第13話

「あちいなぁ……」

「いい天気だよな……」

 学食入り口の掲示板前でたむろする俺と柴田。

 学祭当日となる今日、俺たちの展示物は昨日までに設置済み、特に説明する必要のない内容であるために待機はない。作品の説明とかそういうことをする、もしくはしたい人は学祭だというのに自分の展示場所に居続けるらしい。

 それが悪いとか変だとか言うつもりは当然ない、逆にそうしてでも見てほしい、知ってほしいという意欲は感心するばかりだ。

 ただ今日は先約がある、計画から言うとそれはもう何か月も前からの。


「おまたせー」

 手を振りながら近づいてくるユナと、その友達。

「おっ、ユナちゃん」

「今日はよろしく」

 早速ユナの友達を紹介してもらう。

「よろしくー、カリンです」

「リンゴです」

「噂のリンゴくんだねー」

「噂……の?」

「まぁ、たまーに名前は聞いてたくらいだけど」

 誰から?と聞こうとしたが、柴田が急かすもんだからとりあえず移動ということになった。

 本日のプランとしては、まず適当に興味のありそうなところ回って、昼を何か食べて、昼過ぎのイベントを見てそのあたりまでに次の約束を取り付ける……といったような感じ。

 主に柴田が頑張る前提で、サポートをするようなイメージだ。

 今日も日差しがきつく、遠目には陽炎も立っているように見える。学内も賑やかではあるが、同じだけ蝉もやかましい。


 建築科の展示をやや恐縮目に回り、その後は映像やデザイン科等を見て回ったあたりでそろそろ昼の良い時間になっていた。

 昼食、というにはやや心もとないが出店を回ってそれぞれが適当に食べるものを買った。

「何買ったの?」

「ん?お好み巻きと冷やしパイン」

 お好み巻きはお好み焼きを割りばしに巻き付けるような感じのもので、食べ歩きには丁度いいような感じのものだ。ある地方ではまた別の名前で呼ばれているとかなんとかの豆知識が書いてあったが、割とすぐに提供されてしまったので覚えられなかった。

 冷やしパインは縦に長く切られたパイナップルを割り箸に差してガンガンに冷やしただけのものだ。この暑さもあってか相当売れていると売り子の人は言っていた。

「いいねぇ、美味しそう」

「そっちは?」

「わたしは焼きおにぎりを少々」

「それもいいね」

「冷やしパイン、私も食べたいかも……どこにあったの?」

「あー、なんか売り子が歩き回ってるから捕まらないと買えないかも」

「そうなんだ……残念」

 この暑さだからなぁ、俺としては一口二口差し上げるのもやぶさかではないが……まだ柴田は帰ってきていないから、ふむ。

「あー、食べる?」

「え、いいの?」

 と口に出してから思う、あれ……これ一口あげるをしていいタイプの食べ物じゃない気がしてきた。まぁしょうがないか、200円だし、まるごとあげよう

「じゃ、ありがたく……えへへ。あー」

 差し出したパイン串を受け取るでなく、ユナは少し髪をかきあげつつ口を開けて近づく、まさかのあーんであった。

「んむ……ん……」

 もごもごという口の動きに合わせて指先に感覚が伝わる。こう、でかいウインナーみたいにがっと嚙みちぎって終わりのイメージがあったが、なんか……長くね?

「んっ……」

 口を離し、口元を手で隠してもごもご。

「ご、ごめんね。上手く噛み切れなくて」

「うん、そうなんだろうなと思った」

 パイナップルの断面からは頑張って耐えましたと言わんばかりの繊維質がそびえたっていた。

「どうだった?」

「あっ、凄く冷たくて美味しかった。ありがとう」

「おお、そうなんだ。じゃあ」

 はい、これどうぞと串を渡そうとした瞬間に柴田が戻ってきた

「お待たせしました~、いやー中々出来上がんなくて」

「おかえり~」

「うぃ、ただいまぁ」

 ユナに迎えられてご機嫌な柴田、心なしか鼻の下が伸びているような……本当に好きなんだな。

「お、リンゴそれ冷やしパイン?買えたんか」

「ん?ああ、たまたまな」

「美味い?一口くれよ」

「んっ……いや、これはめちゃくちゃ美味いからやれないな」

 一瞬のアイコンタクト……というわけでもないか、たまたまユナと目が合ったが、ユナが食べたパインをそのまま柴田に食わせるのは少なくとも俺の判断ではしたくないなと思った。ユナがどう思ってたかは分からないが、とっさに断ってしまった。

「ケチだなー、まぁいいわ。なんかピロピロしたの出ててキモいしな」

「うるせーな」

 これでユナにあげることも出来なくなったな……柴田にとってはこのパインは俺の食いかけだ。そんなものを差し出してるところを見られようものなら面倒くさいことこの上ない。

 墓穴を掘ったな……と思いながらお好み巻きを食べる。たっぷりのソースと中に仕込まれたマヨネーズがウマい。

 その後すぐにカリンさんが戻ってくるが、そのタイミングで柴田の目を盗んでユナに視線を送る。

 これどうする?というつもりで送った視線には、にこりと笑顔を一つと、どうぞどうぞ、というようなジェスチャーが返ってきた。

 これは……伝わったんだろうな多分、ごめんね、とひとつ頷いてパインに口をつけた。

 冷やし、というにはちょっとだけ温くなったそれは、驚くような甘味ですごく美味しかった。

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アイツの方が先に好きだったのに どっちーん @Wa2ya_naro

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