう思うかなぁ」


「なっ!!??」


 僕は思わず目を見開いた。

 彼女に見せるだと…こ、こいつ!なんて恐ろしいことを言いやがる!!!


「どうやら理解してくれたみたいだね。まぁ長い付き合いのボクでも見たとき、ちょっと引いちゃった内容だ。ポット出の彼女なんかに見せたら、ドン引きされるのはまず間違いないと思うよ。そしたら…ふふっ、付き合いたてのふたりの仲は、いったいどうなるのかなぁ」


 クククと意地悪く笑う静希。

 なんてあくどい顔をしているんだろう。

 今のコイツは、まさにゲスというのに相応しい様相を醸し出している。


「脅すつもりか!?幼馴染のことを!!??」


 だから咄嗟にこう叫んでしまったのも、無理からぬことだっただろう。

 今の静希には、それだけ実際に実行に移しそうな凄みがあったのだ。


「脅す?人聞きの悪いこと言わないでくれよ。そんなことをするだなんて、ボクが一言でも言ったかな?」


「それは…言ってないけど…」


 だけど、そう言ってるようなものじゃないか…!

 苦虫を噛み潰したような顔をする僕を見て、静希は一度目を閉じ小さく笑った。


「フッ…ごめんごめん。意地悪だったね。ボクだって鬼じゃないし、そもそもヒロのことを困らせたいわけじゃないんだよ。この黒歴史ノートのことは彼女さんに黙っていてあげてもいいし、なんならこの場で返してあげたって構わないさ」


「ほ、本当!?」


「ああ、勿論。ただ、ひとつ条件があるけどね」


 聞いてくれるかい?そう呟くと、静希は焦らすように言葉を区切った。

 まるで、僕を試すかのように。さあ餌に食いつけと言わんばかりに彼女の目には隠しきれない愉悦の色が広がっていたのだ。

 それはきっと、傍から見ればあからさまな罠だったのだろう。

 だけど、わかっていながらも僕はその餌に食いついてしまった。


「いいよ!別れる以外のことなら、僕に出来ることならなんでもするよ!」


 今はあのノートを一刻も早く破り捨てなければいけないという思いで、頭がいっぱいだったのだ。

 それをしてしまえば、後はどうにでもなるという気持ちも、心のどこかにあったのかもしれない。


「ふふっ、いい返事だね。ヒロならそう言ってくれると思っていたよ」


「だから、どうかそのノートだけは…!」


 僕の言葉に満足そうに頷く静希を見て、ホッとしたのも確かだった。

 要するに、この時点で僕はまだ油断していたのだ。


「勿論返してあげるよ。だけど、その代わり……」


 こちらの浅はかな考えを見透かしていたのか、次の瞬間静希は口角をいやらしく釣り上がると―――



「抱かせろ」



 そんな言葉を口にした。






「なっ!!??」


「彼女さんにバレたくないよね、こんな恥ずかしい黒歴史。当然だよね。なら、体を差し出すくらいは当然できるよね?それだけでいいんだから、ボクからすれば安い対価だと思うけどなあ」


 途端、僕は言葉を失うが、構わず静希は言葉を続ける。


「大丈夫だよ。優しくするから。君はただ天井を見上げて、幼馴染とのセッ○ス気持ち良すぎだろ!気持ち良すぎだろ!って思っていればいいのさ。もしくは、最近SNS始めたレジェンド漫画家の投稿してる原稿について考察してもいいし、ドン○ニタイジンのカッコ良さについて思いを巡らせてもいい。それは君の自由だからね」


 それは普通男女逆なのでは…そもそもネタに走りすぎだろ。

 てか、ハ○ターのあれはまだ下書きだしジャ○プに掲載されるのはまだまだ先じゃないだろうか。あと、確かにドン○ニタイジンはカッコいい。パッケージデザインも最高だし、めちゃくちゃデカいけどスタイリッシュでポージングをキメると思わずうっとりとしてしまうカッコ良さが…い、いや!今はそんなことを考えてる場合じゃない!


「ま、待ってよ静希!それは浮気だし、僕にそんなことは…」


 急いで否定しようとしたのだが、静希は首を傾げて、


「ん?でも、なんでもするって言ったよね?」


「え」


「なんでもするって言ったよね?」


「あの」


「言 っ た よ ね ? ? ?」


 圧が、圧がすごい…

 目がまるで笑っていないし、なんなら瞳孔が開いていて、ハイライトすら消えている。


「は、はい…」


「フヒヒヒヒヒwwwwwやったぜ。よし、じゃあ脱ごうか。一からじっくりと観察させてもらうよ。彼女より先に、ヒロの隅々までね」


 そのあまりの迫力に負けてしまい、つい頷いてしまうと、静希は言質を取ったとばかりに満面の笑みを浮かべて椅子にどっしりと腰掛けた。


「あ、あの」


「スゥーッ…そーらっ!ぬーげ!ぬーげ!ぬーげ!ぬーげぇぇぇぇ!!!」


 未だ困惑する僕を急かすように、大きく息を吸い、両手を叩きながら脱げ脱げコールを始める静希。


「あの、静希さん?」


「ヒロくんのー!ちょっとえっちなとこみーてみたい!そーら!N・T・Rエヌ・ティー・アール!N・T・R!N・T・R!N・T・R!」


 外見だけは美少女のはずなのに、もはや言動は完全に変態のそれと化していた。


「N・T・R!N・T・R!」


 興奮しているのか、次第に顔が真っ赤に染まり始め、目も徐々に血走っていくのが見て取れる。


「N・T・R!N・T・R!」


 少なくとも、女の子から男に向かって服を脱ぐことを催促する話なんて僕は知らんぞ。しかもNTRとか意味のわからないことを連呼してくるおまけ付きだ。


(ほ、本当に僕は静希とすることになるのか?)


 それは嫌だった。勿論出来たばかりの彼女に申し訳ないという気持ちもあるのだが、僕だって仮にも男だ。

 童貞を捨てられるなら早いこと捨てたかったし、ぶっちゃけ静希は見た目だけは学校でもトップクラスの容姿の持ち主で、スタイルだっていい。

 だからゲスい本音を言うなら浮気がバレないなら静希で捨てるのもアリかなと思わなくもないのだが…そんな邪な考えを遮るかのように、今日の出来事が脳裏をよぎった。



 ―食堂から教室に戻ってきた昼休みのとき

「ウェーップ!あー、食べた食べた。もうお腹いっぱいだよ。あ、でももうちょいいけたかもなぁ。チェッ、カツ丼も頼んでおけば良かったなぁ…あれ、なんで皆そんな目でボクを見てるの?ボクが可愛いからってそんなに見られちゃうと困っちゃうなぁ!…オェ(自主規制)」


 ―自分の席に座るとき

「どっこらしょっと。う゛ぇ゛ー、もう動きたくなーい。ねー、ヒロ。ボク授業中は寝るからノート取っといてくんない?お礼にいい音聞かせてあげるからさ。ほら、お腹ぽんぽこだよ。ぽんぽこぽんぽこ(お腹を叩く音)。あはは、いい音するなぁ(°∀°)アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒゴッ!!!ゴホッ!ゴホッオエェェェー!!!」


 ―授業中

「おい、喜瀬川。起きろ!ったく、聞いたぞ?お前、食堂でフードファイトやって運動部連中に勝ったらしいな。お前ほんとに女か?だいたい、そんなに食ってすぐ寝るといくら若いからって太るぞ?」

「あー、先生。それセクハラだよー。教育委員会には黙っててあげるから、帰りに焼肉奢って!ボク、○ょん○ょん亭の冷麺たくさん食べたい!」

「お前、まだ食うつもりなのか…坂上も将来大変だな。ほら、貯まってる牛丼屋の割引クーポンやるからこれで我慢しなさい」

「やったー!ボク牛丼大好きー!!!10杯は食べちゃうぞー!!!」

 アハハハハハハ(クラス中の笑い声)

「ほんとよく食うやつだな…あと、お前ちょっとニンニク臭いから帰ったら歯を磨いとけ…坂上はほんと将来苦労しそうだなぁ…」


 ―放課後を迎えたとき

「ねーヒロ、ボク帰る前にウ○コしたい(僕の制服の袖を引っ張りながら)」


 ―学校を出るとき

「ウ○コでた」



 ……………………



 …………



 ……




「…………」


 うん、嫌だ。


 やっぱり嫌だ。


 今日捨てるのは嫌だ。


 なにがなんでも嫌だ!!


 仮に今日童貞を失った場合、連鎖的にこの記憶が紐づけされてしまうではないか。

 そうしたら、僕は明らかに女の子であることを捨てているこの中身小学生兼おっさんJKと初体験してしまったという罪の十字架を、一生背負うことになる。


(それだけは嫌だ…!ファーストキスがニンニクの味とか、自殺もんだぞ!!!)


 初めての記憶は綺麗なほうがいいに決まってる。

 せめて普通に過ごした日であったなら良かったが、今日事に至るのは断じて御免こうむる!


「おい!!!いつまで待たせるつもりなんだ!!!こっちはもう辛抱たまらないんだぞ!!!早く脱げや!!!!!」


「あっ、ご、ごめん!」


 なんとか状況を打開できないかと考えを巡らせていたのだが、我慢しきれなくなったのか、静希の怒号が飛んでくる。

 咄嗟のことに気圧されて、僕は反射的に上着に手をかけてしまった。


「ッシャァ!!!いいんだよ、それで!!!ポット出彼女め!ざまぁみやがれ!」


 何故かガッツポーズをかます静希だったが、こっちは普通にドン引きだ。

 お前はどこのチンピラだよ。とてもJKの言い草とは思えない。

 とはいえ、時間をかけるのはまずいのもまた事実…


(クソッ、とりあえず脱ぐしかないのか…)


 少しづつ時間をかけて脱いでいき、その間になにか対策を考えるか、隙をみてノートを奪わなければ…明らかに後手に回っていることは自覚しているが、それくらいしか出来ることもない。


 シュル…シュル…パサッ


 出来るだけゆっくりと左腕を上着から引き抜き、さらに丁寧に右の腕も抜き取った。そしてそのまま手に持った上着を床に落とす。

 その際チラリと壁にかけている時計に目を向けるも、針は進んでいなかった。

 秒針は動いているものの、稼げた時間はせいぜい一分と言ったところだろう。


(クソッ、これじゃロクに時間稼ぎも出来ないぞ…!)


 一応シャツの下にTシャツも着てはいるけど、それでも大した引き伸ばしにはならない。

 ズボンに手をかけたら終わりだ。あとは靴下とパンツしかない。靴下はともかく、パンツを下げるのに時間をかけるのは逆に恥ずかしすぎるし、そうなると時間を稼げるのは実質シャツしかない。


(ゆっくりボタンを外していけば、三分は稼げるか?手首のやつも外せばもうちょいいけるかも…てか、なんで僕はこんなことで盛大に悩んでいるんだ…)


 頭を働かせていると、ふと冷静になってしまう瞬間があるが、なんていうか泣きたくなるな。

 傍から見ればめちゃくちゃアホな悩みであることは間違いないが、当事者としては切実だ。

 床を見つめながら、ついため息をつきたくなってしまう僕だった。


 ポタッ…


「ん?」


 なんだか悲しくなっていると、ふと小さな音が耳に届く。


 ポタッ、ポタタッ


 なんだろう、雨音みたいだ。

 まるでなにかが上から垂れ落ちているような…


「ふへ、ふへへへへへへへへへへへ」


「静希!?」


 見ると、椅子に座っていた幼馴染がこちらをガン見しながら、何故か鼻血を盛大に垂れ流しているではないか。

 だらしないうすら笑いまで浮かべているし、美少女が台無しというレベルじゃないぞ!?


「どうしたの!?鼻血出まくってて怖いんだけど!?」


「ああ、ごめんごめん。フヒッ、ちょっと興奮しちゃって」


「興奮する要素あった!?まだ上着脱いだだけじゃん!?」


 いくらなんでも早すぎるだろ。

 というか、こんなんで興奮するならこいつはしょっちゅうそこら中で鼻血を垂れ流していることになる。

 思わず胡乱な目を向けてしまうが、静希は持っていたティッシュで鼻血を拭きながら、ゆっくりと首を振る。


「ふっ…まだおこちゃまなヒロには分からないかもね。この領域レベル性癖パッションは…。相手の弱みを握って、自分の言うことをきかせて思い通りの行動をさせる…そのことに、人は最高の興奮カタルシスを得られるんだ。逆寝盗りからしか得られない栄養素があるんだよ、わかるかい?」


 いや、わかんねーよ。

 逆NTR自体がレアケースすぎるわ。

 つーか、静希も大概厨二病だろ。ルビ振りまくってんじゃねーか。


「そういうわけで、そのままシャツも脱いでみてくれないかな?ゆっくりじっくり、恥ずかしさを感じさせる仕草でね。あと、今度はちょっと悔しさを滲ませた感じの表情をしつつ、時々上目遣いでこっちを見てくれると嬉しい。その時は、屈辱と恥ずかしさが入り混じった感じの心細さを演出して、瞳をいい感じに潤ませてくれると助かるな」


 シチュエーションの指定が細かいなこいつ。

 やたら注文が多いぞ、普段どんな妄想してんだ。

 ツッコミどころがありすぎる。


(しかし、これはある意味好都合だな)


 内容はともかく、ゆっくりと脱げるのは僕としても助かるところだ。

 その間に打開策を見出し、この状況を突破してみせる…!

 そう決意し、僕はシャツのボタンへと手をかけた。


「お、おおおおおお…!」


 じっくりゆっくり、注文通りに。

 その間無言でいたが、近くからやたら荒い息遣いが聞こえてくるわ、ボタボタと鼻血が落ちる速度が明らかに加速してるわと、ハッキリ言ってかなりうるさい。


「うっひょおおおおおおお!!!あのヒロが、ヒロがボクの言うことを聞いて服を脱いでる!!!た、たまらん!たまらないよこれは!!ボク、もう死んでもいい!!!この光景を目に焼き付けたまま昇天したいんだけど!!!!!」


 うん、ぶっちゃけ割とマジで死んでほしいかもしれないな。

 幼馴染に対してこんなことは言いたくないが、正直言ってかなりキモいよ。

 美少女だろうと、発言次第でこんなにも残念になるなんて僕は知りたくなかったなぁ…てか、集中できねぇ。


「あっ、さ、鎖骨。鎖骨が見えてる!エロっ!エロすぎる!!エロの黄金角度!!!エロの権化だよこれ!!!この幼馴染、スケベすぎる…!」


 テンション上がりすぎだろ。コイツは男子中学生かなんかだろうか。

 静希のほうがよほど童貞臭い。両手で鼻を押さえてるのに隙間からますますダラダラ垂れてるし。もはや血だらけと言ったほうが正しいな。


 てかシャツを脱いでるだけでこれとか、こんなんじゃ本番なんてとても無理だろ。

 このままだと静希は出血多量で死ぬんじゃないだろうか。


(…………ん?出血多量?)


 ふとそのことに思い当たり、僕の頭にはひとつのアイデアが浮かんできた。

 それを実行することを、僕は即決した。

 悩むことはなかった。イチかバチかなんて、リスクを取るまでもないからだ。


「ねぇ、静希」


「ホオオオォォォォッッッ……にゃ、にゃにかな?ボク、もうげんか…」


「|ω・)クイッ(シャツを引っ張って肩を見せる音)」


「( ゜∀゜)・∵. グハッ!!(吐血する音)」


「(つд・ )チラリ(シャツをめくってヘソを見せる音)」


「( °ω°):∵ゴフッ!!(鼻血が吹き出る音)」


 僕のチラ見せ二連コンボを受けて、そのまま静希はぶっ倒れた。


「 (´ཀ`)わ、我が一生に一片の悔いな…あ、めっちゃある…」


 そう言い残すと、ベチャンと大きな音を立て、幼馴染は血だまりへと沈んでいく。

 作戦を実行することを決意してから、おそよ5秒間そこらの出来事であった。


「……………よえぇ」


 幸せそうに気絶しながら鼻血を流し続ける幼馴染を見て零れた呟きは、我ながらかなりの悲哀がこもっていたように思う。

 僕の幼馴染は、予想以上のクソ雑魚だった。

 逆寝盗りを企てながら、中学生男子以下のエロ耐性で、果たしてコイツはこれから先生きていけるのだろうか。将来が早くも心配すぎるよ。


「…………考えるのはよそう、悲しくなる」


 なんとなく物哀しい気持ちになりながら、僕は静希が握り締めてる黒歴史を回収すると、そのままビリリとページを破ったノートの切れ端で、真紅に染まった床の掃除を始めるのだった。





「ヒロ、これがなんだかわかるかい?」


「  」


 後日、懲りずに現れた幼馴染が闇に葬ったはずの黒歴史ノート第二章を持って現れたのは、また別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「彼女が出来たとか許せない。やられたらやりかえす、逆寝取りだ!」幼馴染が僕の黒歴史ノートを片手に逆寝取りを企てて「N・T・R!N・T・R!」と脅しをかけてくる件〜あの、幼馴染さん、鼻血垂れてますよ?〜 くろねこどらごん @dragon1250

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ