第4話
自己紹介でも聞いたが、ノリちゃんはしかっちと同じく工芸科。ユナはピコと同じ……ではなく日本画を専攻しているらしい。
「日本画って洋画と何が違うの?」
「ん、そっか知らないよな。まぁ細かく言えば色々あるんだけど、ざっくり言えば画材が違うって感じでいいと思う。洋画は油の絵具とかで、日本画は墨とか岩絵具を使うんだよね。個人的には日本画も興味あるんだけど、お金がねー」
ピコが説明してくれるとユナも特に異論はないらしい。
「へぇ、そうなんだ」
一回ピコに用事があって直接洋画棟に行ったことがあるが、皆白衣を絵具で汚していかにも画家ですって感じでなんかちょっと感動したのを思い出した。俺や柴田は建築だが、ぶっちゃけあんまり建築っぽい様子は……いや、製図板とかあるし意外と建築っぽいかもしれない。
「リンゴくんと柴田君は建築だっけ、建築ってなにするの?」
「建築はねー、製図したり……環境問題考えたり、えーと……」
柴田があんまりやる気が無いのが露呈しそうだ。
「そう、あとは構造力学とかやったりだね」
「そうそう。あれがまたムズイんだよな」
「こうぞうりきがく……どんなの?」
力学、という点でああ難しそう。という印象を全員持ったようだが中身はピンとこないらしい。説明するか?と柴田に視線を送ると、一瞬で反らしたので仕方なく自分から話す。
「家とか橋とかの構造物って、どこにどんくらいの力をかけても大丈夫かとかって計算しないといけないんだよね。スカラーとかベクトルとか高校の時にやったと思うんだけど、そのさらに進化版というか。ここにこのくらい重量かける予定だけど、崩れないようにするにはどこに柱いれたらいい?とか例えばそんな感じ」
「俺には無理だな」
「あたしも……」
工芸、画家の諸氏たちはあんまり数学とかは得意ではないらしい。かく言う俺も柴田も別に得意なわけでは無いが、建築家で設計どうこうやるにも物理法則に反したトンデモハウスを作るわけにはいかないので必須の単元だ。
「なるほどねぇー、こんど遊びに行ってもいい?」
「お、歓迎するよー。いつにする?」
「うーん、わかんないけどそのうち」
ユナが建築棟に遊びに来たいというと柴田の食いつきがすごい。
「連絡くれたら案内するよ。ってことでどう?LIIN交換しない?」
「あ、そうだね。せっかくだしみんなの聞きたかった」
と、言うことで全員がLIINを登録した。この会をやる度に登録者が増えていく、別に全員と細かく連絡を取り合ったりはしないものの、なんだかんだ関連する話があると回ってきたりもする。高校くらいまでは決まった友人としか連絡先を好感してこなかったから、正直未だに新鮮だ。
「はい、じゃあ私も」
「はいはい、ありがと」
いつもの二人、柴田とは交換済みなのでユナとノリちゃんが増えた。
その後はピコ一押しのアニメ映画をみんなで見ながら酒を飲み、それぞれなんでこの大学に入ったとか、趣味では何をしてるとかそんな話をしているともう夜も更けてきたので解散することとなった。
「あ、やべぇ俺朝からバイトだ」
「え、空いてんじゃねぇのかよ」
柴田が今更になって明日の予定を思い出したようだが、何故かすぐに帰ろうとしない。
「帰んなくていいのか?」
「うーん、いや。こんな時間に女の子を一人で帰すわけにはいかないだろ?」
「お、意外と紳士?」
「意外ってことないだろ、上から下まで紳士だわ」
しかっちのツッコミにボケのような返答、つまるところユナちゃんを送っていきたいと言うことなんだろう。
「明日の予定があるなら早く帰ろ?バイト先に迷惑かけちゃいけないよね」
「そうしよう。じゃあ行こう」
「え?」
「ん?」
ユナには全然伝わっていないらしい。紳士失敗である。
「あ、送ってくよって」
「あ、いいよー大丈夫。リンゴくん明日なんにもないって言ってたし。リンゴくんにお願いするよ」
助けを求めるような目でこっちを見る柴田。この状況でユナと二人で帰すのは無理だな……そうだ。
「とりあえず移動しようぜ、途中までは賑やかな方がいいだろ」
ユナの家がどこかは知らないが、ピコの家のから大通りまではみんなで移動して問題ないはずだ。
「あ、悪い俺たちは別で」
しかっちとノリちゃんは別らしい、仲良さそうで何よりだ。
「おっけー、じゃあまた」
「ういー、参加ありがとう。じゃねー」
ピコは部屋に戻り、しかっちとノリちゃんは大通りとは別の方に歩いて行った。あっちって何があったっけ……しかっちのアパートでないのは確かだ。ノリちゃんがそっちの方面なのかな。
「行こうぜ」
「おお、悪い」
三人で大通りへ向かって歩き出した。
「ユナちゃんはどの辺に住んでんの?」
「んーと、あっちの丘の上の方」
「へー、大学近くていいね」
「柴田君は?」
「俺は桜町ってところ……わかるかな」
「わかんない」
「んーと、県立博物館とかあるあたり」
「えー、結構遠いね。大丈夫なの?急がなくて」
「大丈夫大丈夫。慣れてっから」
「ふーん……あ、リンゴくんはどの辺に住んでるの?」
「ん?俺は坂下のスーパーの裏手あたりかな」
「あーあの辺かぁ。結構近いんだね」
「そうだねぇ」
なるべくは柴田とユナを話させてやろうとやや後ろを歩いていたが、ちょこちょこユナが話を振ってくる。優しいからなのか、柴田がグイグイ行き過ぎなのか……ちょっと日を改めて作戦会議しないとダメだなコレ。少なくとも今の柴田の勢いだと引かれて終わりな気がする。
「じゃ、俺はこの辺で。またねユナちゃん!」
「はーい、バイバーイ。気を付けてね~」
大通りに出たところで柴田が離脱。どこに住んでるか言った以上は誤魔化しも聞かず、明らかに方向が違ってくるので泣く泣くといったところだ。たまたまだが思い人と飲む機会が出来て、送っていけそう。というのはチャンスではあるが、また今度を狙って欲しい。
柴田がチャリで走り去った後、ユナからため息のような ふぅ。という声が聞こえた気がした。
「あれ、疲れた?」
「あ、うん。ちょっとだけ」
「悪いねこんな時間まで、どうしても楽しいと長くなっちゃって」
「あ、ううん。リンゴくんは何も。むしろ私も楽しかったよ今日」
「そういってもらえたら」
「もう7回目?って言ってたよね。仲いいよねピコ君としかっち君と、うらやましい。私そういう定期開催みたいなことできる程まだ誰とも仲良くなれてなくて」
「そうなんだ、意外。なんか人気者みたいな話じゃなかった?」
飲んでる間にピコがそんなことを言っていた気がする。立ち話も何なので坂の方へと歩き出しながら聞く。
「いやーそんなことないよお。私なんてぜんぜん」
「そっかー、まぁ俺もピコが誘ってくれなかったらこんな風に飲みとか参加してなかった気がするなぁ」
「そうなの?じゃあピコ君に感謝だね」
「感謝だねー。だんだん別の学科の友達増えてるけど、ピコがいなかったら知らないまま卒業とかしてるよ」
「うんうん、私もそんな気がする」
ピコの家から坂までは歩いて15分ほど、チャリだとそう遠くもないが、徒歩だとそこそこの距離がある。会話を持たせるためか、ユナの方から色々と話題、もとい質問が出された。
バイトしてる?とか話の流れで知ったが、ユナも俺も実家を出て一人暮らし、ユナは地元が関東らしい。俺は県はここだが地元までは片道3時間ほどかかるので実家を出ている。俺とユナの家は坂の上と下にあって、そう遠くないと言うことが判明した。バイトはしていないらしいが、バイトのようなものはしているらしい。絵でも売ってるんだろうか。
そんなこんな話していると、坂と大通りが交わる十字路までたどり着いた。上に登ればユナの家。下れば俺の家がある。
「さて、どうしよか」
「ん?どうしようっていうと……?」
「家の前まで送ってく?この辺まででいい?」
「あ、ごめんね。突き合わせて」
「ごめん、言い方悪かったか。ほら、家の場所知られるの嫌だったりしない?って思って」
俺も男であるし、このご時世家の場所はそれなりに秘匿しといたほうが安全だと思う。
「ありがと、気を遣っていただいて……」
「家の前までって言うなら送ってくし、いらないなら解散で大丈夫」
「うーん、じゃあ……うちまで、いいですか?」
ちょっとだけ上目遣いでのお願い。飲んでる間とかはあまり気にしてなかったが、そういえばユナは可愛いで柴田を落としたんだった。拾われていないが。
「了解、じゃー案内お願いします」
「ありがとう、へへ。こちらです」
どことなく嬉しそうなユナに続いて、ゆるやかな坂道を登っていった。
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