第8話 重森 美鈴③
あの汚部屋を燃やした後、私は警察に逮捕された。
証拠も証言もそろってるから言い訳はできひんかったし、別にする気もない。
お義母さんもあの火事で死んだって聞いた。
隣に住んでいた人もあの火事が原因で亡くなったとも……
罪を犯した私は法で罰せられる。
そんなことはわかってる。
でもこれで、笑騎が私の元に帰って来てくれるはずや!
そう思えば、どんな罰でも耐えられる。
これでまた……2人で生きていけるんや!!
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裁判初日……私は拘置所から裁判所に連れて行かれた。
そこにはたくさんの人が私をじっと見ていた。
中には私のことを睨んでいるのもおった。
遺影を持ってるから遺族なんやろな。
でもそんなんどうでもええ。
「笑騎! 私を迎えにきてくれたんやね!!」
私の目に映っているのは、火事以来会えなかった笑騎の姿やった。
彼が私を見てくれている……それだけで私の体は幸福感に満たされる。
私は嬉しさのあまり彼に駆け寄ろうとしたけど、係官が私を取り押さえたせいでそれは叶わんかった。
※※※
裁判が始まった。
私の罪状は放火と殺人。
私についている弁護士は私の精神状態が不安定なのを主張して減刑を求めた。
まあ結果的には却下されたけど、別に期待してへんしどうでもええ。
「中田笑騎です。 被告人である重森美鈴さんの元夫です」
いろんな人が事件の証言をする中で、被害者として笑騎が口を開いた。
証言台と被告人席は思ったより近く、私は彼の姿に見とれてしもた。
その後も遺族が涙ながらになんか言うてたけど、聞く気もなかった。
「私は笑騎を愛しています。 笑騎もそれは同じはずです」
私にも発言の許可が降りた。
私は自分の気持ちをストレートに口にした。
だって私にとってはそれが全てやもん。
だけど、周囲が求めているのは謝罪みたいで、弁護士もアイコンタクトで謝罪しろと言ってきた。
「亡くなった方々……そして、遺族の皆様……このたびは大変申し訳ありませんでした」
嫌々謝罪の言葉を述べることにしたけど、遺族は激怒した。
「なんですか!? その態度は!? あなたはご自身のやったことを理解しているんですか!? 心にもない謝罪なんていりません!!」
「あんたなんかに家族を奪われた私達の悲しみがわかってたまるか!!」
私の態度や姿勢が気に入らんかったみたいで、裁判官が一括するまで怒鳴り声を上げていた。
っていうか、あいつらの悲しみとか知らん。
笑騎と離れ離れになった私の方がずっとつらいわ!
※※※
それから私は今回のことの動機についても話をした。
「お義母さんが私の話を聞かずに警察に突き出そうとしたから突き落としました」
「では放火後に彼女を放置したのはなぜですか?」
検察側が質問を付け加えてきた。
「私を裏切ったお義母さんを助ける義理はないからです。 私はお義母さんをもう1人の母として慕っていました。 でもお義母さんは私の気持ちを理解してくれないどころか、笑騎から私を引き離そうとしました。 お義母さんが死んだのは自業自得です」
「……わかりました。 では次の質問ですが……」
検察官はその後も事件に関する質問を投げつけ、私はそれに答え続けた。
証言中は笑騎に背を向けてしまうからすごくつらかった。
笑騎が近くにいるというのに、私は話すことも近づくことも許されない。
私ができるのは周囲の目を盗んで笑騎に微笑みかけることだけ。
でも彼は私から目を背けてしまう。
きっと周りに誰もいないから寂しいんや。
はよこんな茶番なんか終わらせて笑騎の元に帰りたい……。
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そして裁判の結果……私は有罪判決を受けた。
私は笑騎のためならどんな罰でも受ける覚悟はできていた。
笑騎は何年でも待ってくれる!
だから私も耐えられると思っていた。
そう思っていたのに……死刑?
ふざけんな!!
「笑騎! 助けて!! 私、笑騎と会えなくなるなんて嫌や!!」
私は居ても立っても居られず、笑騎の元に駆け出した。
「コラッ! 待てっ!!」
「大人しくしろ!!」
「離せぇ! 離せぇぇぇ!!」
笑騎を前にして係官に取り押さえられた。
嫌や嫌や嫌や……笑騎ともう会えなくなるなんて絶対に嫌や!!
笑騎だって私ともう会えなくなるなんて、耐えられる訳ない!!
「もう2度と俺の人生に関わるな。 この先何べん生まれ変わっても、お前なんか愛したりせえへん」
そう思っていた私の最後の希望は、笑騎のこの言葉によって打ち砕かれた。
……なんでそんなこと言うの?
私は笑騎のために生きてきたんやで?
笑騎だって私のこと愛してくれてたやん。
それやのになんで?
私が死刑になるのに、なんでそんな冷たいこと言うの?
笑騎はもう私のこと愛してないの?
「さあ、立つんだ!」
係官は絶望で崩れた私を無理やり立たせ、おぼつかないまま歩かせた。
「・・・」
「・・・」
その途中で、傍聴席に座っていた両親と目があった。
その目は今まで見たことがないほど冷たく鋭いものやった。
「二度と顔見せんな」
「あんたなんか生まへんかったらよかった」
それが両親から送られた最後の言葉だった。
そして、愛しい笑騎と会えたのはこれが最後になった。
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「出せぇぇぇ!! ここから出せぇぇぇ!!」
刑務所で刑が下る間、私は気が狂ったかのようにずっと暴れ続けた。
別に命が惜しい訳やない。
笑騎にもう会えない現実から逃げたいだけや。
何度刑務官に止められても暴れるのをやめなかった私は、ついには執行日まで拘束されることになった。
「お願いや……笑騎に会わせて……」
何もできなくなった私はもう涙ながらに懇願するしかなかった。
もう1度だけでいい……笑騎に会いたい……会わせてほしい……。
そんな私のささやかな願いを聞いてくれる人は誰もおらんかった。
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そして……とうとう死刑執行の日がやってきた。
私は係官に殺風景な部屋に連れてこられた。
そこには首をくくる縄が天井からぶら下がっているだけでなんもない。
「そこに立ちなさい」
係官に言われるがまま、私は縄の下に立つ。
係官が縄を私の首に掛ける。
後ろ手に手錠されてるから外すこともできひん。
係官も出て行って、あとは死刑が執行されるだけ。
……なんでこうなったん?
私はただ……笑騎と愛し合いたかっただけやのに……。
なんでみんなして私と笑騎の愛を引き裂こうとするん?
愛し合う2人が一緒におることがそんなにあかんの?
幸せになったらあかんの?
そんなんおかしいやん!
……こんなことになるんなら、笑騎を殺して先に逝ってもらえばよかったな。
そうすれば私だって喜んで死ぬのに……。
笑騎……死んで追いかけてくれへんかな?
「しょう……き……」
一瞬体がふわっとした。
しばらく息が苦しかったけど、徐々にそれもなくなっていった。
最後に浮かび上がったのは、愛する笑騎の笑顔だった。
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