第4話 狂気の発明家

 例の海辺での怪物処理から数日も経たないうちに俺達に新たな任務が与えられた。

 教会の拠点の1つがあるだろうと思わしき周辺を調査していた斥候部隊の消息が途絶えたのでその調査をせよとのことだ。また、今回から新たに人員が一人追加されるらしい。今、俺らはその合流地点にいる。


「新しく配属される油江美子ゆごう みこさんってどんな人なんですか朽木さん」


 せめて話しやすい人だと良いのだが。正直、俺の今の立ち位置を良くないと思っている人物の方が多そうなので気がめいる。


「彼女はとても元気な人だから井須君も親しみやすいと思うよ」


 朽木さんは苦笑しながらそう言う。この人は多分、人を悪く言うことは無いのだろう。


「技術部の変り者、特に興味をもった物のへの執着は異常。お前も気をつけろよ井須。もろヤツの的だぜお前は」


 歯に衣着せぬ物言いをする中村さん。大変失礼だが朽木さんよりも情報に具体性があるのでありがたい。


「そんなにヤバイ人なんですか?」


組織ユニオンにある貴重なサンプル使って自ら適合者になった異常者だ。技術者としての腕が良くなければ死刑も視野にあった」


 なにそれ思っていた異常にヤバそうな人なんですけど、そんなマッドサイエンティストに目をつけれてるのか俺は。俺の不運は底なしか。

 そんな会話をしていたら車と思わしき何かが俺達の前に止まる。疑問風なのはソレが見たことがない車種で異様に丸みのある乗り物だったからだ。


「いやぁ、ごめん、ごめん、遅れてしまった。知っているかもしれないけど技術部の油江美子って言います。今回から皆さんのサポートにまわります。よろ」


 身長は150cmぐらいだろうか。年齢は10代にも見えなくはない。大きめの眼鏡をかけ髪を後ろにまとめた女性がそのヘンテコな乗り物から降りてきた。


「あっ、始めまして井須晋太郎っていまますよろしくお願いします」


 とりあえず、自分も自己紹介をする。油江さんにとっては自分だけが知らない顔だろう。


「あぁ、君が例の特例の新人君か。君については色々と興味があるんだ後でこっそり色々と調べさせて」


「姉御、悪いがコイツは重要監視対象だ。上の許可無く勝手に調べさせるわけにいかないんですよ」


 中村さんがわってはいる。中村さんの口ぶりから見るに実は油絵さんって実は結構年上なのかもしれない。


「ちょっと、中村君その呼び方はやめて。せめてねえさんとかにして」


「朽木さん、油江さんって年何歳なんですか?」


 中村さんが油江さんをからかっている内に小声で禁断の質問をする。


「僕の3つ上だから35歳だよ」


 見た目に反してまさかのチーム最年長だった。


「ちょっとそこ。井須君に変なこと教えたら罰として血液サンプルとか貰うからね。勿論、井須君のも貰うからね。心配しなくても大丈夫よ。400mLぐらいで済ませてあげるから」


 目が笑ってない。この件はマジで心の奥底に封印しよう。


 油江さんが乗ってきた乗り物にのり現場付近まで行く。この乗り物は油江さんが作ったもので電気式で音が少ないのが特徴らしいが、油江さんが爆速で飛ばしため快適な乗り心地を味合うことはできなかった。

 場所は前回の海辺の近くの林の中。乗り物はなるべく隠せるようなところに止め、最低限の装備で斥候部隊の消息が消えたと思われる場所に向かった。


「斥候部隊のだった人は適合者では無かったものの戦闘面でもレベルの高いヤツ等だった。充分に注意をするように」


 朽木さんが注意を促す。


「教会の適合者がやっぱり絡んでるのでしょうか?」


「可能性は高いだろうな。今回の任務はあくまでも現場調査だ。戦闘は避けるべきだ。井須君は特に戦闘向きでは無いから大人しくしていてよ」


「はい」


 ふと疑問がうまれる。油江さんは適合者らしいがどのような感じなんだろうか。普段は技術部ということだが俺と同じで戦闘向きでは無いのかもしれない。そのような事を考え始めていたところ異常な光景が目に写った。

 恐怖に目を見開き顔を恐怖で歪め石化している斥候部隊の姿がそこにはあった。


「これは何が起きているのですか?」


「朽木さん、これは間違いなく適合者の仕業スッよ」


「みんな再度周囲を警戒して。近くに敵が潜んでいる可能性がある」


「ちょっと待ってください。この人達まだ生きているわ」


 皆が驚く中、油江さんは石化した斥候部隊に不思議な装置をつけ眼鏡をいじりながら話しを続ける。どうやらあの眼鏡もただの眼鏡ではなく特別な発明品らしい。


「内部の体温は正常で脳波とかも確認できる。謎の硬化の影響は外側だけみたい」


「この状態でも生存しているのか。敵の目的はなんだ…。敵の罠の可能性もあるが情報が欲しい。井須君、君の能力を使えるか試してくれないか。石化した隊員と20秒だけ精神交換を頼む。とりあえず、20秒数えたら直ぐに精神交換を解くんだ」


 朽木さんは少しだけ悩んだが直ぐに俺に指示をした。俺は手袋を外し、石化した隊員に恐る恐る触れる。

 気づくと俺は暗闇の中にいた。身体を動かすことはできない。拘束具をつけられていた時以上の密閉状態。組織ユニオンで監禁されていた事がある俺でも気が狂いそうだ。直ぐに精神交換を解除したい気持ちを抑えてゆっくりと心の中で20秒を数えてから解除を行った。

 自分の身体に戻ると中村さんに抑え込まれていた。


「おっ、戻ったか。悪いな、錯乱状態で暴れていたから抑えつけていた」


「そうですか。正直こうなっていると予想はついてました。情報入手はこの場では難しそうですね」


「あぁ、カウンセリングが必要そうだな。このレベルの隊員があれほど錯乱するとなるとそれなりに強力な能力だろう。直ぐに応援を送るように連絡する」


 そう朽木さんが決断した時だった。


「朽木さん以外は目線を下に向けて撤退しろ!」


 突然、周囲を警戒していた中村さんが叫んだ。


「感が良すぎはしないですか。しかも神格クラスに効果が薄いのも気づかれるとは。簡単に捕獲できると思っていたんですけど」


 林の奥からおぞましい声が響いてきた。


「ヤツ…見るな…動かなく…なる」


 中村さんの様子がおかしい。動きが固まっているし、言葉を出すのも辛そうだ。


「私を直視してまだ喋ることができるとは普通の人間だとしたら驚異的な精神力ですね」


 謎の声の主が近づいてきてる。おぞましい気配と異様な腐臭が恐怖をかきたてる。

 朽木さんが俺と油江さんをその気配の主から遮るように前に出る。


「中村の指示通りになるべく視線を地面に向けながら撤退しろ。お前達は適合者だから本体を直視しなければ影響は少ないがそれでも危険な相手だ」


「中村さんや朽木さんはどうするんですか?」


「僕が殿しんがりを務める。中村君の事はとりあえず諦めろ」


 残酷な判断だ。それだけ近づいている相手がヤバイのが伝わってくる。


「逃がすものですか」


 朽木さんの身体を避け1本のおぞましい触手が呆然としている俺を襲った。避けれないと思った瞬間。油江さんが俺を庇ってその打撃をいなした。


「痛、バイオ装甲を発動してもしんどい」


 攻撃を受け流した油絵さんの腕には謎の粘液が分泌されていた。アレで打撃を緩和したのか。


「早くいけ、長引くほどまずい」


 朽木さんが叫ぶ。


「足手まといがいると大変ですね。大方、貴方の炎では本気を出すと周囲を巻きこんでしまうのでしょう。そこの適合者も石化した人間も皆、焼け死ぬ。特にこの燃えうつり安い林ならなおのこと」


「この追い込まれた状況、僕が味方かまわずそれをやるかるかもしれないとは考えないのか?」


「殺れるならすでに殺っているでしょう。どう考えてもそれが正解ですからね。私を殺せるし、アレを死体も残さずに処分できる。ただ貴方は死んでも殺りたくないのでしょうね。もう普通の人間とは言えない貴方が、神の力に選ばれた貴方がつまらない倫理感に囚われているなんて成神さんが言ってた通り滑稽こっけいな話ですね。それこそ狂気的」


 目の前の異形の言うとおりだ。目の前の異形は推定で全長15m、多くの触手、象を連想させる長い鼻、タコのような気持ち悪い目がいくつもあり正しく異形としか言いようがない姿だ。なおかつ、見たものを石化する呪いつきだ。幸いにも神格クラスを石化するのは無理なようだがそれでも動きを鈍くさせるぐらいの効果があり、そうとう厄介な相手だと朽木は思った。

 自分が全力を出し周りにも大きな被害を出してなんとか勝てるだろうって具合だ。実際にそれをやっても組織ユニオンからのお咎めは少ないだろう。コイツを野放しにする被害の方が大きいし、特に井須は処刑対象候補だ。自分の我儘わがまままで生かして貰っているが。本来なら復元など出来ないように跡形も無く消し炭にした方が都合が良い。

 だが自分の倫理感に反することはできない。それが偽善だとしても一度捨ててしまえば二度とその心が戻ることは難しい事を痛感しているから。

 できる限り火力を絞って攻撃をする。ジリ貧の状態だ。相手にダメージは有るもののこのままでは自分の方が押し負ける。そう思った時。

 油江が乗ってきた乗り物が現れた。どうやら遠隔操作をしてここに誘導したらしい。しかし、直ぐに周りを触手に囲まれてしまい離脱が難しい状態になってしまった。すると油江は車から大きな刀を朽木に渡した。刀は持つところも含め同じ素材のようで全体に光沢がある。


「熱に強く、熱伝導も良い素材で仕上げた物よ。それに貴方の熱を通してホットカッターのように使えば周りの被害が少なく、効率良くダメージを与えるはず」


 すかさず朽木がその刀で触手を熱で溶かし切り攻め込む。異形も意識を朽木に集中させる。だが戦況が有利になったわけではない。最初の時よりもダメージはあるが今だに朽木の全力とはほど遠い。ジリ貧なのは変わらない。しかし、直ぐに新たな一手が講じられる。


「スコープ越しでもダメか…。まぁ、それでも…数弾なら…問題ない」


 隙を突ついて井須と入れ替わった中村が火器を放つ。大きな弾丸が数発命中したが傷はすぐに塞がれてしまった。


「その程度問題無いですよ。残念でしたね。逃げれたかもしれないのに」


「こちらもノープロブレムでーす。弾丸がはじかれなくて良かったです」


 油江はそう言った瞬間、乗り物の前頭部から2本のワイヤのような物が伸び異形に突き刺さる。


「その弾丸は流れた電気を増幅する機能とそれにより高温の熱を発生する機能がある優れ物なのです」


「なっ」


 異形がそう叫んだ時には乗り物から物凄い電流が流れ異形は感電、内部からの熱傷により崩れ落ちた。それと同時に石化の呪いも解けていた。


「これが効率の良い戦い方ってやつだね」


 その後、乗り物と電子危機が使えなくなり発狂した斥候部隊をつれ帰るのに苦労することとなった。


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