第7話
タオルも買っとけばよかったか……と思うほど暑い。割と汗っかきな方なのでシャツには汗がしみ込んでいる。
「きもちわる……」
高校のころであれば水道あたりで脱いで水びたしにしたシャツを適当に絞って着なおしてたりしてたな、そのまま部活を再開してたのが今では懐かしい。
「そろそろ切り上げるか……」
教授からはフィールドワークから直帰も可という話を聞いている。出発前の出席を取れば後はある意味自由だ。だからこそサボろうと思えばいくらでもサボれる。そうして単位を落としていった奴らが留年し、いたたまれなくなり去っていく……みたいな話をしていた。流石に親に出してもらった金をドブに捨てる気はないからやることはやる。やるんだがこの暑さは……ちょっと休むか……と周りを見ると、屋根付きのバス停があったのでベンチを借りることにした。
「あっつ……」
コンビニで買ったスポドリはとうに空になっていた。もう一本買いに行くか、とっとと帰るか……と考えた時、今日は自転車で大学に行っていたことを思い出した。別に徒歩でもいけるんだが、ひーひー言いながら坂を上ったのも帰りの坂道を駆け下りる快感のため、と思うと直帰の選択肢は無くなる。もうすこし休んだら大学に戻るかと思いながら地面に滴り落ちる汗をぼんやりとみていると、バスが止まった。ぷぃーという気の抜けるようなドア開閉音の後、バスから誰かが下りてくる気配があった。
「あれ、リンゴくん?」
その声に顔を上げると、ユナがいた。
「おーー?小路さんじゃん、おつー……」
「ぐでんぐでんだね……だいじょぶ?熱中症?」
あー、熱中症ってこともあるのか、ぼんやり……まではしてないな、普通に暑くて怠いだけだ。
「大丈夫、しかし暑いねほんと」
「そだねー、バスおりたらむわーってしてやだね。というかこんなとこでどしたの?」
「あー、フィールドワーク中でね、もう切り上げようかなってとこなんだけど暑いから休憩してた」
「なるほど、じゃあもう帰り?」
「んや、チャリ取りに大学へ」
「あ、そうなんだ。じゃあ一緒にいこ?」
「あれ、小路さんも大学?」
「うん、課題用で色々持ち帰りたいんだけど、バイトがあって」
ぐっと足に力を入れて立ち上がる。
「なるほど、お疲れ様」
「んっ、ありがとう。凄い汗だね」
「汗っかきでね……臭かったらごめん」
「ううん、臭くないよ」
だといいけど。とりあえず行こうか、と坂道を上る。
「あれ、そういえば何でここで降りたの?大学だともうちょいいけない?」
このバス停の2つ先くらいまでは乗って行けたはず。
「あ、その前にコンビニ寄っていきたくてここで」
「ああ、じゃあまずコンビニ行く?」
「いい?ごめんね」
ということでコンビニへ立ち寄ることに。やっぱり水分も補給したかったし正直ありがたい。最も暑いと言われる二時はとうに過ぎ、今は四時半。だが日が落ちるにはまだ早く、気温も高いままだ。
「ほんとあついね、日焼けしちゃう」
「っていうわりには焼けてないよね」
「まー、気を遣ってますから」
そういって手の甲を見せるように手を伸ばすユナ。日光を反射してるのではと思うほどその肌は白い。
「けっこうじっくり見ますね……」
おっと、見とれてしまっていた。
「すいませんつい、げへへ」
とふざけると、ユナはやだーと言いながら手を胸に抱くように隠した。ちょっとキモかったな。
「ちょっとキモかった」
「はい、すいません」
「よろしい」
ちょっとジト目で言われた抗議の声に姿勢を正して謝罪をすると、いひひと笑いながら許してくれた。
クーラーのガンガンに聞いたコンビニで少し大きめの麦茶を買い、うだるような外に出てからがぶ飲みする、よく冷えた麦茶が胃に落ちていく感覚が心地よい。
「すごい勢いで飲むね~、男の子~~って感じする」
「男の子なもんで……はぁー」
おっと、げっぷが出そう。腕を口に当てて咳をするようにして処理する、幸い小さなげっぷで済んだので、カエルみたいな音を立てずに済んだ。
「どしたの?」
「んや、ちょっとげっぷが出そうに、失礼しました」
「え、だしちゃっていいよ?」
「もう出た出た」
「へぇ~、気づかいの人~」
「だって、普通に嫌でしょ」
「嫌だよねぇ、でもそういう気づかい出来る人ってそんなにいないと思う」
「そうかなぁ」
「そうだよう」
まぁ、正直に言ってしまえばユナを前にして気を遣わないことが出来なかった。という方が近いんだが。ぶっちゃけユナはかなり可愛い、柴田が狙っているというのはさておき、ちょっとだけ格好つけたくなってしまう。これはもう男の性って奴だと思う。
二人で坂を上っていると、しかっちカップルの話になった。あの二人はわりと仲良く今でも続いているらしい。
「この前も二人で学食でランチしてるの見かけて、いいなぁって」
「小路さんならすぐ見つかるでしょ、というか彼氏いないの?にびっくりするくらい」
「彼氏はいませんねぇ、すぐも見つかりませんねぇ」
高嶺すぎて手が出ない系のあれなんだろうか、それともユナの理想が高い……?
「そういうリンゴくんはどうなの?彼女の二人や三人くらい」
「いるわけねぇ。一人もいないのに二股三股って」
「えー、リンゴくんならすぐ見つかるでしょ。というか彼女のいないのにびっくりですぅ」
ちょっとからかうように言葉を返される。こいつ、やりおる。
「ままなりませんねぇ」
「ままなりませんなぁ」
どういう人が好みなの?とかそういう調査をしても良かったが、何故かこの時はそんな気分にはならなかった。
「あ、そういえばリンゴくん。学祭ってなにするの?」
「うちの学科は前期の課題展示と、あとサークル入ってるやつらは出店かな。俺はどこも入ってないからまぁ適当に学内回ろうかなって思ってるとこ。小路さんも課題展示?」
「そうだね、課題以外にもちらほら飾ろうかなぁくらいかな」
「へー、これは見に行かないと」
「うんうん、是非是非。来るときは連絡頂戴ね?」
「お、なんかサービスでも?」
「ふふ、いいでしょう。特別サービスをしてあげます」
「わぁい」
そういえば、と口を開く。
「柴田も小路さんの作品見たいって言ってたな」
「ああ、柴田君。そうなんだ、これは有名になってきましたな」
「そういや柴田とデートしたって?」
「え、それ柴田君が言ったの?」
「いや、なんか柴田を見かけたっていう学科の奴が問い詰めてるのを聞いた」
嘘である。柴田が言いました。でもなんかこの場で肯定するのもマズい気がしたので咄嗟にエア学部生を生成する。
「めちゃくちゃ可愛い女の子と柴田が歩いてるのを見て、どんな汚い手を使ったんだ!ってキレてた」
「やー可愛いだなんてそんなそんな」
「で、どんな汚い手を使われたの?」
せっかくなので聞いてみることにした。あいつ自慢はするけど詳細はあんまり話さないもんだから、正直どうサポートしたらいいのかもよく分からない。デートしようと自分から声をかけたんなら背中を押すだけなんだが。
「いやいや、汚い手なんてそんな。たまたま行き先が近かったからそこまで一緒に行っただけだよ」
「あ、そうなの?なんだデートじゃないのか」
「デートではないですねぇ」
デートじゃないってよ柴田。再チャレンジだな
そんな風に話をしながら大学に着くころには、購入した麦茶は空っぽになっていた。
「そういえばリンゴくんはこれから何かご予定は?」
「いや、帰ってちょっと寝たら課題やるくらいかな」
「ふんふん、なるほどなるほど……」
「ん?なんかある?」
「いやー、その、言いにくいんですけど……」
と言いながら人差し指同士をつんつんしている。そういうのリアルで初めて見たな。
「あー、わかった。荷物運び手伝えばいい?」
そういうと、ユナは顔をあげて少し上目遣いで
「……いいの?」
といった。このあざとさ、分かってやってるんだろうか。まぁどっちにしても大体の男には効くだろう。
「いいよ、チャリに乗っけれる分くらいは」
「ありがとう!」
やったーと言いつつ、彼女の学科のある美術棟に手を引かれていく。
この気温にも負けず、ユナの手は熱く感じた。
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