第10話 小川 遥②

 私は調査で集まった証拠を持って院長室にいる司を問い詰めた。




「私を裏切ってこんな若い子を浮気してたんか!?」




「仕方ないやろ? 医者はただでさえストレスたまるねんで?


ここしばらくは新型ウイルスの治療ばっかでうんざりしてんねん!」




 司は浮気を認めると、謝るどころか開き直ってきた。




「だいたいお前が悪いんやで? 化粧も服もババア臭いし、ただでさえスタイル悪いのに幸助生んで体型崩したやろ? そんな色気の欠片もない女なんて相手にできると思うか?」




「はぁ!?」




「昔はそれでもええと思ってたけど、やっぱりきついわ。


由香ちゃんと比べたら、お前なんかゴミや」




 由香というのは司の不倫相手。


司は趣味でゴルフをやってるんやけど、由香とは馴染みのゴルフ場で知り合ったらしい。


もっとも由香はユーチューブに上げる動画を撮りに行ってたみたいやけどな。


2人はそこで意気投合し、不倫関係にまで発展したと言う。


司はその後もごちゃごちゃ言うてたけど、要約すれば”自分が浮気したのは私が女としての色気を失ったから”や。




「そうでなくたって、27歳のおばはんと20歳の女の子じゃ話にならんやろ?」




「ふっふざけたことばっか言わんといてよ!! そんなしょーもない理由で浮気なんて、頭おかしいんとちゃう!?」




「はあ~……浮気浮気って、由香とはまだ2ヶ月の関係やで? ちゃんと避妊もしてるから、こんなんノーカンやろ?」




「はぁ!? 何がノーカンやねん!! 妻以外の女に手を出した時点で浮気やろ!!」




「なんやそれ。 だったらお前も同類やん」




「何いうてんねん! 私は浮気なんてしてへん!!」




「去年のクリスマスイブに勉君にキスされとったやろ?」




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 勉君と言うのは、近所に住んでいる幸助の友達。


勉君と幸助はとても仲が良く、この前風邪を引いた幸助のお見舞いによく来てくれていた。


去年のクリスマスイブに、仲の良いママ友や子供達を家に招いてパーティーを開いたことがあった。




「勉君。 この間は幸助のことでありがとうな。 これ、おばちゃんからのお礼」




「うわぁぁぁ!! これずっとほしかったやつだ! おばちゃん、ありがとう!!」




 私はお見舞いのお礼にと、勉君が欲しがっていたとママ友から聞いていたゲームソフトをプレゼントしてあげた。


風邪を引いて落ち込み気味だった幸助も、勉君のおかげで早く元気になれたんやから、せめてものお礼のつもりやった。




「おばちゃん大好き!」




 勉君はお礼のつもりで、私の頬にキスをした。


元々人懐っこい子やから、周囲のママ友たちもクスクスと笑っていた。


司もその場にいたけど、いつも通り無表情やったけど。




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「そっそれがなんなん?」




「あれだって見方を変えれば十分、不貞行為になるんとちゃうか?」




「なっ何言ってんの!? あんなん子供なりのお礼やろ!?」




「子供やからって勉君も男や。


公衆の面前で男が人妻にキスしたって、立派な裏切り行為やろ?」




「そっそんなん無茶苦茶やん!!」




「お前がさっきから喚いてることだって、これと大して変わらんやろ?」




「全然違うわボケ!! あんたのはただの浮気や!!」




「じゃあお前のも浮気や。 だったらお互い様やろ?」




 司はその後も私のことを自分と同じ浮気者やと罵り続けた。


妻以外の女と関係を持った司と小さな子にお礼のキスをされた私が同じ?


こいつ脳ミソ腐ってんの?


これ以上2人で言い争ってもキリがないから、私は弁護士を通して離婚の話を進めることにした。




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 話し合いの結果、司には慰謝料800万を、由香には100万請求した。


由香は親が立て替えたみたいやけど、引き換えに勘当されたみたいや。


幸助の親権はもちろん私がもらった。


養育費は一括で支払ってもらった。


もう司は幸助にも興味ないみたいや。


でも私の怒りはこれだけじゃ収まらん。


私は病院に司の不倫をリークしてやった。


離婚してもこいつがのうのうと院長をやって、優雅な生活を送るなんて許せなかったからな。


当然司は院長を下ろされ、病院も追い出された。


マジでざまぁと思った


……だけど、そう思えたのはここまでやった。




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「そっそんな……」




 リーク直後、私の元に病院から連絡が来た。


それは、入院している父の治療費の支払いが滞っていると言う催促の電話やった。


浮気のことばかりに目がいってたけど、父の治療費を支払っているのは司や。


その司を院長の座から蹴落としたことによって、治療費の支払いはこっちに回る。


でも私には莫大な治療費なんて払えるわけがない。


私は仕方なく慰謝料で賄ったけど、それも長くは続かず、あっと言う間にあれだけあった慰謝料は消えてしまい、父は病院を追い出された。


私は仕方なく、父と幸助を連れて母のいる実家に帰ることにした。


父はすぐに実家近くの病院に入院してもらった。


元いた病院より設備は整ってへんけど、治療費はギリギリ支払える。


だけどその分、私達に残るお金は全く残らない。


私と母でパートに出てるけど、もらえる給料なんてたかが知れてる。


幸助は国からの援助金でどうにか幼稚園に通えてるけど、十分な食事は与えられていない。




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「あんたのせいや!!」




 ある日、貧乏に耐えきれなくなった母が私に怒鳴り声を上げてきた。




「あんたが司さんと離婚なんてせえへんかったら、こんなことには……」




「なんで私が責められるん!? 悪いのは浮気した司やろ!?」




「でもその結果がこれや!! だいたい浮気くらいなんやねん。


男が浮気をするのが仕事みたいなもんやろ?」




「はぁ!?」




 母が何を言ってるのか理解できひんかった。


想えば離婚を切り出した際も、母は頑なに反対していた。


それは司から流れてくる金が惜しいからやろう。


もちろんそんな母の言葉なんて無視したけどな。


そしたら今後は被害者である私を責めてきよった。




「浮気されたくなかったら、もっとあんたが女を磨いたらよかったやろ!?


こうなったのはみんなあんたのせいや!


あんたが私らを不幸にしたんや!!


この疫病神!!」




 その言葉にキレた私は、母の胸倉を掴んだ。




「ふざけんな! このクソババア!!


私が司に裏切られて、女の尊厳まで踏みにじられてんで!?


それで私がどれだけ傷ついたと思ってるねん!!


浮気されたこともないくせに、被害者ぶってえらそうなことばっか言うな!!」




「なっなんや!親に向かって! 頭おかしいんとちゃう!?」




 それからすぐ、母は私達の前から姿を消した。


テーブルに父との離婚届を置いて。




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 でも私の不幸はそれだけやない。


あの笑騎の暴力事件から数日後、私は学生時代の友人達に話があると言われて呼び出された。


話の内容は、”あの日、笑騎に何をしたか”や。


私は笑騎に暴力を振るわれたと主張するけど……。




「笑騎が何の理由もなくそんなことするわけない!


絶対お前がなんかしたんやろ!!」




「中田君はスケベでどうしようもない人やったけど、誰とでも仲良くできる優しい人なんやで?


そんな人が女の子に暴力をふるうなんて……ウチ、信じられへん!」




 友人達は全面的に笑騎を支持していた。


何度同じ主張をしても、理由が絶対あると言って聞かへん。


私は仕方なく、あの日のことを事細かく話した。


すると、友人達は鬼のような顔で私を責め始めた。




「お前……傷心の笑騎にそんなこと言ったんか!? 


そら、ボコられそうになるのも当然や!」




「殺されたって文句言われへんぞ!!」




「だいたい1回の不倫くらい許せって、あんた何様?


じゃああんたの旦那が不倫しても、あんた許せんの?」




「マジでどういう神経してたらそんなこと言えるん?


1回病院で脳ミソ診てもらったら?」




 こんな罵倒が1時間近く続いた。


しかも美鈴のことを庇うどころか自業自得とまで言ってくる。


その場を後にした後も、ラインで大量の罵詈雑言が届いた。


その上全員、縁を切ると言ってブロックまでされた。


だけど司と離婚してからしばらくして、また友人達からラインが届いた。


内容は”笑騎の行方”についてや。


なんでも美鈴の死刑判決からしばらくして、笑騎が音信不通になってしもたらしい。


警察も行方を捜査してるけど、手がかりはないらしい。


私には何の関係もないのに、友人達の間でこんな噂が流れていた。




『遥が逆恨みして笑騎を殺して、どこかに埋めた』




 もちろん根も葉もない噂や。


でも……。




『はよ自首せえ! 人殺し!』




『人殺しが善人ぶって生きていていいんですかー!?』




 こんなラインが毎日届く。


噂を信じているのか、面白半分にやってるのかわからへんけど、迷惑でしかない。


ブロックしてもアカウントを変えて送ってくる。


しかもその噂が大きくなり、警察にまで目を付けられた。


それがさらに噂を広める火種となり、私は人殺しのレッテルを張られた。


近所や職場でもその噂が広がっており、周囲からは軽蔑の眼差しを向けられる。


幸助の通っていた幼稚園でも、”人殺しの子供を通わせてほしくない”とママ友から多くの声が上がっていた。


ママ友達は幼稚園に幸助を転園させないなら、自分達が転園させるとまで言ってきたみたいや。


幼稚園からはこれ以上幸助を預けることはできないと言われ、ついに転園と言う形で幼稚園を追い出された。


でも転園先の幼稚園も噂を理由に断られてしまって、幸助は幼稚園をたらいまわしにされてしまった。




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 司との離婚から3年後、美鈴の死刑は執行された。


その2日後、病状が悪化した父までもがこの世を去った。




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 父の死後、私は幸助と2人、実家で貧しい生活を送り続けている。


だがそんな私の耳に、トドメと言わんばかりのニュースが飛び込んできた。


それは司と由香の結婚。


司はあの後アメリカに立ち、医療研究者として新型ウイルスのワクチン開発に大きく貢献し、一躍有名人となっていた。


由香はプロゴルファーとして世界中で活躍している。


世間からは理想の金持ち夫婦として尊敬のまなざしを向けられている。


……おかしいやん。


なんで浮気された私がこんな目にあってるのに、浮気したあいつらはあんなに幸せそうに生きてるんや!?


何が理想の夫婦や!!


あいつらただの不倫カップルやん!!


世間の連中はそんなこと忘れて、芸能人のようにあの2人を敬っている。


そんで私は根も葉もない噂で人殺し呼ばわり!


なんなんこの差は?


私が一体何をしたっていうん?




 こんな結末……あんまりやろ……。

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