第25話『赤の女王』

 朽木さんと板川さんと別れて俺達は『女王』のポイントに歩みを進めた。

 そこは田中さんの予想通り、人質になった人達がいた。しかし、異様な事にその誰もが虚ろな表情をしており、組織ユニオンに送られてきた映像に映っていた派手な赤いドレスを身にまとった女性を守るように俺達の前に立ちはだかっていた。その壁に阻まれターゲットである女性に手出しができない。


「人質達が攻撃してこないのを見るに、己の意思を完全に捻じ曲げた行動をとらせる事は不可能ってところか。暗示や幻覚か?ともかく赤星頼めるか?」


「うん、やって〜み〜るね。み〜んな、少しのあいだ〜息を〜止めてね〜」


 田中さんの言葉と同時に赤星さんが異形の姿になった。花びらが舞い、甘い香りが辺りを覆う。俺達は自分達の口を塞ぎソレを吸わないようにする。ソレを吸ってしまった人達は何かを求めるように異形の姿の赤星さんの方へ歩みを進めて行き、謎の女性から離れって行った。


「ふむ、ヴルトゥームの幻覚ので芳香がこれ程までとは恐れ入った。まさか僕の魅了を上回るとは」


 謎の女性が口を開く。その声は美しい女性の声であったが、喋り方から成神である事が解る。


「残念だったな成神。悪いが我々はお前の遊びにつきあう気は無い。このまま処理させてもらう」


 田中さんが銃口を成神に向けてその引き金を引く。それで終わるはずだった。

 しかし、弾丸が成神を貫く事は無かった。それどころかたまが銃口から発せられることすら無かった。ベテランで実戦経験の豊富な田中さんが銃の操作を誤る事はまずありえない。恐らく故障だろう。それでも不自然だ。この日の為に全員が万全な準備をしできた。勿論、武器などのメンテナンスは完璧のはずだった。


「悪いけど『機械の主』を攻略しない限り、銃を含め機械類は使えないと思った方がいいよ」


 成神と思わしき女性が笑う。


「機器類が使い物にならない可能性は察してはいたが銃の様な単純な物でもダメか」


 田中さんは銃を捨て魔術で強化した刀を抜き、成神に向かう。だが、その田中さんの動きが突然、止まった。そして持っていた刀をその場で落としてしまった。

 成神は一切、動いていない。呪文を口にした様子も無い。ただ立っているだけだ。それなのに田中さんは人質になっていた人達と同様に虚ろな表情でその場で立ち尽くしてしまった。


「ハハッ、この赤の女王の能力は特殊でね。本質は魅了状態にして僕に危害を与える事ができなくなるところなんだよ。

 まぁ、詠唱とかが必要無い代わりに接近してもらう必要がある癖のある能力なんだけどね。

 あと、その人質達も魅了が解けたわけではないから時間が経ってその女の幻覚から目覚めたらまた僕の所に戻ってくるよ」


「私には〜それ〜効果がないから〜」


 異形と化した赤星さんが植物の根の様な触手で成神に攻撃する。神格クラスの適合者である彼女には魅了による洗脳は効果が無い。しかし、その攻撃も成神に当たる事は無かった。迫りくるその触手に向けて鳴神が片手を伸ばし、何かを詠唱するとその触手は成神からそれていった。それていった触手は大きな音を立てて壁や床を破壊した。


「危ない、危ない。とっさに魔術を使わなければ潰されていたかもね」


「魔術を〜使うのにも〜限度があるでしょ〜。貴方が〜力尽きる〜まで〜やるわよ〜」


「君1人ぐらいの攻撃ならしのぎ切るさ。それよりもそんな大雑把な攻撃が人質に当たらないと良いね」


 ムカつくが確かにこのまま成神に魔術で攻撃をそらされ続けた場合、周りの人質や仲間に被害がおよぶ可能性が高い。

 何とか人質を遠くに誘導し、仲間にも離脱してもらわないと‥

 赤星がそう思案している最中さなか、視認する事ができない一撃に襲われ体がよろめいた。


「隙だらけだよ。僕が攻撃してこないとでも思った?残念ながら僕は魔術に関しては超一流でね。大体の事はできるのさ。さて、君は足手まといの人質をかばいながらどこまで戦えるかな?」


 そこからは一方的な戦いだった。成神は人質を逃がす隙を与えずに魔術による不可視の拳を振るい続けた。

 赤星さんが倒れるのは時間の問題だった。


「しぶといね君。それなら」


 成神は姿を消したかと思うと俺達の目の前にいきなり出現した。


「足手まといをもっと増やしてみようか」


 接近した成神に対して各々、攻撃を仕掛けようとするがその意識に反して田中さんと同様に武器を手放してその場で立ち尽くしてしまう。段々とその意識さえ曖昧あいまいになってくる。

 俺達は全員、成神の手に落ちるはずだった。しかし


「馬鹿な‥」


 成神がらしからぬ苦痛の表情を浮かべる。背中から刀で体を貫かれて血を吹き出しながらその相手を確認しようとする。

 確かに慢心はしていた。だが最低限の警戒はしていた。神格クラスでは無くとも適合者なら洗脳に抗える可能性があると。たがらこそ、盲点になっていたのだ。今、己に刀を突き立てている中村忠広なかむら ただひろに対して


「アー…そういえば君は彼女のお気に入りだっけ…何か変な加護でも貰ってた‥?」


「知らないな。昔、助けれなかった女に呪いをかけられたかもしれないが」


「何にせよ‥厄介なのに目をつけられているよ‥僕の権能をはじくんだから‥」


 息もたえだえの成神に対して中村さんが止めを刺そうとした時、成神の姿が変化し始めた。

 華やかで美しい女性の姿から一変、醜悪な化け物が現れた。髪は蛇に変わり、口には鋭い牙を持ち、背中には蝙蝠コウモリの様な巨大な羽がついていた。ソレはどこからともなく巨大な鎌を出現させて狂った様に中村さんに襲いかかった。


 キーン


 刀と大鎌がぶつかり合い、大きな音が響く。

 力で中村さんがされている。このままではマズイ。そう思った時、体を自由に動かせる事に気づいた。醜悪な化け物に変化した事で魅了の状態が解除されたのだろうか。

 ともかく、何か中村さんの援護をしなくては。

 しかし、成神も魅了が解除される事は承知の上だったのだろう。俺と油江さんが行動を取る前にソノ蛇の髪を使って俺達を縛り上げた。


「悪いがこうなっては君達を肉盾にくたてとして使わせてもらうよ」


 成神は俺達を中村さんの前につき出す。せっかく魅了状態が解除されたのに再び、中村さんと赤星さんの邪魔になってしまった。

 膠着状態こうちゃくじょうたいおちいったと思われたその時、衝撃と共に成神の体勢が崩れる。それは赤星さんを襲った不可視の拳だった。


「お前さん程では無いが、魔術なら腕に覚えがあってね」


 そこには田中さんの姿があった。同じ魔術ではあったが成神のに比べれば威力は無かった。しかし、その思わぬ一撃は隙を作るのには十分な威力だった。蛇の締めつけが弱まり、俺と油江さんは拘束から抜け出す事ができた。

 そうなってしまえば結末は呆気あっけないものだった。その瞬間を中村さんが見逃すはずが無く、電光石火の如きスピードで異形の首を切り落とした。

 このポイントの主である『女王』はそのまま体が灰の様になり、霧散して消えていった。





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