第33話 それぞれの覚悟2

 朽木は気づくと森の中にいた。自分達の前に突如として現れたアレに触れられた時にこの森に飛ばされたのだろう。この様な状況でも混乱せずに直ぐに状況を判断ができたのは数々の修羅場をくぐり抜けてきた朽木の経験の賜物たまものであった。


「クソ‥」


 同時に自分の失態と最悪な状況に堕ちいた事を理解する。直ぐにヤツを追い井須を取り戻さなければならない。

 この全面戦争でさえ黒幕にとってはカモフラージュと時間稼ぎでしかないのだろう。今、この事態を正確に把握できているのは自分だけだ。井須と自分の消失に組織ユニオン側も直ぐに気づくだろうが、そこから正しい状況把握と行動ができる余裕は無いだろう。

 しかし、自分が動くにしてもにここが何処なのかも分からない。辺りを見渡しても木ばかりで場所を特定できるものは何も無い。そもそも日本であるかさえも分からない。

 井須を奪還しに行く事も戦場に戻る事も難しい。緊急かつ危機的な状況であるにも関わらず、朽木はそこから孤立させられてしまったのである。


「落ち着け…冷静になれ」


 苛立ちから再び叫ぶ。こうしている間にも最悪な状況はどんどんと進行している。早急に適切な判断をし、行動しなければならない。


 考えろ 考えろ 考えろ


 しかし、何1つ打開案が思いつかない。苛立ちを通り越して情けなくなり、泣きそうにさえなる。この様な重大な局面で役立たずとは‥


「げっ…大きな声が聞こえたから興味本意で来てみたら。まさか、顔を合わせたくないヤツNo.1がいるとは」


 突如として聞き覚えのある声が耳に入り、その方向を確認すると見覚えのある顔があった。


「成神。何でお前がここに?…追撃、足止めか?」


 朽木は戦闘態勢に入る。厄介な相手だ。しかも、今回は正真正銘、自分1人だ。それでも何とかしなければ。失態したまま終わるなど、仲間達に合わせる顔がない。


「ちょっと、待った、待った。僕は君と戦うつもりも邪魔する気も無い。僕は君達に敗北してから教会から脱退したのさ。だから君に危害を加える理由が無い」


「信用ならないな。お前の虚言につき合っている暇は無い。何を企んでいる?」


「いや、そう言われても困るなー。行くあても無いから、ここに住みついているだけなんだけど。ほら見て、そこ」


 成神が示した方向を見るとテントが張られており、近づいてよく見てみればその周りにはキャンプ用の調理器具などが散乱していた。


「…本当に何しているんだお前?」


「ハハ、不便であり自由な隠居生活かなー」


 成神が照れくさそうに笑う。それは今までとは違い本心から笑っているのが分かる偽りの無い表情だった。また以前とは違い禍々しい雰囲気が感じられない。


「そうか…邪魔する気がないなら今回は特別に見逃してやるから消えろ。今はお前の相手をしている暇はない」


 成神の言葉を信じるなんて馬鹿にも程があるだろ。本当だとしても殺しておくべきでは?裏切られた時の事を忘れたのか?あの時の恨みを忘れたのか?この森ごと焼き払ってしまえ!


 朽木の脳裏にはその様な考えがよぎったが無視した。今は急いで井須を奪還しなければならず、一刻の猶予ゆうよも無いという考え。そして何となく今の成神に手を出したく無いという気持ちがその様な判断を下した。

 それは前者の考えを言い訳にした甘い判断だ。改めて自分でも馬鹿なのかと思う。しかし、朽木と成神の因縁は憎しみだけの単純なモノでも無かった。


「マジで!いいの?」


「うるさい、早く消えろ」


「君が僕をこんなにもあっさりと見逃すなんて‥余程の事なんだね。ってか、君の方こそ、そんな時にここで何をしているんだい?」


「それをお前に教える必要はない。邪魔をするな」


 怒鳴る。焦りがよりあらわになる。成神が敵だろうが、そうでなかろうが今の状況が絶望的な事には変化は無かった。どうしようもない程に手詰まりだ。むしろ敵の方が自分にとっては意義があったのではないかと思ってしまう程だ。


「困っているなら僕が助けてあげようか?」


 苦悶くもんの表情の朽木に成神は今までに見たことがない真剣な表情で予想外な事を提案してきた。


「はぁ?!何を言うかと思えば。ふざけるなお前の手助けなんか信じられるか」


「それはおっしゃる通り、反論の余地も無いと言いたいところだけどね。察するに信用するもしないも打つ手なしって状況でしょ。今の君」


「くっ、教会を裏切る様な事がお前にできるのか?」


「う〜ん、そうだなー。あまり気乗りはしないけど、すっきりするためにはそれもありかなー。改めて自由を謳歌するためにはやらなければいけない事かもね。君の頼みであれば特別にやってあげるよ」


 驚くべきか、呆れるべきか。本当にこの男は信じられない。だが、そうであっても今はこの胡散臭うさんくさい男を信じるしか無かった。

 朽木は少しだけ深呼吸をして頭を整理する。そして


「教会の本拠地に門を繋げる事を頼めるか?」


 この判断が正しいかは分からないが、とにかく今は井須奪還の行動を優先するべきであろう。組織ユニオンの方の戦場に関しては皆を信じよう。


「了解した。僕の気がより重くなる前にやってしまおう。それにしてもこの森で君と僕が出会うとは運命のイタズラか、何者かの策略か?どちらにせよ、中々に劇的だね」


「軽口を叩く暇があったらさっさとしろ」


「つれないなー。まぁ、でも確かにいい加減に僕も覚悟を決めるか」


 黒い空間が2人を包んでいく、それぞれの戦いが始まる。




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