第27話 『血塗れの舌』

 そこには怪獣映画さながらの光景であった。


久々ひさびさの全力解放だけど、感覚鈍ってないな。流石さすが僕」


 いつもの調子で軽口を叩く板川、その姿は悍ましいモノであった。

 毛むくじゃらの巨大な人型の怪物。頭には牡鹿おじかの様な角、燃えるような瞳、凶悪な牙とかぎ爪を備えた目の前に対峙たいじする異形に勝るとも劣らぬ悍ましさであった。また冷気と暴風を呼び起こし、その存在だけで周囲に大きな被害をおよぼしている。

 対する成神と思われる巨大な異形もやはり見た目以上に凶悪であった。常人が聞けばその場に立ち尽くしてしまう様な悍ましい咆哮ほうこうを上げながら腕の鋭いかぎ爪を勢いよく何度もふるう。

 2体の巨大な異形の攻防。どちらかがただ少し動くだけでも辺りに大きな被害をもたらす、まさに神話の戦いであった。

 しかし、完全な互角の勝負というわけでもなく、板川の方が少しだけおしている状況であった。


「あー、流石さすが、ユニオントップレベルの戦力。簡単にはいかないなー。単純な身体能力フィジカルではこっちが不利か」


 おされている状況、しかしどこか余裕そうな感じで成神が愚痴る。


「基本的にめ言葉は敵味方にかかわらずに素直に受け取る僕だけど、君だけは気味が悪く感じるなー。どうせ何か企んでるでしょ」


 そう返事をしながら板川は今まで以上に激しく攻撃を仕掛ける。

(確かに身体能力では今のところは僕の方が勝っている。しかし、コイツは絶対に何かを仕掛けてくる。だからその前に倒す)


「心外だなー。そう謙虚にならなくても、僕の素直な感想だよ。まぁ、企んではいるけど」


 成神はその言葉の後に意味不明な言葉を発した。直後、板川にまるで不可視の拳で殴られた様な衝撃が走る。


「魔術…ヨグソトースの拳か」


「大正解。身体能力フィジカルで劣る部分は魔術でおぎなわせてもらうよ。不可視の攻撃は流石さすがの君でも防ぐのは難しいかな?」


 次々と襲い来る不可視の拳に形勢が変わり始める。


(本当にウザいな。普通なら数発で魔力切れなのに底なしかよ。あーもう)


 板川はその攻撃を防ぐのを諦め、再び攻撃に転じる事にした。異形となった自分の外皮の装甲によりダメージはかなり軽減されている。防げないならよりダメージを与えてダメージ交換で勝つだけだ。脳筋戦法で格好悪いが今はこれが確実だ。

 そう決断した時だった、まるで心臓を握られた様な激痛に襲われ動きが止まる。


「いくら頑丈な化け物だろうと内側からの痛みには耐性ないみたいだね。ちなみにコレはニョグタのわしづかみって言うんだけど、知ってたかい?」


 成神と思わしいき異形は苦しみ膝をつく板川を見下ろし、愉快ゆかいそうに笑う。

 格が違う。天才といわれた己を遥かに超える万能の怪物が目の前にいる。その事実に絶望し、戦意を失いかけた時だった。赤星からのテレパシーを受け取った。


(人質の保護完了〜そっちも頑張って〜)


 そうか、あっちはやり遂げたのか。なら僕が負けるのは格好がつかないな。正直ヤケクソだ。それでも分体の一つぐらい倒さないと自分のプライドが許さない。何より朽木や仲間達に合わす顔がない。

 自分は成神の様な万能の天才ではない。中村の様に優れた運動神経があるわけでも無い。田中さんみたいに幅広い呪文が使えるわけでも無い。だが、自分にも天才と呼ばれた確かな才がある。


 ◇

 突如,板川は凄まじい蒸気を吐き出し、成神の視界から逃れる。


「天才と言われた君にしては悪あがきがすぎるね。それで隠れれるのはせいぜい数秒だけだよ。その巨体を完全に隠すなんて不可能なんだから」


 直ぐにその巨体が姿を見せるはずだった。しかし、視界が完全にはれてもそこにある巨体の異形の姿は無かった。


「はっ」


 ドーン


 驚きを表した瞬間に何者かに足を掴まれ転倒する。鳴神は自分を転倒させた相手を認識し驚愕した。


(まさか、あの一瞬で異形化を解いて再び手と腕だけを異形化したのか。信じられない。僕にもそんな芸当できないぞ)


 更に猛烈な強風が吹き始めたと思うとその巨体は再び姿を消していた。

 強風が吹き荒れる中、鳴神は冷静に思考する。驚きはしだが、相手が何をしてくるにしても所詮は悪あがきの延長にしかすぎない。攻撃してきたタイミングでカウンターを狙えば良いだけだ。一撃を受けてでも確実に本体を潰す。ただそれだけだ。

 そう結論を出し、立ち上がろうと上に視界を向けた時にソレを認識した。咄嗟とっさの判断で魔術で障壁を作ったが、直ぐに無駄であると理解してしまった。

 ◇


 人を軽々と空中にいざなう邪神の死の風。ソレによって板川は自分自身を飛ばしたのだ。そして上空にて再び巨大な異形の姿に変身した。巨体による落下による攻撃。高さと質量。その圧倒的な力には魔術での防御も最早、無意味であった。

 いや、周りへの被害を抑える役割にはなったかもしれない。それでも当たりは見るも無惨な状態となり成神と思わしき巨大な異形も完全に潰れ、消滅していった。


「あーあ、これじゃあ、二度と朽木に雑とか被害大とか偉そうな事言えないな」


 大の字で夜空を見上げ板川は笑いながらそう呟いた。








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