第14話 中村の過去(離別)


 案内されたのは、町から少し離れた丘の上にある公園だった。近場とは言えなかったが、そんな文句も目の前の光景を見た瞬間に消え去った。そこからか沈む夕日はそれほどまでに素晴らしかった。


「綺麗でしょ。私のお気に入りの場所なの」


「あぁ、本当にコレはいいな」


「私ね、妹にまた会えるようにこの夕日に願掛けしているんだよ。中村君は何か願い事とか無いの?」


「当面はウチの委員長の成績が上がる事かな」


 この楽しい日々が続く事を願いながら、千原朱衣ちはら しゅいに感謝しながらも意地悪にそう笑った。


 暗くなった帰り道、俺は自然と千原さんを家まで送ろうとしていた。俺の帰り道が逆方向だと千原さんも知っているだろうが、それについては向こうも追求してこない。何となく別れが惜しいそんな感じだった。少し、寂しいような幸せな時間だった。ただ、この時は明日になれば当然のようにまたお互いに会えると思っていた。


「ようやく見つけました。我らが神の器となる巫女よ」


 その道中、人気のない道で突然に暗闇から声をかけられた。今までに聞いたことが無いぐらい不快な男性の声。その不気味な声の主の姿が電柱の灯りに照らされ顕になる。その姿に自分の目を疑った。

 それは殆んど人間の姿ではあったが、明らかに異常だった。何故なら、その頭部には山羊ヤギのような角があり、手には大きなかぎ爪が備わっていた。足は太くひづめがついている。その姿はまるでギリシア神話の精霊サテュロスもしくはキリスト教に出でくる悪魔バフォメットを連想させた。


「何なんだよ。お前は」


 俺は千原さんを庇うように前に出た。コスプレなどやフザけたイタズラでは無い、明らかな脅威が目前の不審者から感じられた。


「お前には関係無い。後ろにいる巫女様に用がある」


 巫女?千原さんの事だろうか?俺一人なら逃げれるかもしれないが、千原さんは厳しいよな。

 そう考えを巡らせている最中、躊躇無ちゅうちょなく鋭いかぎ爪が中村を襲う。とっさの判断で学生鞄を盾にして防いだが中身の分厚い教科書すら見事に切り裂かれた。安物のナイフなんかより凶悪かもしれない。戦慄せんつりが走る。

 だが、中村も普通の男子高校生とはまた違っていた。その凶器の刃がついた手をつかんだかと思うと、すぐに相手の腕を自分の腕で挟み込んでソレを曲がってはいけない方向に折り曲げた。


「グァー」


 流石の化け物も叫びを上げる。腕が折れた状態ならまともに走ることはできない。これなら二人でも逃げ切れる可能性が高い。そう思いその不審者から離れた瞬間、目を疑う光景が飛び込んできた。なんと、ソレは曲がった腕を無理やり戻すと、まるで何事も無かったかのように普通に動かし初めたのであった。


「化け物かよ…」


 人間では考えられない回復スピードにその言葉が漏れ出る。体格は中村よりやや小柄であるにも関わらず、眼前のソレの脅威は測りしれず、正しく絶望であった。

 そう、いかに天才とはいえ、今までに普通の世界にいた普通の高校生の中村が固まってしまうのも無理は無かった。それでも容赦ようしゃなく迫りくる凶器を前に自分の終わりをたださとった。しかし、その凶器が中村に当たることは無かった。突然、自分と目の前の化け物の間を何かが遮った。ソレは無惨に切り裂かれ、血飛沫を上げて中村の前に倒れた。

 理解できない。理解したくない。目の前に倒れたソレは自分が必死の覚悟で守ろうとしていた千原朱衣ちはら しゅいだった。


「何で……」


 中村はその場で膝から崩れ落ちた。


「うぅ…。中村君…大丈夫?」


「馬鹿、それはこっちの台詞セリフだ。喋るな。とりあえず止血を…」


 血は止めどなく流れている。明らかな致命傷。もう助からないだろう。


「ごめんね…。私、馬鹿だから…何も考えずに咄嗟に前に出ちゃった」


「何、誤ってるんだよ。クソ…。俺のせいで」


 彼女を助けれ無かった自分が憎い。恐怖で動けなく、挙句の果てに守るべきはずの彼女に守られた自分が情けない。


「そうだ。今まで…勉強見てくれたお礼に…このペンダントあげるね。幸せに成れる…おまじないつきだよ。だから…中村君だけでも早く逃げて…生きて幸せになって……」


「おい、頼む。いかないでくれ……」


 呼びかけても、もう二度と返事が返ってくることは無かった。中村は渡されたペンダントを握り起き上がり目の前の化け物を睨む。

 化け物の方も何故か様子が変だった。


「巫女様が…。我らが神の器が…」


 そうぶつぶつと一人で叫びながら、自分の身体を掻きむしっていた。千原との最後の別れをしている最中もそうしていたのだろう。傷はできた瞬間に再生されているが服がボロボロで異様に動揺していることが解る。

 千原さんの意思を通すなら、この隙きに逃げるべきなのだろう。もう守るべき人もいない。

 しかし、中村も冷静では無かった。その動揺している化け物に無言で近づき、勢いよく殴り飛ばした。


「ギャッ」


 再び短い叫び声を上がる。そしてようやく化け物の意識が中村に向けられる。


「お前のせいで…」


 化け物から怒りの声が漏れる。先程までとは違い本気の殺気が中村に向けれる。

 かぎ爪をさらに勢いよく振るい始める。だが中村はそれを華麗に躱していった。何故だが中村には最初の時よりもその動きがゆっくりに見えていた。そのまま化け物の足に蹴りを入れ転倒させた。

 化け物は直に立ち上がろうとしたが上手く立てない。見ると片足がありえない方向に曲がっていた。化け物の顔色が変わる。普通の人間ごときの蹴りごときで足の骨が完全に折れるなどまずありえないのである。鍛え上げられた格闘技のプロでもこの化け物の異常に太い足を折るのは難しいだろう。


「肉体強化の魔術…。しかし、…いつの間に」


 先程まではそのような素振そぶりは全っく見られなかった。明らかに何かが変わった。折られた足が治らない。何なんだコレは。ありえない。気づくと化け物の目の前には絶望が立っていた。


「何なんだよ。お前はー」


 化け物が恐怖で叫ぶ


 グシャ


 人間のものとは思えない鋭い蹴りが化け物の頭部を粉砕した。


「それはこっちが聞きたいよ。化け物」


 そう呟いた。中村の表情は恐ろしい程に怒りに歪んでいた。


 ガサ


 近くから物音が聞こえ振り返る。暗闇からどこからともなく、同じ様な山羊ヤギの特徴をどこかしらに持った不審者がさらに数人現れた。


「一人残らず、殺してやる」


 自暴自棄になった中村が化け物達に立ち向かおうとした時、眼前の化け物なんかと比較にならない程のおぞましい気配が迫ってくるのを感じ足が止まった。


「ギャー」


 化け物達の中から叫び超えが上がる。次々と化け物が火だるまに変わり果てていく。最後の一人も倒れ、そのおぞましい気配の主の全容が顕になる。それは燃え盛る炎をまとった真っ赤な鬼の異形な姿だった。


「一般人の生き残りか?おい、コイツの保護は任せた」


 以外にもその異形は人の声を発した。その声に従い、武装した数人の人間が中村を取り囲む。逃げる事、もしくは戦う事も考えたが銃を向けられては流石に厳しい。また、あのおぞましい異形に勝つのは厳しい。何よりも千原朱衣ちはら しゅいをあのままにしては行けなかった。


「奴らは何で一般人をつけ狙っていたのでしょうか?」


「さぁな、教会ならいざ知らず、そこからか派生した集団は思想が独特過ぎるからな。それよりも速くソイツに魔術で記憶処理を施してくれ」


 そのような会話の後、中村の前に一人の小柄な女性が出る。その女性は何か呪文の様なものを呟き始めた。それは全く聞いたことが無い言語でもしかしたら人の言葉では無いかもしれないと思う程、不気味で不快な言葉だった。


「うん、処理は済んだわ。今は記憶が曖昧になっているはずだから、通り魔にでも襲われた事にして…」


「はっ?何をフザけた事を言ってるんだよ。魔術とか意味が解らねー。お前らと化け物はどういう関係何だよ。説明しろ」


 中村は混乱し、怒りのまま怒声を上げる。眼の前の連中は目を丸くし、驚きのあまり言葉を失ってしまった。


「嘘、私の魔術が全く効いていない。本当にただの一般人?」


「状況を理解していない感じを見るに一般人なのは確かなのだが、連中が狙っていた事を考えるに特殊体質なのかもな。何にせよ、組織ユニオンまで連行するぞ」


 これには当然、中村は暴れて抵抗したが数の暴力には敵うことなく、拘束されそのまま連行されてしまった。

 ようやく手にした幸せな日常は終わりを告げ。冒涜的ぼうとくてきで残酷な世界が中村を巻き込んだ。

 守れなかった幸福千原朱衣を癒えることの無い傷として背負いながら、暗い険しいその道を進む事となって行った。

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