第8話
以前ピコが絵を描いている所を見せてくれるという時に入って以来の美術棟。一階が洋画で二階が日本画らしい。
「日本画は初めてだなぁ」
「お、そうなんだ。作品にはお手を触れないようにお願い申し上げます……」
「はい、わかりました」
当然触るわけもないし、ユナも分かってはいるだろう。結構そういう冗談が好きなタイプなんだと分かってきた。かく言う俺もそういうのは割と嫌いじゃない。
階段を上るとボロいソファが置いてある。うちの学科にもいくつか先輩が置いて行った遺物がある、どこの学科もそう変わんないな。と思いながら通路に出ると、そこには謎の……なんだこれ。
「え、ねぇナニコレ?」
「やっぱ気になるよね、二年位前に先輩が作ったらしいんだけど、教授が気に入ってお買い上げして置いてるんだって」
「へぇー、まぁ凄いもんな」
「インパクトヤバいよねー」
こけし、と言えば皆さんご存じの木彫りキノコガール。あれがこう……たくさんつながってサボテンみたいになっているオブジェだ。ちょこちょこ目が合うやつ、というかこちらを見ているような感じになる奴がいてちょっとしたホラーではあるものの、それはそれとしてなんか目を引かれるしじっくり見ていたくなる不思議さがある。
「これが芸術って奴か……」
「リンゴくんもこれからインスピレーションを受けた建築を……」
「うーんヤバそう」
「こういうのって建築ではあんまりないの?」
「いやー、なんだかんだ実用的なものデザインというか設計するのが普通だからねぇ、芸術に振り切ると建物としては使い物にならないし」
「まぁそうだよねぇ、私もこの家にはちょっと住めないなぁ……」
「俺も住めないわ……」
こけしサボテンハウスに住みたいって本気でいうやつも学内には数人いそうな気もするのが怖い。
「ごめんね、準備にちょっと時間かかるから待っててください」
「おっけ、あ……ソファー座っててもいいかな、ちょっと休憩」
「うん、ごめんね。準備できたら声かけるね」
夕方になりかけとはいえ、課題のために作業をしている学生は思ったよりいるなという感じだ。和気あいあいと絵を描く、という感じではなく各々がヘッドホンなりをして音楽を聴きながら制作に没頭しているようだった。ゆっくり後方腕組みしたいところだが、そこそこ疲れているのと作業の邪魔になるのも良くないので大人しくソファに座りに行くことにした。
外からは夏の夕方って感じの音が聞こえる。なんだっけ、ツクツクボウシ……ひぐらし……セミ?なんだっけな……、そんなことを考えていると徐々に瞼が重く……
「……しー?」
「ち……よ」
「…………じゃ……い」
ん、なんか聞こえ……あ。
「いかん、寝てた……」
「あ、起きた?おはよ」
気づくと隣にユナが座っていた。もしかして待たせただろうか。
「ごめん、寝ちゃった」
「ううん、ごめんね疲れてたのに」
腕を上げて体を伸ばすとパキパキと音がする。気づけばユナの足元や壁に荷物が用意されていた。さらに外を見れば夕焼け空、さらに暗くなりかかっているところだった。
「あれ、もしかして結構寝ちゃってた……?」
携帯を出してみると18:34の表示が。これはやりましたね。
「すやすやでしたね。可愛い寝顔いただきました」
そういってユナが携帯の画面を見せてくる、そこには自分の寝顔が……
「すみませんでした、消してください……」
「えー、せっかくとったのにー。まぁ盗撮だしね、消す前に送ってあげよう」
「え、どこに?」
といった矢先に自分の携帯に通知が届く。
「俺にか、いらんぞ自分の寝顔なんて……」
いたずら成功といった様子で笑うユナ、ひとまず日が落ち切る前に荷物を届けた方がいいだろう。
「とりあえず行きますか。お待たせして申し訳ない」
「いいえ、よろしくおねがいします」
ユナの荷物は主に画材で確かに一人で持っていくには厳しい重さと量だった。
自転車の籠に乗せれるだけ乗せて歩く、気を抜くと重みで倒しそうだ……。いつだったかピコが言ってたけど、画材って結構いい値段するんだよな確か……、手伝いとか言って弁償する羽目にならないようにしないと。
日も落ちてきて少しだけ気温が落ちてきた、少し蒸し暑いものの昼に比べたら全然マシだ。
「そういやこの時間になっちゃっても大丈夫だったの?」
「ん?今日は何もないから大丈夫だよ」
「ホント申し訳ない、とっとと帰って課題進めたかったんじゃない?」
「ううん、土日でやろうと思ってたから」
「そっか、大丈夫ならいいけど」
「すごく助かってますので……ほんと気にしないでね」
「ありがと、逆にあれだね。土日開けに持ってくのも大変じゃない?」
「いや、そうでもないよ。この課題の講評終わったら夏休みだし」
そうか、忘れてたけどもうそんな時期だった。
「なるほど、持ってくのも手伝った方がいいのかと思った」
「それも手伝ってくれるの?やさしーい」
「いや?その必要が無いなら……」
「ぶーぶー、やさしくなーい」
「ヤサシイデスヨー」
「ふふ」
冗談冗談、と笑うユナ。流石に全部手伝わせようとかそういうことは無さそうだ。
大学からなだらかな坂を下ると、途中でユナの家の近くの坂道にたどり着く。荷物を届けたらあとはチャリで坂道を下って……夕飯何食おうかなぁ。なんか腹減ったな……などと考えていると、腹が鳴った。
「今のリンゴくんのお腹?」
「はい、聞こえましたか」
「聞こえましたね、私もお腹空いてきた」
「何食おうかなって考えたら腹が反応しちゃった」
「帰ったら作るとか?」
「いやー、今日はめんどいなぁって。どっかで食うのもありかな」
「ふむ……」
そういうとユナは少しの間考えて言った。
「ね、うちで食べてく?それか一緒にどっか食べに行く?」
思いがけない誘いだった。
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