第32話 それぞれの覚悟

「さて、私達も各自の持ち場に行かないとね。皆と別行動で寂しいけど仕方ないなー。後衛で応援してるから頑張ってね中村君。それではー」


 井須と朽木を見送った後、油江がどこか芝居じみた様に声を上げそのまま勢い良くその場を離れようとした。


「待ってください。姉御」


 それを中村が肩を掴んで強引に止める。


「どうしたの中村君。まさか愛の告白?きゃ!どうしよう?お姉さん困ちゃう」


「いや、姉御。後方支援組の招集ある場所はそっちの方向じゃあ無いッスよね?また何かやらかす気でしょ」


「ぎくっ!アレー?本当だ。うっかり間違えちゃったー。てへ」


「いや、もうばればれッス!誤魔化すの下手過ぎですよ」


「あちゃー、バレるか。ごめん。中村君、見逃してくれる?一生のお願い」


「何考えてるんっスか?こんな時に。皆、命がけなんですよ。ふざけている場合じゃないのは分っているッスよね」


「あー、それはそうなんだけどね。偵察機からの映像でどうしても一発殴らないといけないヤツの顔が確認できちゃってね。これは

 行くしかないなーと。ハハッ」


「勝算あるんッスか?」


「零に等しい。そもそも私があの戦場の中、ソイツの所に無事に辿り着く可能性も低い」


 油江は誤魔化すのを諦め、真剣な表情で事実を話す。


「ハァー、零では無いんッスね。解りました。見逃します」


「それでも覚悟の上だからね。今回ばかりは何を言っても無駄だかね。何しろ私が組織ユニオンに‥って見逃す?本当に?」


 予想外の返答に油江は思わず驚き叫んでしまった。中村は見た目と言葉使いこそヤンキーの様な風貌だが中身は規律絶対主義の委員長タイプの人間だ。その様な人物がこの緊急時に独断専行どくだんせんこうを許すなんてとても信じられない事だった。


「本当ッス。何か事情があるのは察してましたし、今回に限っては俺も人の事言えないので」


「?‥それは助かるけど‥中村君、大丈夫?何か調子悪い?」


「体調はむしろ絶好調ッスよ。まぁ、こちらも諸事情あって気は重いですけどね。そうだ見逃す代わりと言っては何なんっスけど、1つお願いごといいッスか?相手に感知されなくなる魔術あったじゃないっスか?アレを俺にかけてくれませんか?どうせ姉御も使うつもりでしたでしょ?」


「やってあげたいところだけど、かける対象が大きいと魔力の消費も大きいから私一人の分で限界なの。それに中村君は魔術が良い悪いモノ関係無しに魔術が効きにくいから上手くいかない可能性が高いわ」


「魔力不足の問題にに関してはこんな事もあろうかと魔力を貯蔵さてある石を数個ちょろまかして来たので問題無いッス」


 少しも悪びれる様子も無く、中村はその石を油江に差し出す。


「何やってるの中村君。バレたら大問題よ。魔術道具アーティファクトの横領なんて」


「姉御だけには言われたく無いッス。むしろ今までの姉御のやらかしに比べれば軽い方ッスよ」


 油江は『そんな事は』と言いかけて黙る。今では落ち着いているが、昔は焦りのあまり色々とやってしまっており、彼の言葉にぐうの音も出ない。しかも今回、更に盛大にやらかす予定でいたのでそもそも注意する立場では無い。しかし、中村のあまりにもらしからぬ行動に思わず口が出たのであった。


「解ったわ。中村君がここまでするって事は余程の事なのね。やってみるけど期待はしないでね」


「大丈夫ッス。今回だけは上手くいくと思いますよ」


 その自信はどこから来ているのだろうか。恐らく、何らかの確証があるのだろうが見当がつかない。ふと、中村が何時も身につけている黒い山羊ヤギをモチーフにしたペンダントが無い事に気がつく。


「あれ、ペンダント外したんだ。大切な御守だらからって何時もつけていたのに」


「あぁ、何というか、女に会いに行く予定なのでアレを持って行くのはちょっと。それに今回の相手ばかりはアレから力を借りれそうに無いんで。ハハ」


 中村は何故か照れくさそうに笑いながらそう答えた。意味不明な返答ではあったが、深くは聞かない事にした。彼にも何か他者には譲れない、やらなければならない事があるのだ。それに関して興味が無い理由わけでは無いが。今の自分がそれを問いただすのはお門違いだろう。お互いの因縁が晴れ、無事に再会する事を願いながら頼まれた魔術を行使する。


 その後、2人は短い言葉を少しだけ交わし、互いの戦場へと足を進めた。

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