第35話 ミ=ゴVSイグ

「全く、何で俺まで後衛とはいえこんな戦場で働く羽目になっているんですか。アノ脳筋お花畑女だけで十分過ぎると思うのですが。あぁ、これも成神さんが好き勝手にやっているせいだ。結局、マスターでまともなのは俺だけですか?クソ」



 混沌とした戦場の中で蛇川育へびかわ いくは愚痴をこぼす。彼は人を使って自分は裏で暗躍するタイプであり、彼自身が戦場に招集される事は基本的に無かった。なので全面戦争とはいえ今回の招集には初めから不満を持っていた。


「仕方ない、考え方を切り替えましょう。ここまで面白そうなデータが直接取れる実験の機会はそうそう無いですし,彼女が戦場に出たなら一方的な戦いでしょう。俺が直接出る幕は無い。美味しい仕事と思いましょう」


 蛇川のこの考えは慢心や油断でも無く、当然の結果だった。それだけ千原詩久羅ちはら しぐらは戦いでは圧倒的な存在で現に組織ユニオンは彼女1人だけに圧倒されていると言っても過言では無い状況であった。

 ましてや戦場に所狭ところせましと広がる彼女の下僕である黒い仔山羊くろいこやぎと自分が強化した異形達の大群を突破して後衛ここまで攻めに来れる者は普通ならいないはずだった。普通なら…


「何だあれは?」


 その魑魅魍魎ちみもうりょうの軍勢を掻い潜る様にして何かがこちらに近づいて来る。車だろうか?それにしては異様に丸みがある謎の機体である。不思議な事に黒い仔山羊や異形達はそれを無意識的に避けているようだ。良く見るとその謎の機体には至る所に五芒星の様な物がががれていた。


「炎の柱を中心に描いた五芒星。古き印エルダーサインか。兵士達をより異形に近づけたのが裏目に出たか」


 古き印エルダーサインとは異形達に対する御守の様な存在である。実際のところ古き印エルダーサインがどのような効果があるのかに関しては、はっきりとされていないが力なき異形達はコレを忌避している様な事例が多くあるのは確かだ。場合によっては活性化された古き印エルダーサインがあれば異形達はその道を通れなくなるとも言われている。


「ちっ、面倒な事になってきたなー。せっかく楽な仕事だと思い始めていたのに」


 ここまで感知されずに来たのを考えるにこの謎の機体の操縦者は恐らく、古き印エルダーサインと認識を阻害する魔術を併用しているのだろう。となればある程度の力がある魔術師なのは間違い無い。しかも敵陣に突っ込んできたのであれば余程、力に自信があるのだろう。蛇川の表情から余裕が消える。

 しかし、その機体から降りてきた人物を確認すると打って変わって満面の笑みを浮かべた。何故なら彼が諦めていたモノがこの場面で自ら歩みよって来たからなのである。


「お久しぶりです先輩。ご無事で何よりです。ようやく考えを改めてくれたのですね」


「期待させてしまって悪いのだけど、私は君を止めに来たの」


 運転してきた機体から姿を現した油江は蛇川に向かってそう言い放った。蛇川の顔がわずかにひきつる。


「ハハッ、何を言うかと思ったらつまらない冗談はやめてください先輩。組織ユニオンはもう終わりですが、先輩が降伏してくれるのでしたら先輩だけは助けてあげますよ。安心してください。俺は教会で力を手にいれました。俺が先輩を守ってあげますよ」


「いいえ、冗談ではないわ。私が君を倒して命を懸けてでも止めてみせる。それが私の責任でありやりたい事」


「何を言っているのですか?先輩が今の俺に勝てるはずがないでしょう。それが分からない先輩ではないでしょう」


「どんなに力の差があっても関係ない。力に溺れてしまった君は私にさえ勝つ事ができない」


 蛇川の表情から笑みが完全に消える。そして失望と怒りが湧き上がる。


「そうですか。先輩まで俺を馬鹿にするんですか。やっぱり、この世界は自惚うぬぼれた馬鹿が多すぎる」


 怒りの限界を超えた蛇川の姿が変化する。

 体は巨大化し、爬虫類はちゅうるいの様な鱗で覆われ、長い尻尾がはえ始める。頭部に関しては完全に蛇のモノになってしまった。全長3mを超える手足をもった蛇の異形が姿を現した。


「残念です先輩、貴方だけは俺がこの手で殺します。他の有象無象に殺らせはしない」


 蛇川はおぞましい声で油江に宣言をし、咆哮ほうこうを上げた。そのおぞましい咆哮ほうこうに周辺にいた他の異形達は恐れ、離れていく。


 挑発が上手くいった。ここまではうまくいき過ぎているくらい油江の計画通りである。

 しかし、力の差は歴然、ここから先は更に運の要素が大きい。作戦と言うには無茶苦茶なモノだ。それでも油江はとっくに覚悟を決めていた。勝つ確率が限りなく低くてもこの因縁を無視する事はどうしてもできなかった。かくしてこの大戦を左右する1つの戦いの火蓋が切られた。


 蛇川は他のマスターと比較すると戦闘力は無い。しかし、それはあくまでマスターと比較した場合の評価である。彼も神格クラスの適合者であり、教会の適合者全体で評価するならトップレベルである。

 異形へと変貌へんぼうした彼は人間を易易と握り潰せる手、自分よりも大きい獲物でも丸呑みしてしまう口。銃弾すら弾く強固な鱗を備えている。そして何よりも恐ろしいのが毒の牙である。その毒はたった数滴でも巨大な象でさえ即死させる猛毒。故にかすり傷さえも致命傷。そして蛇川自身も成神には劣るが一流の魔術師である。ソノ脅威が油江に牙を剥く。


 対する油江の異形の力はハサミの様な手と物理的な衝撃を軽減できるバイオ装甲と未だに飛べるのかすら分からない奇妙な形の羽ぐらいであり、普通の武装した兵士1人に余裕で負ける身体能力だ。まともに戦えば蛇川とは勝負にすらならない。

 しかし、油江とモデルとなった異形の恐ろしさはそもそも身体能力ではなく、狂気的な発明にあった。


 蛇川の変貌へんぼうを確認した油江はポケットからリモコンを取り出してその内のボタンの1つを押す。

 そうすると、ここまで乗って来た機体からねじ曲がった金属管が現れた。そしてその金属管から白い霧状のモノが勢いよく放出され、辺り一面を包み視界を覆った。


「何だコレは?目眩ましか?いや、違う…」


 寒い、蛇川はこの霧の正体が冷気のガスだと気がつき焦り始める。この体は蛇の特徴を有しているならば、通常の変温動物と同様に温度の低下により行動不能になる可能性を否定できない。

(後退するか?いや、引き下がるのはプライドが許さない。体温が落ちる前に決める。あの機体を下手に壊すのは冷気の噴出がどうなるか分からないからリスクが大きい。とりあえず、遠くに投げ飛ばすか)


 蛇川は直ぐに機体のあった所に駆け出すが、そこにはすでに機体が無かった。地面のタイヤ痕を見るに移動したのだろう。


「クソ、霧に隠れてちょこまかと…」

(冷気を自分に浴びせる為に近くにはいるはずだ。恐らく、熱感知などでこちらの場所を確認しながら逃げ回る気だ。ならばこちらも)


 蛇川は怒りに燃えながらも冷静に思考し、素早く行動にでる。

 蛇、特有の赤外線感知ピット器官を使い周囲の熱源を探知。更にタイヤ痕の向きや冷気の流れなどからそれがダミーなどでは無い事を確認し接近。目視できる範囲まで機体に接近するとそれが逃げる前に石を投擲とうてき、魔術でコントロールしてタイヤの側面に当てパンクさせ動きを封じた。

 この完璧な判断と行動をこの慣れない戦場の舞台で平然とやり遂げる蛇川はやはり成神に見出された稀に見る天才であった。

 後は素早く近づき冷気の排出を何とか止めるがそれが難しいなら遠くに投げ飛ばすだけだ。少し、危なかったが軍配は自分に上がったそう思いながら機体が目の前まで来た時だった。

 突如として視界が揺らぐ、そして感じる浮遊感。自分の立っている地面が崩れ、陥没したのだった。

 この戦いで軍配が上がったのは超常的な力と完璧な思考ではなく、超常的な技術と狂気的な思考であった。


 油江の異形のモデルは地球に何度も飛来している。その目的の1つは鉱石の採掘だ。何に使うのか不明だがヤツ等は各星々で熱心に鉱石の採掘を行っている。ヤツ等は力は無いが技術力に優れており、当然の様に採掘に関しても我々人間とは手段が違う。

 その代表例が地震採掘装置である。この装置は深い地層を引っ張り上げる優れものだが大きな欠点としてその名が示す通り地震を引き起こしてしまうのである。

 油江はこの装置を元に新たに地盤崩壊装置とも言える物を作り出した。元の装置と比べてかなり小型化にしたが、それでもかなりの大穴を作りだせる大変危険な発明品であった。油江はこれを蛇川に気がつかれない様に設置してその場所まで誘導したのであった。


 その大穴に落ちた衝撃で全身を強く打ちつけた蛇川。それでも彼は強靭な肉体と精神により何とか戦意を保っていた。


「負けるわけにはいかない…俺は間違ってなんかいない…こんな情けない終わり方は嫌だ」


 ぎりぎりの状態の中で何とか力を振り絞り這い上がろうとする。ここで負けたら今までの自分が否定されてしまう。その恐怖が彼を動かした。気配を感じ上をにらむ。そこには巨大なライフルを構える油江がいた。


「待ってろ…殺してやる」


 蛇川はそう叫んで勢いよくそこに向かおうとする。銃弾など自分には何の脅威でもない。この鱗の前ではたとえ近距離で撃たれようとも大したダメージにはならない。そう考え獲物に向かって愚直に前進した。

 しかし、放たれたのは実弾ではなく、高圧の電流であった。全身の筋肉が麻痺し再び落下する。これにより蛇川は残っていたわすがな意識を手放し倒れた。


「………ごめん。いく君」


 暗闇に落ちていく時、誰かが自分の名前を呼んだような気がした。これ以上無いくらいの負けなのに何故かもやが晴れすっきりとした気分だった。





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