第7話 中田 笑騎④

 美鈴への死刑判決が下った数日後……俺はある女に駅近くの喫茶店に呼び出された。

その子の名前は小川 遥(おがわ はるか)ちゃん。

美鈴とは小学校時代からの大親友で、今は医者と結婚して1児のおかんとか。

俺とは顔見知り程度の子やねんけど、呼び出される理由は見当もつかへんかった。


「……話って何?」


 俺は向かいあうように座り、さっそく本題に入った。

俺に冷たい視線を向けつつ、遥ちゃんが口を開いた。


「ニュース聞いた。 美鈴、死刑になったんやって?」


「……まあ」


「まあって、あんたなんとも思わんの!?」


「なっ何が?」


「美鈴はな? あんたと復縁したかっただけなんや。

あんたらが離婚してから何度か美鈴と会ってたんよ。 あの子……思いつめてたみたいやで?

何度も笑騎とやり直したいって、ずっと泣いてた。

それやのにあんたは美鈴と話もせえへんかったらしいやん」


「それはもう美鈴とやり直す気はなかったから……」


「は? 1回男と寝ただけやで? なんでそれだけで愛する妻に冷たくできるのか理解できひんわ」


「1回って……1回でも不倫は不倫やろ!!」


「だいたいあんたはずっと美鈴を蔑ろにして、きっしょいアニメや漫画に没頭するのが悪いんやろ?

それを棚に上げて美鈴ばっか責めて、恥ずかしくないん?」


「……美鈴を蔑ろにしてたのは悪いとは思ってる。

でもだからと言って不倫していい訳やないやろ!?」


「はぁぁぁ……ほんま器のちっさい男やな。

さっきから不倫不倫って言うてるけど、別に犯罪を犯した訳やないやろ?

ほんならさ……学生時代の彼氏と寝た女が別れて違う男と結婚したら、そいつらみんな不倫妻なるんか?」


「そっそれとこれとは話が別やろ!!」


「あんたが言ってることはこれとおんなじやで?」


「違う!! それは経験やろ!? あいつは俺を裏切ったんや!!」


「だったら美鈴の気持ちを理解せずに離婚したあんたも裏切者やん。 

あんたが美鈴を受け入れへんかったせいで美鈴は死刑にされるねんで? 美鈴が可哀そすぎるやろ!!」


「ふざけんなっ!! あいつは俺のおかんと……なんの関係もない人を殺したんや!!

それをあいつは悪びれもせえへんかったんやぞ!!」


 俺は思わずテーブルを叩いてしもた。


「それも全部あんたを想ってのことやろ? はっきりと言うたるわ……火事が起きたのも人が死んだのも、全部あんたのせいや! ほんま美鈴やのうて、あんたが死刑になればよかったんや」


「なんやと……」


「あんたのおかんかてそうや。 美鈴のことを受け入れようとせえへんかったんやろ?

死んで当然やん」


 その瞬間、俺の中で何かが音と立てて壊れた。


「ふざけんな!このクソアマ!!」


「きゃっ! 何すんねん!」


 俺は生まれて初めて女の胸倉を掴んだ。


「俺はな!! おかんも家も……全部なくしたんや!!

それがどんなにつらいかお前にわかるんか!!

なんも知らんくせに、えらそうなことばっか言うな!!」


「くっ狂とるんか?こいつ。 だっ誰か! 助けてぇ!!」


 その後、俺は店員が呼んだ警察官によって取り押さえられた。

喫茶店近くの交番から直接来たみたいやから、思ったよりも早く到着した。

もう少し遅れていたら、俺はこの女をタコ殴りにしてたやろうな。

まあ初犯ということもあって、厳重注意だけで済んだ。

遥は俺を暴行の罪で起訴しようとしたけど、徒労に終わったみたいや。


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 それから数日後、俺の中で変化が起きた。

女に触れると蕁麻疹が起きる。

女を見ると吐き気がする。

女が触ったものが汚らしく思える。

女そのものに嫌悪感を抱いてしまう。

なんかの病気かと病院で検査すると、俺は女性恐怖症と診断された。

美鈴のことや遥かのこと、それにおかんの死で、俺の精神はもうズタボロなんやろうな。

もう俺は女そのものを受け入れることができひん体になってしもたっちゅうことや。

俺は生まれ育った大阪を離れ、親父の実家に引っ越すことにした。

行く当てがほかにないし、おかんをおとんの横で眠らせてあげたいしのぅ。

実家と言ってももう住んでる人はおらんけどな。

引っ越しと言っても荷物はみんな黒焦げになってもうて、手に持っているのはスマホとおかんの骨壺くらいや。

俺はおかんの残したわずかばかりの金で生活してたけど、それももう限界や。

これからの余生をおとんが生まれた街、心李街(しんりちょう)で過ごそうと決意した。


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「はぁ……あとちょっとか」


 俺は電車を乗り継ぎ、ようやく心李町の近くまで来た。

朝早く出発したっちゅうのに、今はもう真っ暗や。

近くといっても駅から結構歩くし、補装されているとはいえ、かなり急な山道や。

手荷物が少ないからって、俺みたいなぽっちゃりには厳しいわ。

バスもないし、歩くしかないのう……。

春には桜がきれいに咲くと聞いてるけど、今は冬やから景色も寂しいもんや。


「……ん?」


 山頂近くまで来た時、俺の目にみょうちきりんな女が映った。

後ろ姿しか見えへんけど、漂うオーラで美人なのはわかる。

ただ前を歩いてるだけやけど、服装がなんかコスプレみたいで目立つ。


「けったいな子やな……んっ?」


 女は山道の途中にある洞窟に入って行った。

俺はなんとなく気になって女の後を追う。


「……あれ? おらん」


 洞窟内は思ったよりも浅いんやけど、さっきの女はどこにもおらんかった。

暗いっちゃ暗いけど、人を見失うほどやない。


「……まあええか」


 俺は諦めて洞窟を出ようとした……その時!!


「なっなんや!?」


 洞窟内が突然大きく揺れ、それと同時にまぶしい光が俺を包み込んだ。

俺は光に吸い込まれ、意識を失ってしもた。


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「……ん? ここは……」


 目が覚めると、俺は知らん部屋のベッドに寝かされてた。

ベッドから上半身だけを起こすと、部屋のドアが開いた。


「あっ! 目ぇ覚めた?」


 そう言って部屋に入ってきたのは、水色の長い髪をした可愛らしい女の子やった。

パッ見た感じ、のほほんとしていて、俺より年下みたいや。


「えっと……誰や?」


 俺は女性恐怖症を一時的に忘れてその子に問い掛けた。


「ウチ? ウチはユウリ、よろしゅうな。 お兄さんは?」


「おれっ俺は中田 笑騎や……ええと、ここは君ん家か?」


「ううん……ここはホーム。 簡単に言うと、いろんなことをやってる施設やな」


「施設?」


「そうや。 洞窟の中で気絶してるお兄さんをここまで運ぶの大変やったんやから」


 頬を膨らませてぷんすかと怒るユウリ。


「そっそうか、おおきに。 ところでここは心李町のどの辺や?」


 俺がそう聞くと、ユウリは首を傾げよった。


「しんりちょう? それってお兄さんの世界の名前?」


「俺の世界?」


「お兄さんって異世界の人やろ? たま~にあの洞窟からこっちに来る人がおるって聞いたことあるし。 お兄さんの名前もへんてこやし」


 そんなへんてこな名前か? 笑騎って確かに珍しい名前とは思うけど……それより異世界?


「異世界って何を言うてるんや? ここは心李町やろ?」


「ううん。 ここはディアラット国やで?」


「でっディアラット国?」


「そうや。 なんなら外出てみる?」


 俺はユウリに外まで案内してもらった。

最初はこの子にからかわれているんやとばかり思ってたけど、その考えは外に出た瞬間、砕け散った。


「……なんやここ?」


 外に広がっていたのは、意識を失う前に見た心李町とは全く違った風景やった。

でっかい西洋の城が遠くで佇んでるし、あちこちの建物も石造りでなんかゲームみたいや。

テレビとかでしか見たことがない馬車があちこちで走ってる。

頭の中がごちゃごちゃするけど、俺がいた世界とは全く違うのはわかった。


「うっ嘘やろ?…‥」


 俺は知らんうちに異世界に来てもうた。


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