第18話 キャンプ場での悲劇

 大きな湖があるキャンプ場、天気にも恵まれて夜空には綺麗な星が輝いている。辺り一面に血痕の後がなければ素晴らしい景色だっただろう。


 某日、あまりにも奇妙な一つの通報が警察に入った。


「頼む、早く助けに来てくれ。突然、無数の棘をもった巨大な蛞蝓なめくじの様な怪物が湖から現れて次々と人を襲いだした。早く来てくれ。うわぁー」


 その通話は叫び声と共に途絶えた。警察が現場に駆けつけた時は誰もいなく、死体すら見当たら無かった。ただし、新しい大量の血痕が広がっており、通報が悪戯いたずらでは無い事を物語っていた。また、謎の粘液に塗れた金属の様な針が何本か見つかった。


「その回収されたその粘液と針が地球外の物質だということが判明し、組織ユニオンの僕達が担当になった」


 事前に朽木さんが説明してくれた事件の内容を思い出す。


「教会の仕業にしては雑ッスね。実験体の収集だとしても、こんなに派手にやる事ってあったッスか?」


「中村君の疑問は最もだ。僕は最初、暴走状態に陥った教会の適合者の仕業だろうと思っていた。教会としても不本意なイレギュラーの事態だったと、しかしそれだと姿を隠すのは不自然だ。教会が始末したにしては証拠が残っているし、何か狙いがあるのかもしれない」


「そうね、暴走状態だとしたら暴れ続けているはずよね。でも、理性があるとしたら派手に暴れる行動の意図が解らないわ」


 油江さんは調査用の特殊ドローンを飛ばしなながらそう話す。この広いキャンプ場を少ない人数で調査するのは大変だろうが下手に人も呼べない状況であった。なので調査は難航すると思われていた。


「アレは…。人か?」


 調査を開始してから直に中村さんが人影らしきものを発見した。しかし、その人影は遠くから見ても動きが不自然であった。怪我をしているのだろうか?歩き方がギクシャクしている。

 全員で近寄って見るとソレは人間の姿であったが、恐ろしい程に血の気が無い顔をしており、病的なまでに痩せていた。ソレはまるでホラー映画に出てくる生きる屍リビングデッドのようだった。その不気味な顔がゆっくりとこちらに向けられ、襲いかかってきた。その手には警察が見つけた物と同様の針が握られていた。中村さんがその攻撃をいなしてソイツを地面に押さえつける。


「何なんだコイツは、生きているのか。体温が全く感じないぞ」


「生命反応が感知できないわ。本当に生きる屍リビングデッドみたいね」


 油江さんが特殊な眼鏡を操作しながら、中村さんの疑問に答える。


「死体を操る能力か?皆、周囲を警戒しろ」


 朽木さんの言葉に従い周りに目をやると、辺りから生きる屍リビングデッドの大群が周囲を囲む様に姿を現した。恐らく、キャンプ場にいた人々だろう。その不気味な軍勢は老若男女を問わなかった。


「罠に嵌められたな。それにしても生きる屍リビングデッドとは厄介だな。ご遺族には悪いがここで火葬するしかないな」


「すみません。お願い致します。流石に首を切ろうが、心臓を撃ち抜こが関係無く動く奴は手に負えないッス」


 朽木は炎の異形に変身するとまず、中村さんが押さえつけていたソレを焼き尽くしてから現れた大群に向かって行った。


「死体を完全な生きる屍リビングデッド化させるのに時間がかかってしまいましたが、それに見合う獲物がかかってくれましたね」


 それと同時に何処からか不気味な男の声が辺に響いた。

 地震の様な揺れが起き、湖から全長8mはある巨大な怪物が姿を現した。ソレは蛞蝓なめくじを思わせる体に先程の生きる屍リビングデッドが手に持っていた針を無数に生やしていた。顔と思わしき所から3本の茎状の組織が伸びており、その先についている不気味な黄色い目玉が井須達を凝視していた。


「親玉が姿を現しやがった。何とか朽木さんが終わらせるまで持ちこたえるぞ井須」


 中村さんの言葉に頷く。生きる屍リビングデッドに関しては数はあるが朽木さんなら直に片付くだろう。

 そう考えていたが、思っていたより朽木さんの炎が生きる屍リビングデッドの大群に広がっていない。よく見ると辺に緑の霧が立ち込め、ソレに紛れて緑色のゼリー状の何かが大量に出現していた。ソレ等は目が飛び出しており、耳の形は人とは違う奇妙な形をしていた。

 ソレ等が朽木さんや炎からエネルギーを吸い取っているようだった。


「あまいな組織ユニオン。まだ状況を正確に理解していない様だ」


 突如として出現した不気味な霧の発生源と思わしき所からおぞましい声が聞こえ、そのゼリー状のモノを大量に引き連れた新たなる異形が姿を現した。

 ソレは人間の倍以上の体長はある巨大なイグアナの様な姿だった。ただし、顎には髭の様な触手が無数についており、背中のひれはカミソリの様に鋭く、足には水掻きがついていた。また眼光は黄緑色に輝き言い様のない不気味さを感じさせた。


「適合者が2体だと。クソ、マジで厄介だな」


 中村さんが珍しく慌てている。出現した2体の異形はどちらもかなりの強敵であることがおぞましい気配から感じ取れる。しかも、両者共に厄介な異能持ちであるらしい。今まで以上の絶対絶命の状況であった。


「本来は組織ユニオンの人員を削る事が目的でしたが、どうです取引しませんか?そこの坊やの爆弾を解除して私達に差し出せば貴方達を見逃してあげましょう。自分の命は惜しいでしょう。」


 湖から現れた巨大な蛞蝓なめくじの様な異形の視線が俺に集中する。


 バン


 短い銃声の音がした。見ると蛞蝓なめくじの異形の目玉の一つが撃ち抜かれていた。


「命は惜しいが、どうせコイツを渡しても約束を守る気ないだろうお前ら。神様にでも成ったつもりだろうが、人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ」


 銃弾を放った中村さんがそう叫んだ。


「クックック、いいでしょう。まず、貴方から殺してあげます。神をこけにした罰です」


 そう不気味な声が響くと同時に異形から無数の針が伸びてきて中村さんを襲った。中村さんはソレを躱すと、再び銃弾を放った。異形の不気味な目玉がまた一つ潰れた。最早一つだけとなった目玉が中村を睨む。

 今度は先程より多くの針が中村さんを襲う。しかし、その攻撃は刀に持ち替えた中村さんにより次々と切り落とされていった。とても人間とは思えない太刀さばきはまるで鬼神のようだった。


「ただの人間如きに私がここまでに馬鹿にされるとは何という屈辱。許さない。許せない…」


 蛞蝓なめくじの異形は冷静さを失い怒り狂い始めた。最早、中村さんしか見えていないのだろう。

 その隙に油江さんがいつもの不思議な乗り物を遠隔操作で呼び出した。中村さんは俺達がその乗り物に乗り、走り出したのを確認すると残っていた蛞蝓なめくじの異形の最後の目玉を撃ち抜いた。


「クソ、クソ」


 蛞蝓なめくじの異形は暴れだす。それを躱しつつ中村さんは手榴弾を何個が投げ込む。

 辺に爆音が響く。

 視覚を失い、聴覚を狂わされた蛞蝓なめくじの異形は一時的に行動を止めた。その隙に中村さんは俺達の方に走り出し、乗り物に乗り込んだ。


「朽木さんの邪魔だ。俺達は離脱するぞ」


 中村さんの指示に従い、離脱を試みようとした時、数体の生きる屍リビングデッドが乗り物に飛びついてきた。このままでは走行に問題が生じかねない。中村さんが腕を切り落としたりして、ひっついたヤツを振り払ってはいるが後手を踏んでいる状態だ。


「井須君、そこに積んであるケースの中の物を使って見て」


 油江さんに言われた通り、近くにあったケースを開けるとそこにはカメラの様形をしたよく解らない物があった。本当に解らないものだった。しかし、


「電気銃」


 何故かその単語が口から出ていた。自分で口にしたが、とても銃とは思えないソレを手に取る。今、初めて触るコレの使い方を自分は知っている。気が狂いそうになりながらもソレを飛びかかろうとしている。生きる屍リビングデッドに向ける。丸い電気の塊が放たれる。痛みを感じることが無い生きる屍リビングデッドとはいえ、身体を動かす為の筋肉が電撃により痙攣を引き起こす。これによりまともな動きができなくなり生きる屍リビングデッド達は次々と停止していった。


「井須君に宿った異形が使っていたと思われている武器を私なりに再現した物なんだけど、相性ピッタリだね」


 油江さんは嬉しそうに喋る。なるほど、だから初めてにしてこんなにも上手く使えたのか。役に立ったのは嬉しいが、化け物にまた一歩近づいてしまった感じがある。

 しかし、とりあえずはこれで無事にここを突破する事ができた。


「朽木さん。大丈夫でしょうか?何か緑のゼリー状のヤツに炎とかエネルギーを吸い取られていたみたいですが」


「馬鹿野郎、朽木さんをなめ過ぎだ。加減無しならあんなヤツ等に吸いつくされねぇよ。それより、早く離れないと俺達の方が危ない」


 中村さんは先程以上に慌てているようだった。もしかして2体の異形に対してでは無く、朽木さんが全力を出さざるをえない状況に焦っていたのでは。そう考えを巡らせている時だった。


 ドーン


 中村さんの手榴弾の音とは比べものにならない爆発音が響き。周辺が揺れる。


 ◇

 時間は少しさかのぼる。


「逃しましたか」


 驚異的な再生能力で視覚を取り戻した蛞蝓なめくじの異形は呟く。屈辱で今にも狂いそうだが、何とか冷静さを取り戻す。侮っていたのは自分達の方だ。大きな失敗だ。だが、まだ朽木群司くちき ぐんじを殺ることができれば充分な成果だ。無論、簡単な相手では無い事は百も承知だ。先程の様なヘマはしない。


「おい、二人がかりで殺るぞ。お前はヤツのエネルギーを奪うのに集中しろ。私がとどめを刺す」


 相方であるイグアナの異形に指示を出す。力の差はあるが、疲弊はさせている。逃したヤツ等が援軍を呼ぶ前に決める。無数の針を炎の異形に向けた時。

 突如として炎の異形は火炎を勢いよく吹き出した。その推進力でイグアナの異形と距離をつめ、その身体をつかんだ。そして、そのまま更に炎を吹き上げ、凄まじい速さで湖の中へとダイブした。

 確かに朽木群司くちき ぐんじには両方の異形を燃やしきるだけの炎を放つ魔力と精神力は残っていなかった。またそれだけの力が仮に残っていたとしても、井須達がまだ近くにいるかもしれない現状では迂闊うかつに力を振るう事はできなかった。

 そこで思いついたのが、湖で両方の異形を煮殺しにする作戦だった。魔力が少なくとも、深度を一時的に上げる事で異形化した自分自身を凄まじい熱源にする事は可能である。これで両方の異形を殺れるという考えにいたった。

 結論を言うと両方の異形を殺る事には問題無く成功したが、この方法は大きな失敗でもあった。マグマを超える熱源が急に湖に出現した事により大量の水が蒸発、その急な体積の変化により水蒸気爆発が引き起こされ辺り一面に被害が及んだ。

 逃走中の井須達に大きな被害が無かったのは奇跡としか言いようが無かった。


 組織ユニオンの同じく神格クラスの適合者の板川流風いたがわ るかがいわく。


「朽木は能力が高く、真面目だがどこか抜けているところがある」


 こうして盛大に周りをぶっ飛ばして後の隠蔽などが大変になったもののこの事件は幕を閉じた。








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