第29話 そして‥

「あー、あー、酷いやられようだ。まさか、負けるとは‥」


 誰もいない森の中、逃げのびた成神は1人愚痴る。軽口を叩いているが、実際には大きな損失であった。自身がストックする化身の中でも強力な権能を持つ異形の力が今回の戦いで消えてしまった。

 敗北により威厳は失われ、ここまで弱体化したとなればマスターの座はないだろう。井須の誘拐に成功していればまだわすがな釈明しゃくめいの余地があったかもしれないが、それも失敗した。


「とはいえ、戻るしかないかー」


 大口を叩いた事もあり教会に戻りづらいが、今の自分の居場所は他にない。渋っていた門の準備を始める。


「驚いた。君、本当に教会に戻るのかい?」


「誰だ!」


 自分しかいないと思われた所に声をかけれたので成神は思わず叫んだ。ソノ計り知れない気味の悪さに警戒する。状況、物言いから察するに味方で無いだろう。敵であったならわざわざ声をかけずに不意をついて攻撃をしてくるのが道理だ。得体の知れない存在に恐怖を感じていた。


「いやぁ、ゴメン、ゴメン。驚かせてしまったかな」


「貴方は‥いや、お前は‥一体何の用だ裏切り者。それともこう呼ぶべきか?組織ユニオンの局長殿」


 木の陰から姿を見せたソレに対し、鳴神は怒りをあらわにする。言葉もいつもとは違う強い口調になる。いや、本来の彼の口調に戻る。


「君達に力を与えたのに酷い言われようだね。裏切り者とは。ハハ、そもそも僕は誰の味方もしてないよ。まぁ、あえて言うなら面白い方の味方かなー。君と同じで。ハハ」


「何をしにきた。敗れた俺を消しにきたか?お前の顔に泥を塗った様なモノだもんな」


「ハハ、いやいや、僕は君の事を特に気に入っているんだぜ。なんだかんだ仕事よりも愛着湧いたモノを優先するところとか、シンパシーを感じちゃうよ。やっぱり似るモノなのかな?」


「意味不明な事を言ってないで用件を言え。それともただ無様ぶざまな俺を嘲笑あざわいに来たのか?」


「つれないなー、コチは本当に愛しいと思っているのに」


「こちらとしては有難迷惑だ」


「そんな愛しい君にアドバイスをしようかと、教会に戻るのはやめた方がいい。アレとは長い付き合いだから解る。今の君なんか簡単に切り捨てる。人間の情なんてアレには無いんだから。何しろ僕と同じで本物だしね。まぁ、僕はそれでも人間を捨てるなんて勿体もったいない真似はしないけどね。最後の最後まで楽しまないと」


「くっ…だからと言ってあの御方を裏切る事なんてできるはずが無いだろう。死よりも恐ろしい」


「だからアレを人間の尺度で考えたらダメだって。裏切るも何もアレは君達の事を道具としか見てないよ。だから使えない今の君がどうしようと眼中にないさ。それは君自身が一番理解しているだろう?」


 その言葉を聞き成神は項垂うなだれる。理解していたが、改めてその事実が胸に刺さる。確かにアレに人間の情を求める事はできない。教祖と呼ばれ、教会のトップに君臨しながら教会の運営すらあまり興味が無いのだ。使い物にならない道具などゴミも同然だ。


「どちらにせよ。俺には行くべき所が他に無い」


「だけど、戻る必要も無いだろう。自由気ままにやりたい事をやればいいじゃないか?僕みたいに。教会も組織ユニオンも関係なく君自身の欲求にしたがって動けばいい。元々、賢明な君は教会に疑問をもっていたのだろう?本当にアレの為に働く事が世界の為になるのかって?」


「それは…」


「まぁ、良い機会だから改めて考えて見ると良いんじゃあないかな?悩み苦しむ、実に人間らしいじゃないか。よし、言いたい事も言ったので僕は退散するとしよう」


「本当に俺を見逃すのか?お前は仮にも組織ユニオンの局長だろう?」


 愕然がくぜんとする。本当にそれだけの事を言うために‥。正真正銘人外の考えは全く理解できない。


「だから僕はそんなの関係無しに好きにやっているって。それにさ、アノ堅物とは方針の違いで決別したけどさ。君達の事は嫌いでは無いよ。むしろ大大好物さ。あと、直接介入するのは僕の趣味じゃない。せっかく面白くなってきたんだ。このまま楽しく見守らせてもらうよ。まぁ、アレが動くなら僕も多少の手助けはするかもだけど…」


 最後にソレは邪悪な笑みを浮かべ、黒い空間に消えていった。


「改めて呆れた。本当に自由だな。アレと似ているとか本当に御免被ごめんこうむる。だが…」


 成神は門の魔術を使用する事を止め、歩き始めた。その行方を知るものはいない。






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