第6話 中田 笑騎③
美鈴との離婚後、俺は2人で暮らしていたマンションから実家に引っ越した。
美鈴はあの後も何度か俺の実家に顔を出してきたが、そのたびにおかんが追い返してくれた。
職場にも来たことはあるが、事情を知っている職場の先輩や同僚が俺に代わって追い払ってくれた。
何度行っても聞く耳を持たない美鈴に、俺はやむなく弁護士経由で警察に接近禁止令を出してもらった。
毎日来る電話やラインといった連絡手段や、SNSもブロックした。
別アカウントに変えて連絡をよこしたこともあるけどみんな無視した。
俺は美鈴に裏切れた心の傷の痛みを少しでもごまかそうと、また二次元の世界に逃げ込んでいる。
俺自分の部屋で大好きな二次元の美少女達に囲まれている時だけが、俺の心を癒してくれる。
離婚の原因でもある二次元に救いを求めるなんて、我ながら女々しい男や。
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美鈴と離婚してから数ヶ月が経ったある日。
この日は俺のおかんの誕生日。
俺もちょうど仕事が休みやからケーキでも買ってお祝いしようとおかんに提案してみたんや。
「そんなんええよ。 もう誕生日が嬉しい年やないねんから」
「おかん今日はパート休みやろ? 俺もちょうど休みでやることないし、ケーキ食うくらいええやん」
「まあそこまで言うならええよ? ただし、ケーキ代はあんた持ちやで?」
「それでええよ。 おかんと折半なんて期待するほどアホやないからな」
俺はその日の夕方、家を出てケーキ屋に向かった。
おかんのやつ、祝わんでええなんて言ってた割に、ごっつう高いケーキを俺に要求してきた。
そのケーキ屋は隣町にある有名な店で、予約なしやとすぐに売り切れてしまうねんな。
俺は大慌てでケーキ屋に予約し、チャリをこいでケーキ屋に向かうことにした。
おかんはというと、台所に貯蔵している酒瓶からお祝い用の酒を選定するんやと。
医者から酒はやめとけって言われてるから、俺も何度か言うてるんやけど……。
『年寄りの唯一の楽しみを取るもんやない。 バチ当たるで?』
大の酒好きであるおかんは聞く耳もたんから困ったもんや。
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「ありがとうございました。 こちら、当店のサービスです」
ケーキを受け取った俺が店員から受け取ったのは、数本のローソクやった。
なんで誕生日ケーキを買った客に配っとるんやと。
ええ歳のおかんにはちょいきつい代物やけど、せっかくタダでもらえるんやからありがたくもらうことにした。
「まあ、おとんの仏壇に使うマッチがあるから、火はなんとかなるか」
俺はケーキをカゴに入れ、チャリをこいで帰路についた。
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「……? なんやあの煙」
帰る途中、俺の目にうっすらと夕暮れの空に上がる煙が入った。
ここ一体は住宅街や。
そんな場所で煙が上がる理由なんて1つしかない。
「かっ火事?」
俺は無意識に煙が上がっている方向にチャリを走らせた。
これも野次馬の本能っちゅうやつやろか?
まさか自分が実家に向かって走ってるなんて、この時は夢にも思わんかった。
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「なっなんやこれ……」
火事の現場に着いた俺は言葉を失った。
そらそうや。
炎に包まれているのは、ほんの少し前まで俺がいた実家なんやから。
俺はその場でチャリを降りた。
スタント立ててへんから、チャリは転倒したもうた。
その際ケーキがぐちゃぐちゃになったけど、俺は気に留める余裕もなかった。
「しょ~き!」
佇む俺に話しかけてきたのは、美鈴やった。
なんでこんなところにおるのかと疑問には思ったけど、それ以上に理解できひんかったのが、美鈴の太陽のような笑顔やった。
美鈴はこの惨状に似つかわしくないほどのまぶしい笑顔を俺に向けてきた。
俺に呼びかけた時も、新婚時代を思い出させるような可愛らしい声やった。
まるで待ち人にようやく再会できたヒロインみたいや。
「みっ美鈴。 なんでお前が……いやそれより、なんで家が燃えてるねん!!」
「そんなんどうでもええやん! あっ! 住むとこないって心配してる?
だったらまた、2人で同棲しよう?」
ホンマにどうでいいと思っていることは、美鈴の口調ですぐにわかった。
「お前何を言って……まさか、お前がこれやったんか?」
「そうやで? だって必要ないやろ? あんな汚い部屋。 大丈夫! 私がもっときれいで広い部屋を用意するから!」
俺には美鈴の言っていることが理解できひんかった。
あっさりと自供した美鈴は……笑って俺の今後の心配をしてきた。
こいつは自分が罪を犯したって自覚してない。
……それどころか、善意ある行動だと思ってる。
俺は恐ろしくなって1歩後退したが、その時脳裏に浮かび上がったのがおかんの顔やった。
「おかんは……おかんはどうしたんや!?」
「お義母さん? まだ家の中で寝てんのとちゃう?」
「なっなんやと!?」
「大丈夫やで? お義母さんが死んだとしても、私がずっと笑騎のそばにいるからな」
美鈴は俺を励ますかのように、俺の手を両手で掴んだ。
その感触は温かい人間の手じゃなく、冷たい人形のような手やった。
一言で表せば……気持ち悪い。
「……どけっ!!」」
俺は美鈴を突き飛ばし、無我夢中で燃え盛る家に飛び込もうとした。
「あんた、何してんねん!」
その直前、近くにおった男達に俺は取り押さえられた。
「離せ! おかんがまだ中におるねん!!」
「アホ! 死にたいんか!!」
俺は冷静さを失い、なんとか彼らの手から脱しようと思ったけど、さすがの俺でも複数の男に背中から押さえつけられたら、どうすることもできひん。
家はどんどん燃えて行き、しまいには崩壊しよった。
「そんな……嘘や……おかん……おかぁぁぁぁん!!」
泣き叫ぶ俺を嘲笑うかのように、炎はどんどん大きくなっていった。
その1時間後、近所の人が読んだ消防隊が到着した。
2時間の消火活動でようやく炎は鎮火した
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その数日後、警察の捜査によって焼け落ちた家の下から焼死体が発見された。
発見された焼死体は顔の判別ができひんくらい焼けただれていた。
俺はおかんではないと淡い期待を抱いていたけど、それは警察が行ったDNA検査によって打ち砕かれてもうた。
「おかん……」
俺はもう動かなくなったおかんの体に突っ伏し、声と涙が枯れるまで泣き叫んだ。
いつもケンカばっかする喰えんおばはんやったけど、俺にとっては心から大切なおかんやったんや。
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美鈴はと言うと、おかんのDNA検査をしている間に、警察が放火罪で逮捕したみたいや。
なんでも、火元である俺の部屋から見つかった酒瓶の欠片や物干し竿から美鈴の指紋が検出されたみたいや。
火事が起こる前に、美鈴が家の周辺をうろついてたっちゅう目撃証言も取れてるみたいや。
警察の取り調べで、それらの証拠や証言を突き付けられた美鈴は、あっさりと自分がやったと認めたらしい。
自供した際の美鈴には罪悪感というものが全くないらしく、俺にそのことを話してくれた刑事さんが、「不気味な女や」ともらすくらいやった。
それからおかんの死亡も確認されたことで、殺人罪も追加された。
美鈴はそんなのお構いなしに、「笑騎に会いたい」とお経みたいに何度も口にして、刑事さんも耳にタコができたと愚痴ってた。
でもあいつの罪はそれだけやない。
実はあの火事で死んだのはおかんだけやない。
炎が隣の家に燃え移ってしもて、2階で寝てた70歳のおばはんとその孫が死んでしもたらしい。
刑事さんが言うには、その2人はちょうど俺の部屋の向かいの部屋で一緒に寝てたらしく、風向きもそっちをそっちに流れていて、周囲が気付いた時にはもう炎で真っ赤っかになってたみたいや。
2人は一酸化炭素中毒が死因らしく、孫はまだ小学生になったばかりのちびっこやったみたいや。
その孫の両親はその日たまたま夜勤で遅くなってたから助かったみたいやけど、2人の死亡が確認された後は、狂ったように泣き叫んだみたいや。
俺にもその気持ちはようわかる。
3人の殺人で再逮捕された美鈴やけど、それを聞いても顔色1つ変えなかったと言う。
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その後、美鈴は裁判に掛けられた。
弁護側は美鈴の不安定な精神を主張して応戦してたが、あんまり効果は期待できひんやろな。
俺も遺族として証言台で証言したんやけど、美鈴は俺の姿を見るなり……。
『笑騎! 私を迎えにきてくれたんやね!!』
裁判を無視して俺の元に駆け寄ろうとしやがった。
まあ係官に止められてなんともなかったけどな。
でもあいつは裁判中、ほとんど俺の方ばかり見て微笑んでいた。
お隣さんの遺族が証言台で涙ながらにその心中を訴えても美鈴は上の空。
裁判官から弁明はあるかと発言の許可を得ても……。
『私は笑騎を愛しています。 笑騎もそれは同じはずです』
悲劇のヒロインみたいなセリフを吐き、遺族や両親に対する言葉は一切ない。
この態度と発言に、遺族は怒号を走らせ、美鈴の両親は顔を伏せて涙を流す。
傍聴人たちも、美鈴の異常な発言にこわばっていた。
動機についても美鈴の口から語られた。
おかんが不法侵入した美鈴を警察に突き出そうとしたのを裏切りだと感じ、階段から突き落としたんやと言う。
放火後もおかんを放置して自分だけ避難しやがった。
あまりにしょうもない理由に、俺は怒りを通り越して空しい気持ちになってしもた。
でも俺よりもつらいのはお隣さんの遺族や。
何の理由もなく、偶然が重なって命が2つも奪われたんや。
美鈴への憎しみは俺の比じゃないやろ。
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『被告、重森 美鈴に有罪判決を言い渡す』
美鈴に対する判決は、もちろん有罪だった。
まあそらそうやろうな。
そしてその刑罰の内容はなんと死刑や。
美鈴のあまりに身勝手な動機、反省以前に罪意識が全くないその姿勢、遺族の強い訴え、それらがこの内容を決定づけてしまった。
「……」
死刑を言い渡された美鈴は顔を青ざめていた。
死刑に恐怖を抱いたのかと思ったけど、美鈴の心情は俺の思考を超えていた。
「しっ死刑なんて嫌や!! 死んだらもう2度と笑騎に会われへんやん!!」
『……』
俺を含め、その場にいた人間が凍り付いた。
死ぬことよりも俺に会えないことに美鈴は恐怖を抱いとる。
愛ゆえの言葉かもしれへんけど、俺にとっては恐怖でしかなかった。
「笑騎! 助けて!! 私、笑騎と会えなくなるなんて嫌や!!」
傍聴席にいた俺に向かって美鈴が助けを求めてきた。
無論係官が取り押さえてるからなんとか大丈夫やけどな。
結婚してた頃の俺やったら、死に物狂いでどうにかしたろうと思ったやろうけど、今の俺にはそんな気持ちはみじんも湧いてこない。
「もう2度と俺の人生に関わるな。 この先何べん生まれ変わっても、お前なんか愛したりせえへん」
恐怖に震える口から出たのはそれだけやった。
それを聞いた美鈴は希望が打ち砕かれたかのようにその場で崩れ落ちた。
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