第7話 朽木の過去(離別)


「なっ」


 浅斗と離別して本来の調子を取り戻し初めてきた頃、与えられた任務に自分の目を疑った。それは宗浅斗そう あざとの始末だった。2人での任務の最中に殺せと指示が与えられた。


「浅斗は教会にとって貴重な存在ではなかったのですか?」


「うん、実際に凄まじい能力であることは間違いないね。でも、アレは味方にとっても脅威だ。君も身をもって体感しただろう」


 成神の言葉でその時の光景がフラッシュバックする。神格クラスの相手さえ簡単に消滅させる力。仮に暴走などしたら教会の全勢力を持っても抑えるのは難しいだろう。


「真正面での戦闘だと流石の君でさえ勝つのは難しいと思うけど、彼も完全に能力が使いこなせてるわけじゃないから、不意打ちによる暗殺なら充分に勝算はある。だからこそ君が選ばれた。頑張ってくれたまえ元パートナー」


 成神の命令を拒否するつもりもないし、教会が浅斗を危険視するのもあの光景を実際に目撃した自分には理解できていた。しかし、ただ今まで何も考えず、何も思わずに教会に従ってきた自分がこの時だけは嫌悪のような感情を抱いていた。

 あれだけ恐怖し、拒絶した対象にまだ情があったのは自分でも驚きだった。それだけ浅斗の夢を尊いものだと感じていたのだろうか?それほどまでに今までの自分は空っぽだったのだろうか?

 今までに抱えてこなかった余計なものにに押しつぶされそうになりながらその時を迎えた。


「朽木さん、お久しぶりです。2人で任務なんていつぶりですかね?」


 昔のように無邪気に話しかけてくる浅斗の頬に残った火傷の跡を見て息が苦しくなる。


「あぁ、そうだな」


 浅斗とは対象的に自分は色々な思いから普段以上に口数が少なくなる。


「それにしても神格クラスの適合者が2人も引っ張り出されるなんて凄いですね。朽木さんは何か詳しく聞いてます?」


「この辺に脱走した神格クラスの適合者候補がいるそうだ。前回みたいに暴走した場合を考えての指名だそうだ」


 実際にそんなヤツはいない。単純に浅斗を暗殺する為にでっち上げられた偽りの任務。


「なるほど、それなら納得できますね。あの時のことはあまり記憶に無いのですが、以前とは違い強くなったとこ朽木さんに見せてあげますよ」


 俺がその時した仕打ちをコイツはどう思っているのだろうか。それを聞き出す勇気は自分には無かった。無邪気な様子で以前とは違い積極的に前を歩く浅斗に罪悪感とも苛立ちとも区別がつかない感情を抱いた。

 嘘に気がづかれる前に直ぐに殺してしまおうと決意する。これ以上、話していると色々と辛くなってくる気持ちを誤魔化すかのようにその決意を実行に移す。

 前を歩く浅斗の後頭部に向け近距離から炎を放つ。気づかれないように最低限の威力にはしたが、それでも人間の顔を燃やし尽くすには充分な威力だった。しかし、それは当たることなく何も無かったかのように消え去った。

 浅斗が振り返る。

「成神さんが言っていたことは本当だったんですね。まさか本当に朽木さんが俺を殺そうとしているなんて」


 そう言った浅斗は恐ろしいほどに虚ろな表情をしていた。その表情と漂うおぞましい空気に圧倒されそうになる。


「まて、成神さんがお前に何を言っていたんだ」


 状況が明らかにおかしい。浅斗の暗殺を依頼した成神自身がそのような助言を浅斗にするなんて。


「落ち着け、浅斗。俺にお前を殺すように指示したのも成神だ。互いに騙されているのかもしれない」


 混乱している頭で考え、なんとか弁明の言葉を口にする。


「そうなのですか…。でもどうでもいい事です。結局のところは朽木さんが俺を殺そうとしたことは事実ですし、俺が朽木さんを信じられなかったのも事実なんです」


 無論、言葉は届かない。浅斗の言う通り、理由がどうであれ実際に殺そうとしたのだ。初めから弁明の余地など無い。


「もう何もかもがダメですね。教会の思想とか関係無しに俺はこの世界を認める事ができない。存在自体が許しがたい、虫酸が走る。全て余すことなく消してやる」


 空気がさらに淀んでいく。周囲の木々などが瞬時に腐食していく。不意打ちが失敗した今とても勝てるような相手ではない。俺は必死に逃走を試みる。その姿は哀れな道化のようだっただろう。恐怖で上手く動かない足を無理やり動かした。

 俺は生まれながら教会でおぞましい光景を何度も見てきた。今や自分自身も醜悪な化け物だ。しかも神格クラスの適合者であり、幹部候補と言われるまでに凶悪な力をつけた異形だ。だが今、目にしたものはそれよりも遥かに恐ろしく醜悪ななものだと本能が警告を鳴らす。

 足がもつれ無様に転ぶ。全身が震えて立ち上がれない。おぞましい気配が迫ってくるのが解る。


「来るな。来ないでくれ。頼む助けてくれ」


 自分の声とは思えない叫び声をあげる。迫りくる恐怖。俺は無我夢中で当たるはずの無い炎を放った。


「ガッはっ」


 予期していなかった叫び声が聞こえた。見ると浅斗が炎に焼かれている。


「えっ、なんで」


 意味が解らない。何ひとつ状況の理解ができない俺はただ呆然とソレを見るしかできなかった。


「はぁ~。まさか追いつめた相手を見ると乱れる悪癖がまだ無くなっていないなんて計算外過ぎだよ。まったく、ここまでお膳立てしたのに」


 聞き覚えのある声が響く。どこからともなく成神が姿を現した。浅斗に近寄ると呪文らしき言葉を呟いた。炎が消えていく、浅斗は意識を失っているように見えた。


「命に別所は無さそうだけど、早めに教会に連れて処置をした方が良さそうだね。いい感じに理性が吹っ飛んでくれたと思ったのにこのような結果になってしまうとは」


 成神は門の準備を行い始めた。


「待て、全て教会の計画だったのですか?俺達を利用したのですか?」


 なおも混乱する思考の中、成神に疑問をぶつける。


「君も知っての通りこの子は信念と力はあるくせに倫理感をぬぐい切れないところがあってね。前回の覚醒を機に少しは改善したみたいだったんだけど、まだまだなところがあったから前回同様にちょっと策を講じたのさ」


「前回、脱走者の中に神格クラスの適合者候補がいたのは偶然では無かったのですか?」


 信じられない、信じたくない事実が頭をよぎる。


「そう、アレは僕が放った。浅斗君の覚醒を促すためにね。元々、暴走の危険性があったからちょうど良かったんだ。もっともあそこまで上手くいくなんて思いもしなかったけどね。特に最後、君が浅斗君に傷を残してくれたのは最高に良かったよ」


 笑顔で話す成神に対して怒りがこみ上げてくる。前回の件も、今回の件も自分は浅斗を教会好みに仕上げるための道具として利用されたのだ。


「ふざけるな」


 成神に対して炎を放つ。しかし、それは成神の前で不自然に軌道を変え的外れなところに飛んでいった。


「危ないな。呪文が間に合わなければ直撃してたよ」


「相変わらず小賢しい呪文が多いですね」


「それが僕の特徴でもあるからね。しかし、君は教会を裏切る気なのかい?」


「先に裏切ったのはそっちだろ」


「裏切るも何も所詮、君達は最初から教会のための道具でしかないのさ。悪いけど今はこれ以上、君の相手をしてる暇は無いので失礼するよ」


 そう言い残し、成神は浅斗と共に突如として現れた黒い空間の中に消えていった。

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