並べて言葉というものは

 じぃーっとこちらを見つめる瞳がある。何を隠そう、俺の幼馴染のルルカである。口をもごもごさせているのはグミを食べているからだ。何か思いついたのにグミを食べることをやめられなくて、喋るより先に口にグミを放り込んでいる。そんなに見つめられたって言いたいことは言葉にしないと伝わらない。いくら幼馴染の俺でもルルカが何を思いついたかを当てるなんて不可能に近い。ようやく最後の一粒を飲み込むと、せき止められていた水流が解放されたかのように喋りだした。

「言葉ってさ、ずっと昔の人の発明でしょ? それを今の時代まで人間は伝えてきたわけだけど、開発した人の脳みそを直接継承しているわけじゃないから、それは模倣だってことになる。いわばオリジナルの絵画に寄せて描いた贋作。言葉に贋作も何もないけどね。で、一代二代ならまだそう大きくは変わらないだろうけど、何度も何度もコピーを繰り返して来たら、もはや別物になってそうだよね」

「古語と現代語がまさしくそれだな」

「そう! なんだけどさ、言葉ってその社会に普遍的に広がっているもののようで、実際は個々人がそれぞれ継承しているわけでしょ? つまり、絵描きが別人。そう考えると言葉は似ているようでいながらどれも違った道を通って現代に生きる異なる人たちの元にまで伝わってきた。なら、あんたのその言葉もあたしのこの言葉も、全て別物。そう考えることができそうだよね」

「こうやって話し合えてるのにか?」

「こうやって話し合えていたとしても、だよ?」

「そうだな、遺伝子で考えればいい。俺もお前も遺伝子配列は異なるが、その大枠は同じだから同じ人間の姿をしている。それは言葉も同様で、『こんにちは』という挨拶を例にとっても、それぞれの人間にそれぞれの『こんにちは』があったとしても『こんにちは』の大枠は社会にはびこる言語群で共有されているからその社会に生きる誰にでも挨拶として認められる」

「言葉も遺伝子を抱えてる? いいな。面白い」

「俺たちの共有しているものが本当に同じものか否かっていうのにはクオリアってのがあるな。それこそ、今言ったみたいに観測者が別人だからその人が得た感覚の質感も人によってばらばらだ、と」

「じゃあ逆に考えてみようよ」

「逆?」

「感覚の質感が異なっていてもそれが同一のものを示すということについて。本当に感覚は共有できないのかについて。みんな違うからその心が抱く感想や感覚も違うよねって、もっともらしいけどもどうして同一のものが生まれないと言えるのか? 人間を構成する遺伝子配列は有限じゃない? 一卵性双生児なら遺伝子が同じだから感覚も同じになるんじゃない? もしくは、脳神経が繋がっているようなシャム双生児なら? クオリアはみんなの中に固有のものがある、なんていかにも『個人』を重要視する現代社会を反映した考え方じゃないかな。脳神経の形が違うから別物? それはどうだろう。鉄で円盤を作ろうが木片で円盤を作ろうが地面に映る影は同じ形をとるように、2+3も1+4もどちらの答えも5となるように、そこに至る過程が違っていても結果は同じになるものなんて幾らでもある」

「つまりこう言いたいんだろ。クオリアには根拠が無い」

「無いとまでは言わないけど、疑うことはできるよねってこと。ただ、たぶんクオリアっていうのは、『僕と君とで思い浮かべているものが違ってもおかしいわけじゃないよね』っていう話なだけで、クオリア自体は何も証明していないし、否定も肯定もしていない。そして、実際どうであれ何かの役に立つわけでもない。だからこんなもの考えるだけ無駄っていうのが自然な反応かな」

「珍しく淡白だな」

「そうかも。だってグミが美味しんだもーん」

 またパクパク食べだした。あれが最後の一袋じゃなかったのか。

「製造工場が違ってもグミはグミ。喋る人が違っても言葉は言葉。でも実際には同じ言葉でも違う感じがするのはどうしてだろうね。それは本当に言葉にも遺伝子があって個性があるからなのかもしれない。誰から受け継がれてきた言葉なのかでその言葉の在り様が変わる。それを発する者が誰かで質が温度がカタチが変わる。なのに単純にクオリアなんて言って、思い浮かべるものが異なることを訳知り顔で納得するのは勿体ない。クオリアという見方があるだけ」

 まだまだグミの袋がかばんから出てくる。

「これあげる。感想教えて」

「さっきから食べていたのはこれか」

 見たことが無いパッケージに絶妙に可愛くないマスコットがプリントされている。袋は手で開けられたのでそのまま一粒口に入れる。酸っぱいような甘いような、それでいて後味が辛い。

「うーん?」

「どう?」

「コアなファンがいそうな味だ」

「でしょ。一般受けはしないから沢山安売りされてたけど、悪くない」

 そう言うと、なぜか俺の袋から一粒取り出してルルカはひょいと口に入れた。

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言葉と破壊とあいつと俺と サンカラメリべ @nyankotamukiti

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