第6話 朽木の過去(覚醒)

 それから一月も経たないうちにその事件は起きた。その事件の始まりは珍しくもない脱走した適合者達の殲滅任務。いつも通りに教会から与えられた情報を元にターゲットを追いつめることに成功した。


「いい加減に諦めろ。教会から逃げて生きていくことなんてそもそもできないと知っていただろう」


 海辺の小屋に身を潜めていた脱走者達は鱗に覆われた皮膚を持ち、首の左右にはエラ、水かきのついた手そして目が飛び出た魚の頭部をもつまさに魚人というべき姿だった。

 人格は残っているが姿が変貌して戻る事ができなくなった哀れな中途半端な適合者達。彼らは仮に教会が見逃したとしても普通の人間社会の生活には戻れないのは明確だった。


「うるさい、教会のお気に入りのお前たちに何が解る?あそこに戻るくらいなら死んだ方がマシだ」


「そうかなら、お望み通りに殺してやる」


 相変わらず、浅斗は銃を構えてはいるものの引き金を引くのに躊躇ちゅうちょしている。ヤツからしてみれば目の前の怪物もまだまっとうな人間なのだろうか。まぁ、自分達も実のところ目の前の怪物と変わりない。いや、本質的にはもっとたちが悪いものだろう。

 いつも通りに浅斗を巻きこまないように注意を払いながら焼き殺していく。数はいるものの力の差は歴然で直ぐに片づくはずだった。

 小屋の奥にうずくまり震えている人間が視界に入った。他の脱走者達とは違い普通の人の姿。突如としてその人間が苦しみ叫んだ時、事態は急変した。そのおぞましい叫びに周りが一度硬直し、それが急に姿を変え現れた。タコによく似た多くの触手を持つ頭部、鋭いかぎ爪を備えた手足。蝙蝠コウモリの様な翼がある全長22mぐらいの化け物。

 その巨体の出現により小屋は壊れ脱走者諸共吹き飛ばされた。そしてその巨体な化け物は次々と脱走者達をそのおぞましいかきづめと触手を使って殺害していった。地獄の光景が広がる。

 能力の覚醒に伴う暴走状態。それを任務中に目にすることは決して珍しいことでは無かった。暴走という力のかせが外れている状態は確かに厄介だがそれでも神格クラスの適合者の脅威になる程の者はいなかった。

 しかし、目の前は巨体な化け物はあきらかに今までのものとは別格だ。神格クラスかそれと同等レベル。


「なぜこんなヤツがこんな所に、とりあえず考えている場合では無い」


 朽木は炎の鬼の姿に変身し、巨大な化け物に向かい全力の炎の噴射を行った。地獄の炎が巨体を包みこみ、巨大な化け物が倒れる。仮に海に倒れこんだとしても地獄の炎は簡単には消えはしない。巨大な化け物が完全に沈黙したと思ったその時、その巨体がいきなり弾け飛び溶解し始めた。


「なんとかなったか」


 それを見て朽木は安堵したが悪夢はここからだった。その溶解した身体から緑がかった煙が出たと思うとそれらが固まり再び、無傷の巨体な化け物が姿を現した。


「なっ」


 最悪の状況を一瞬のうちに理解させられる。アレを殺しきるのは自分には不可能だ。狂気に身を落とし、自分に宿った邪神の力を制限なく使えば勝算はあるかもしれないが、それは暴走した神格が増えるだけの事態になるリスクの方が大きい。この場を離脱し他のマスターに協力をしてもらうしかないだろう。

 そう考えた時、自分の後方からおぞましい気配が近づいているのを感じた。それは今、目の前にいる巨大な化け物よりも凄まじく、醜悪さを感じさせた。その気配の方に振り返ると浅斗が歩いていた。様子がおかしい。意識がないようで虚ろな感じでゆっくりと巨大な化け物の方にその歩みを進めている。


「何をやっている? 逃げるぞ浅斗」


 声をかけても反応が全く無い。触手の一つが浅斗に襲いかかってきた。

 間に合わない、そう思った時、不思議な事が起きた。

 浅斗に触れる寸前にその触手の先端が消滅したのだ。途中から無くなってしまった触手から気色の悪い体液が噴き出す。しかし、それも浅斗を濡らすこと無く不自然に消えていく。

 その光景を気にも止める様子も無く浅斗は更に目の前の化け物との距離を縮めていく。化け物は今度は鋭いかぎ爪がついた手で浅斗に襲いかかってきた。脱走者達をいとも簡単に切り裂いた凶器がせまる。しかしその恐ろしい攻撃は浅斗に届くことは無かった。

 巨大な化け物のかぎ爪が浅斗に触れる瞬間、まるで最初から何も無かったかのように跡形も無く巨大な化け物の身体は丸ごと消滅したのだった。


「おい、浅斗どういうことだ。聞こえるか?」


 状況が飲み込めない混乱した頭で浅斗に呼びかける。浅斗は聞こえてないのか。反応せず、近くの脱走者達を次々と消滅させていく。

 その光景はあまりにも異様だった。恐怖に怯え動けなくなった者達をなんの躊躇ためらいもなく消していく姿はまるで本物の神のようだった。自分自身も浅斗を止めなければいけないと思いながら、感じたことも無い恐怖でその場を動くことすらできなかった。やがて周りの脱走者達を消しさり、浅斗がこちらに近づいてきた。


「おい、やめろ。近寄るな」


 なんとか、声を出したが身体が動かない。近づいてくる浅斗の顔は恐ろしい程、無表情で普通の状態では無い事を改めて理解させられた。まるで浅斗の理性や意志が無くなり白痴になってしまったかのようだった。死を覚悟した瞬間、浅斗の動きが止まった。


「えっ……朽木さん、俺は何を……」


「来るな。それ以上近づいたら殺す」


「どうしたんですかいったい。状況を説明してぐださい。俺ふき飛ばされてからの記憶が無くって混乱してるんです。あの巨大な化け物はどうなったんですか?朽木さんが殺ったんですか?」


「お前が殺ったんだよ。お前はあの化け物以上の怪物だ」


「何を言っているんですか。こんな時に笑え無い冗談はやめてください」


 浅斗がさらに距離を縮めようとする。その瞬間、恐怖に耐えきれずに炎を浅斗に向けて放ってしまった。


「あっ…。なんで…」


 炎は消滅することなく浅斗の顔の横を通り過ぎ、軽い火傷をその顔に残した。浅斗は火傷による痛みよりも、この理不尽な仕打ち対してショックを受け言葉を失ってしまったようだった。


「…済まない。取り乱した」


 その表情を見てようやく自分も頭が冷えたが、もう何もかも遅かった。

 お互いにかける言葉が見つからないまま教会に戻った。この事件の後、浅斗は完全とは言えないものの覚醒した適合者として認められた。それからは浅斗とは個別に任務が与えられるようになり、関係を修復すること無く疎遠になっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る