第12話 黒山羊の彼女(別れ)

 案内したのは町から少し離れた丘の上にある公園。遊具などは無く、訪れる人も少ない。ただ、そこはから見える景色はわりと絶景で、特に夕日がとても綺麗に見える。

 自分と昔の知り合いのお気に入りの場所。なんとなく詩久羅も気に入るだろうと思ってはいたが、予想以上に気に入ってくれたようだ。


「本当に素敵。夢みたい。忠広さん今日は本当にありがとう。こんな素敵な1日初めてだわ」


 少々大袈裟だが、それでこそ案内した甲斐があった。予定より時間がかかってしまったが、この様子なら彼女も満足したに違いない。

 そう安堵していた時、頭上から何かが羽ばたいている様な音が聞こえ空を見上げた。そこには今までに見たこともない鳥、いや鳥とよべるのだろうか?空の上にいるので正確な大きさは解らないが、影から推定するに人間なんかより遥かに大きい。


「何だアレは?」


 そう自分が声を上げると同時にその怪鳥が急降下し、その背中から一人の男が降り立った。


「まったく、成神さんも人使いが悪い。でもようやく見つけましたよ」


 降り立った男はそう呟いた。


「何者だお前は?」


「それはこちらの台詞セリフですよ。まぁ、何にせよ貴方に用は無いので速やかに消えてもらいましょうか」


 男はそう言い終えると同時に男の姿は醜悪な怪物へと変貌した。その姿は、灰色がかった油ぽっい体で巨大なヒキガエルを思わせた。しかし、その顔には目の様な物は無く、代わりに鼻と思わしき辺りにピンクの短い触手が何本も生えていた。

 完全に予想外の場面での適合者による襲撃。しかし、中村も一流のプロである。隠し持っていた拳銃を数発、目の前の怪物に対してすぐさま放った。

 怪物はその不意打ちを躱す事ができずに、放たれた全弾がその不気味な皮膚に命中した。しかし、怪物に大きなダメージを与えたようには見られなかった。


「なるほど、組織ユニオンの連中でしたか。なおの事、直ぐに始末しないといけないですね」


 不気味な声が響く、気づくと怪物の手には禍々しい槍の様な物がいつの間にか握られていた。その魔槍が中村に向けられる。間一髪で躱すが、立っていた地面がえぐれ、後ろのフェンスがひしゃげてしまっている。まともに当たれば命は無いだろう。おまけに今の自分の手持ちの武器ではあまりダメージを与えられないときた。


「我々も忙しいのです。早く消えてください」


 怪物が二撃目を放とうとする。その瞬間、中村が残りの数少ない弾丸を魔槍に命中せさる神技を披露する。魔槍は壊れはしなかったがその衝撃で怪物の手から離れた。


「ただの人ごときが小賢しいですね」


 怪物は苛立ちの声を上げる。その手にはどこから出現したのか、新しい魔槍が握られていた。再び振るわれる凶器、しかし中村はそれを今度は難なく躱すと最初にはじいた方の魔槍を拾い、怪物の頭部めがけて投擲とうてきした。その魔弾は見事に怪物の頭部に突き刺さった。


「ギャー」


 怪物から悲鳴を上げる。さすがの異形もコレには動きが止まった。その隙を見逃さずに中村はその魔槍をさらに力いっぱい押しこむ。


化け物おまえ等は力に頼り過ぎなんだよ」


 醜悪な怪物はそれにより完全に動かなくなった。やがて怪物は男の姿に戻り、禍々しい槍の様な物も消えていった。

 息を整え、ようやく意識を詩久羅に向ける事ができた。このおぞましい非日常的な光景を見ても悲鳴ひとつ上げずに平然とただたたずんでいる。なんか見るからに不機嫌そうな顔をしているが。明らかに異常だ。奴らの狙いは十中八九、詩久羅だろう。井須みたいな感じなのか?とりあえず、組織ユニオンに連絡しないと話を聞き出す余裕も無い。


 ドーン


 地面が揺らぐ、先程の巨大な怪鳥が地面に降り立ったのだ。それによりその全容が明らかになる。体の大きさは象を超え、馬の様な頭部を持ち、全身は鱗に覆われていた。


「息巻いて一人で充分と言いながら、人間一人に殺られるとは情けない」


 明らかに先程の怪物を遥かに超える絶望がそこにあった。中村といえどこの状況は分が悪い。手持ちの簡易的な装備ではこの巨体はかなりキツイ。隙を見て魔力で強化されたナイフで首を狙えればとも考えたがリスクが高過ぎる。それに詩久羅のこともある。離脱するにしても彼女を見捨てるしか無いのか。あの時みたいに結局ただの人間の自分には何も守れないのか?


 ザワッ


 目の前の怪鳥なんかよりもおぞましい気配が突如として辺りに広がる。


「私の気分を害するなんて死にたいのかしら」


 その言葉と当時に巨大な黒い触手が出現し、怪鳥を締め上げた。


「す…すみません。千原様。ですが…何故、組織ユニオンなんかの連中を!」


 怪鳥が苦しそうに叫ぶ。


「成神出てきなさい。どうせ、近からこの鳥を通して見ているのでしょ」


「勝手に外出して、挙句の果てに組織ユニオンの連中に肩入れして僕の部下をイジメるなんて、さすがにおいたがすぎるのでは?」


 どこからともなく、教会のマスターの一人である成神星斗なるかみ ほしとが姿を表した。


「この鳥の命は奪わないし、今すぐ帰るから見逃しなさい」


「随分と上から目線だね」


「無断外出に関しては貴方だけには責められたくないわ。常習犯の成神さん。それに私は今、せっかくのデートを貴方達に邪魔されてとっても気分が悪いの。暴れて欲しく無ければこの場だけでも見逃しなさい」


「教会を裏切って組織ユニオンに肩入れするのか?」


 成神の笑顔の表情とは反対にその声色は今までに聞いたことが無いぐらいおぞましかった。


「失礼ね、そこまで軽い女じゃないわよ。オンオフはしっかりとします。次回、会うことがあるのなら容赦なく殺します。ただのこの一時は彼を見逃しなさい。そうでないと私のプライドが許しません。それに貴方だって過去に朽木群司くちき ぐんじを…」


『黙れ…』


 成神から放たれたその言葉は凄まじい重みをもっていた。笑顔の表情に歪みも見られる。成神はハッとなり、すぐさまいつも通りの貼り付けた様な笑顔を作り直し、口調も軽いものに戻した。


「ハァ~〜、そうだね。僕が悪かったよ。こんな些細な事で君と対立するのは愚かだね。解った。その要求を飲もう。でも、本当に今回だけだからね。次は無いよ」


「解ったわ。さすがに私も反省して今後は弁えます。ごめんなさいね」


「君に謝罪の言葉をもらえるなんて、それだけでも大きな収穫だ。それじゃあ」


 黒い空間が現れ成神達を包む。アレが門と呼ばれている移動の為の魔術だろう。怪鳥もいつの間にか人間の姿になっており、難なくその空間に消えていった。詩久羅もその空間に向かう。止めることはできそうに無い。


「本当に夢の様な1日をありがとう、感謝しているわ。お互いにごっこ遊びみたいだったけど、満足したわ。でも、まさか敵同士なんて運命って残酷ね。叶うなら二度会う事が無いように祈ります」


 そう言い残し、彼女も闇に消えていった。さてどう組織ユニオンに報告したものか。とんでも無い休暇になってしまった。それにしても、


「あ〜、お前の妹の性格ヤバイなー」


 中村は自分の胸ポッケトから、詩久羅が身につけていた物と同様の黒い山羊ヤギをモチーフにしたペンダントを取り出し、今は亡き知り合いに向け叫んだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る