第11話 中田 笑騎⑤

 女の子を追って洞窟に入った俺はユウリに助けられ、ホームっちゅう施設に運び込まれた。

どうやら異世界に来てしもたみたいや。

マジでこれからどうしよ……。



「ゴウマ?」


「そうや。 ホームの施設長さんでもあるし、この国の王様でもあるんや」



 異世界に来てしもた事実を受け入れた俺が真っ先に思ったのは、”帰りたい”やのうて”衣食住どないしよ”やった。

追い込まれた人間っちゅうのはなぜか、変な方向に考えが行ってしまうみたいやな。

そんな俺に、ユウリが「ええ相談相手がおるよ」と言ってきた。

それがゴウマっちゅう人みたいや。

俺はユウリに案内されるまま、施設長室を尋ねた。


「あの……ユウリです。 入ってもええですか?」


『…‥‥どうぞ』


 入室の許可をもらい、俺とユウリは施設長室に入った。

そこにおったのは、60歳くらいのじいさんやった。

なんか物腰の柔らかそうな人っぽいな。

なんか机に向かって書類を書いてるみたいやったけど、俺らがきたから中断したみたいや。


「君か、異世界からきたというの……」


「はい。 中田笑騎っていいます。 どうぞよろしゅう」


「ワシはゴウマ ウィルテットだ。 こちらこそよろしく……まあ、立ち話もなんだから、そこに座るといい」


 じいさんに促され、俺はソファに腰を下ろした。

じいさんは俺の向かいに、ユウリはその隣に座った。

心なしかユウリとじいさんの距離が少し空いているように見えるな。


「なんか仕事中にすんません」


「構わんよ。 君にとっては一大事だからね」


「ありがとうございます。 そんで……なんか俺、異世界に来たっぽいんですど……」


「あぁ……まずはそこから話そう」


 じいさんの話によると、俺が入ったあの洞窟はたまに俺のような異世界人が迷い込ませるらしい。

なんでもこの世界に自分が無意識に理想としている人物がおって、そいつとなんかの拍子に同調して、あの洞窟を一時的に通れるようになった所に、運悪く俺が洞窟に入ってしもたっちゅうことらしい。

まあ一言で言えば”偶然”や。

もう1度元の世界に戻るためには、その理想の人物を探して同調してもらうか、また偶然を待つか、そのどっちかしかない。

ちなみにその理想の人物の手がかりはゼロ。

偶然もいつ起こるかわからん。

つまりは八方塞がりや。

戻る手段がない以上、俺は必然的にこの心界に住む必要がある。

でも右も左もわからん異世界を1人で生きていける訳がない!


「どないしよ……住む所も食う飯もない」


「……笑騎君。 よければ、ワシらがそれらを提供しようか?」


「えっ!?」


「もちろん、タダでとは言えない。 このホームでスタッフとして働いてはもらえないか?

ちょうど人手がほしかったところだ」


「ほっホンマでっか!?」


『ゴウマ様。 ええんですか? この前、ホームの修繕工事してお金ない~って頭抱えてたやないですか』


『だからと言って、彼をこのまま放っておくわけにはいかんだろう? だいたいそのつもりで、彼をここに連れてきたんじゃないのか?』


『えへへ……ゴウマ様にはかなわへんな~』


 なんかこそこそ話してるけど、気が変わらない内に返事しとくか。


「せっ世話になります!!」


 こうして俺はじいさんから住む場所や飯を提供してもらえるかわりに、ホームでスタッフとして働くことになった。

あとになって思ったんやけど、異世界もの言うたらギルドに行って冒険者になって魔物を退治したり、勇者になって魔王を倒したりするのが王道や。

でもこの世界には魔物や魔王なんておらんし、勇者や冒険者と言った職業まであらへんねんて。

ついでに言うと、心界には異世界特有の魔法すらないらしい。

なんでも昔の戦争が原因とかなんとか……まあこの話には関係ないから省かせてもらうわ。

魔法もない……勇者もいない……これじゃあ、異世界転移というよりタイムスリップや!!



※※※


 俺は簡単な説明を受けた後、ユウリにホームの案内をしてもらうことになった。

ホームはバカみたいに広いから、覚えるのに時間が掛かりそうや。


「……? なあユウリ。 その耳どないしたん?」


「えっ?」


 案内の道中、俺はユウリの耳に違和感を覚えた。

ユウリの耳は俺よりも長い上尖ってる。

福耳とかやない。


「なんかえらく長いなと思って……」


「あぁこれ? ウチ半分ドワーフやから」


「ドワーフ?」


「うん。 ドワーフって知らん?」


「えっと……なんかいろいろ物作ってるちっさいおっさんやったかな?」


「まあそんなとこや。 ウチ、ドワーフのお父ちゃんと人間のお母ちゃんの間に生まれたハーフドワーフやねん」


「ハーフドワーフ?」


「そう。 外見のほとんどはお母ちゃん似やけど、この耳とか手先の器用さとか、お父ちゃんに似てる所もあるんやで?」


 ドワーフなんてそんなアホなとは思うけど、

よう考えたら、ここ異世界やった。

なんかイメージとは違うけど……。

ユウリによれば、この施設には人間のほかにエルフやケンタウロスといった異種族が人間に変身して通っているみたいや。

まあ、その辺はこの話と関係ないから省かせてもらう。


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 それから俺の異世界ライフが始まった。

俺の仕事は主に力仕事とほかのスタッフのサポートや。

まさか元介護職員の経験がこんな所で役に立つとは思わんかったわ。

これだけ言うと、俺が事務仕事ができひん肉体バカみたいに聞こえるかもしれへんけど、そもそも俺はこの世界の文字の読み書きができひん。

みんなと会話することはできるけど、この世界で使われている文字の意味がさっぱりわからん。

印刷機とか電卓、パソコンみたいな事務をサポートする便利なもんもないから俺みたいな肉体派にはつらい環境や。

もちろん休日の合間にはあの洞窟に足を運ぶけど、いつも骨折り損で終わる。


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 俺が心界に来て2ヶ月が経った。

まだ馴染めない部分は多いけど、ホームのみんなは気のええ奴らばっかやから、人間関係は大丈夫そうや。

でもやっぱり女相手やと、触ったり会話するのはきつい。

少し手が触れただけで吐きそうになるし、会話する際は目をそらさないと、息苦しくなってしまう。

ホーム在住の医者にもらった薬を服用して、大事には至ってへんけど、いつ何が起こるか不安でしゃあない。


「腹減ったな……?」


 その日、俺は昼飯を食うために、食堂に足を運んだ。

その時、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

それは俺が洞窟付近で見かけたあの女の子や!

その子は椅子に座ると、スタッフが持ってきたコーヒーを飲みながらワンピースの単行本(当時の最新巻)を読み始めた。


「……」


 声を掛けたいのは山々やけど、俺にはそれができひん。


「あっ! 先輩!」


 そこへ偶然、俺に仕事のイロハを押してくれた先輩(男)が通りかかった。


「おう、笑騎。 お前も飯か?」


「ええ、まあ。 それより先輩。あそこにおる女の子って、誰だか知ってます?」


「あそこって……女神様のことか?」


「めっ女神様!?」


「あぁ。 よくここへ足を運んでくるんだ。 ゴウマ様と女神様は仲が良いからな」


 まさかあの時追いかけた女の子が女神様やなんて……驚いたわ。

女神っていうからにはてっきり俺にチート能力でもくれるんかと思ったら、ワンピース読んで笑ってるだけかいっ!

でも女神様なら元の世界に戻れる方法がわかるかもしれへんと思い、俺はゴウマのおっちゃんを通して神様に聞いてみたんやけど……。


『無理です』


 あっさりと蹴られた。

規則とか制限とかそういう、やむを得ない事情とかやなくて、素で無理なだけみたいや。

女神様だけなら行き来は自由らしいけど、俺を連れて行くことはできひんねんて。

この女神様、なんのためにおるねん……。


※※※


 昼飯後、俺は午後の仕事を始めた。

とは言っても、この間台風で壊れた建物の修繕工事やけどな。

大工に任せたい所やけど、どこも予約が一杯なんやて。


「いてっ! また指やってもうた!」


「ドジ! お前も少しはユウリを見習え」


 先輩の視線の先には、器用に屋根の修理に励むユウリがおった。


「こっち終わったで! そっちはどない?」


「こっちは少し手こずってる。 悪いけど手伝ってもらえるか?」


「ほーい!」


 ユウリは屈強な男達に囲まれながら、修繕工事の筆頭に立ってる。

工事だけやのうて、何十枚の大きな板や金づち等が入った工具箱を何箱を現場に運んでいる。

ホンマ大工顔負けや。


※※※


「ほえ~……やっと終わった」


 午後の仕事がようやく終わり、俺はシャワーで汗を流していた。


「今日も疲れたな……んっ?」


「おっおえ……あぐ……」


 シャワーを浴びていると、窓の外から苦しそうな人の声が聞こえてきた。


「誰かおるんか?」


 窓に向かって問いかけてみても返事がない。


「様子見て行くか」


 俺は服を着てすぐさま窓の外に回った。


「……あっ! ユウリ」


 俺がそこで見たのは、苦しそうにうずくまるユウリやった。


「おっおい! どないしたんや!?」


 駆け寄ってみると、ユウリの顔はかなり青ざめてた。

地面には吐いた後もある。


「しょ……笑騎……」


「とっとにかく医者の所に行くで!」


 俺はユウリを担ぎ、すぐにホームの医務室に走った。


※※※


「ハゲ先生、ユウリは大丈夫なんでっか?」


「ハゲではない!! ワシはハケだと言っとるだろうが!!……ひとまず落ち着いたから、しばらくここで休んでいれば大丈夫だ」


 頭に後光が輝いてるこのおっちゃんがホーム在住の医者であるハゲや。


「おおきに……ハゲ先生」


 礼を言うユウリの声にいつもの覇気はない。


「……ハケじゃ」


 ハゲ先生はこのことをゴウマのおっちゃんに報告に行く言うて、医務室を出て行った。


※※※


「ごめんな、笑騎。 迷惑掛けてしもて……」


「かまへんよ。 それよりどないしたんや?」


「……」


「あっ別に、言いたくないなら言わんでええ。 人間色々事情があるからな」


「……ウチな、実は男性恐怖症やねん」


「えっ!?」


 ユウリの口から出たのは、耳を疑うような言葉やった。


「男性恐怖症って、今日男スタッフ達と一緒に工事してたやん!」


「えへへ……ただのやせ我慢や。 正直、すごく気持ち悪かった。 慌ててお薬飲んだんやけど、あのざまや」


「なんでそこまでして……」


「死んだお母ちゃんが言うててん。 将来どんな風になっても、思いやりの心を忘れたらあかんって。

誰とでも仲良くなれる女の子になってほしいって……」


「だからって……君に何があったんや?」


「……ウチな、男の人を殺したことがあるねん」

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