第6話

 あの飲み会の後から数週間の時が経ち、梅雨も明けようかという時期になり、徐々に気温が上がってきた。日差しがきつい、講義室の外を見ると道路上に陽炎が現れるほどだ。今の講義が終わればフィールドワーク、要するにこの炎天下をうろつけというお達しなわけである。


 フィールドワークのために実習棟の日陰には同学科の面々がそれぞれに喋って開始の時間を待っていた。

「だっる、サボろうかな」

 お察しの通り、柴田は欲求が口から洩れる。

「出席数足りんの?」

「たぶん大丈夫だろ」

 ホントかよ、とも思うが今更コイツに何を言ったところで休むときは休むし、いるときはいる。雰囲気とノリだけで言葉を発することがあるので、何も全て真に受ける必要もない。ということが分かってからはあまり世話を焼かなくなった。

 世話を焼かなくなった、とは言うものの、あの頼み自体は継続している。柴田の言うことにはあの飲み会以降1回だけデートをしたらしい。詳しくは聞いていないが、デートってことは流石に二人でどっかに行ったということなんだろう。それが成り行きなのか押しに負けたのかはわからんが、進展しているなら何よりだ。

「なぁ、またあの飲み会みたいなの無いのか?」

「あの飲み会ってどの飲み会だよ」

「ピコんちでやったやつよ、俺はユナちゃんと飲みたい」

「なら直接誘えよ……わざわざ他の奴も集めることないだろ?」

「まぁそういうなよ、ユナちゃんはピュアだからさ。まだ男と二人で飲みはハードル高いわけ、わかるだろ?」

 知らんがな。

「はぁ、じゃあお前がユナちゃんとあと数人誘ったらいいんじゃないのか?」

「そんなんめんどくさいだろ、幹事はやりたくない。どっかに乗るのが早い」

「お前は俺の好感度そんなに下げてマジで手伝って欲しいと思ってるのかわかんなくなってきたわ」

「え、お前俺の事好きだったのか」

「なわけあるか。あんまり好感度下げると友達から顔見知りに落とすぞ」

「ハハッ、面白い冗談だマイベストフレンド」

 突然似非アメリカンなイントネーションで喋りだす。こいつほんと一回シバかないとだめか?

「いやホント冗談、それは置いといて、なんかいい機会ねぇかなってさ」

「とりあえず学祭一緒に回ろうぜくらい声かけたらいいんじゃねぇの」

「やっぱそうなるかー、イベント事だもんな」

 うーんと何かを悩むようにスマホをいじりだす柴田。

「流石に柴田と一緒に回らないか?って俺から連絡するのは無いからな」

 念のために釘をさしておくと、ちょっとだけ嫌そうな顔をしてまた視線をスマホにもどした。まぁ反論が無いってことは本人も理解はしているんだろう。

「俺とお前とユナちゃんとだれかで回って、途中でお前と誰かがいなくなれば……?」

「そういうラブコメみたいなのあるよな。でも突然いなくなったら連絡するだろ普通」

「なんか忙しくなって返事返ってこなかったらしゃーなしで回ってくれるんじゃないか?」

「お前はしゃーなしでいいのかよ……」

 というか誰かって誰だよ。その誰かにもこれこれこういう理由だから途中離脱で、って伝えておくのもなんだかな。そういうの好きそうな奴は……あー、まぁいるけど逆に面白がって二人の後をつけようとか言い出しかねない。で、見つかってなんか色々とバレるだろう。

「まぁ何か機会があったら協力はするけど、不自然な感じになるようだったら俺はやらんぞ」

「待ってろ、完璧な作戦を立てるから」

「まずフィールドワークちゃんとやろうな」

 俺と柴田は不幸にも同じグループでの調査となっていた。サボったり計画立てとやらに没頭されるとこっちの負担が増える。あと他のメンバーにも迷惑である。


「よーしではそれぞれ担当のとこ調査して、週明けに集まって合体ってことで」

「はーい」

「うっし、んじゃなー」

「ほななー」

 うちのグループは俺と柴田、そしてリコという女の子と、デリカ(あだ名)という男の4人だ。

 正直リコとデリカはあんまりかかわりが無いが、課題はそれなりにちゃんとやる派だった気がする。

 担当する方面が隣り合っている都合上、区域の別れ目までリコと一緒に行く事になった。

「んじゃいこか。リンゴ君よろしくね~」

 ちょっと関西風なイントネーションが特徴的なリコはこの暑さだというのにどこかちょっとご機嫌に見える。

「よろしく。斎藤さんは元気そうだねぇ……暑くないの?」

「あ、リコでええよ~、というかリコって呼んでや」

「リコさんは暑くないの?」

「あはは、律儀に言いなおすやん。そうやねぇ、暑いんやけどまぁ平気かなぁ。いい天気やんね」

「いい天気……まぁいい天気だよね。雲一つない青空、灼熱の太陽……」

「快晴快晴、それよりリンゴく~ん?なんやおもろい話してんかった?」

「面白いこと?」

「そう、バタくんとなんかユナちゃん?が誰かはしらんけど、なんやキューピット役やらされてんねやろ?」

「あー、聞こえてたの。まぁそうね」

「えーおもろいねぇ、脈ありそうなん?ユナちゃんってかわええ?」

「グイグイくるじゃん……」

「あはは、ごめんごめん。いやぁ他人のそういう話ってたまらんよな。思わん?」

「うーん、リコさんほどでは」

「そっかぁー、そんでどうなん?かわええ?いけそう?」

「まぁ正直言えばかわいい、いけそうではない。ってとこかな」

 きゃー、と何が面白いんだか正直わからんが情報を出す度にウッキウキといった感じで質問を重ねてくる。

「リコさんは彼氏とかいるの?」

「お、なぁに気になる?それとも話題反らしかなぁ?」

 正直面倒になってきたのと流石にあんまり柴田の情報を垂れ流すのもあんまりよくない気がしたので方向転換を図ると、そのままずばり見破られてしまった。

「まええか、うちは今彼氏募集中やねぇ、面倒見のええ人とかいいなぁ、優しくてかっこええの」

 そこまでは聞いていないが話題は反らせた。

「リンゴ君は優しそうやし、かっこええとこ見せてくれたら惚れてまうかもよ~」

「ハハッ」

「なんやその笑いはー」

 リコさんも愛嬌があって可愛い気がしてきたが、ちょっとノリが合わなさそうなのが残念な所。

「まぁ機会があったら、ということで……んじゃあこの辺で解散かな。お相手ありがとうございました」

「あ、ほんとやね。じゃあまた来週かな?ありがとなーリンゴ君、ほな~」

 ばいばいと手を振ってちょっと小走りに駆け出すリコさんとは反対方向に歩き出す。話している間はちょっと楽しくて忘れかけていたが、暑さとダルさが思い出したように襲い掛かってくる。

「とりあえず水分の用意でもするか……」

 と蜃気楼の向こうにあるコンビニへ向かって重い脚を動かした。

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