第10話 約束

「いらっしゃい。どうぞ」

「お邪魔します」


 予定通りに紫音ちゃんが家に来てくれて、玄関のドアを開けて入るように促す。紫音ちゃんは緊張しているのか、少し表情が硬い。


「紫音ちゃん、なんか緊張してる?」

「その、こうやって出迎えてもらうのって初めてなので……」


 確かに、先月は一緒に帰ってきていたから、こうやって出迎えるのって初めてか、と気づいてなんだか面白い。美和子の勧めで最初からお泊まりだったもんね。



「早速ですけど、キッチンお借りしますね」

「うん。何か出来ることある?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「そっかー」


 すぐにキッチンに立った紫音ちゃんの近くに行ったけど、できることは無いらしい。


「冷蔵庫開けてもいいですか?」

「もちろん。言われた通りに食材を買ったけど、1食分じゃないよね?」

「彩那さんが食べたいって言ってたやつを作り置きしようかな、と……冷凍しておくので、別の日に食べて貰えたらなって」


 照れたようにそんなことを言われて、キュンとした。紫音ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど、こんなこと言われたらみんな落ちるんじゃない?


「ありがとう」

「私が好きでやってることなので。彩那さんはゆっくりしててくださいね」

「見てていい?」

「ちょっと緊張しますね」


 緊張する、なんて言いながらも、料理を始めれば気にならなくなったのかてきぱき動いている。何度見ても手際が良くて、昔からキッチンに立っていたんだろうなって分かる。


「卵どうしますか? 包むか、切るとこう、流れる? やつか……なんて言うんでしょう? 伝わってます?? って、彩那さん笑ってるし……っ!?」


 あっという間にチキンライスが出来上がった。もうこの時点で美味しそう。

 卵を取り出してこう、とジェスチャーをする紫音ちゃんが可愛くて笑えば、むうっと口をとがらせていて、つい頭を撫でてしまった。


「あぁ、もう、ずるいなぁ……ふー、それで、どっちがいいですか? 特になかったら、包んじゃいますけど」

「紫音ちゃんに任せる」

「りょーかいです」


 手で顔を隠して俯いてしまったから表情は見えなかったけれど、うっすら耳が赤くなっていて、照れているんだって分かった。深呼吸をして、顔を上げた紫音ちゃんは普段通りに戻っていた。



「美味しい!」

「良かったです」


 私が食べる様子をニコニコしながら見ていて、ちょっと落ち着かない。


「紫音ちゃんは食べないの?」

「もうちょっとしたら食べるので気にしないでください」

「いや、気になるけど」

「……ですよねー。食べます……」


 残念そうにしながらも、紫音ちゃんも食べ始めて、満足気に頷いている。


「あ、片付けやりますよ」

「ううん。片付けくらいさせて?」

「……お願いします」


 さすがに、作ってもらうのも片付けもなんて申し訳なさすぎる。

 お願いします、と言ったはずの紫音ちゃんもついてきて、自然と隣に立った。


「拭きますね~」

「いいの?」

「はい! 食器の場所もバッチリなんで」

「ふふ、ありがと」


 食洗機に入れられない物を拭いてくれるつもりらしい。

 先月も同じように手伝ってくれたもんね。一人暮らしだし元々そんなに食器が多いわけじゃないから、食器棚を一通り眺めて、すぐに場所を覚えていた。



「よし、作り置き作っちゃいますね」

「なんか申し訳ない……」

「私が勝手にやってることなので。最近も買うことが多いですか?」

「うん。遅くなると作る気力がね……でも、作れない訳じゃないよ?」

「遅くなっちゃうと買った方が早いですもんね」

「う、うん。そうそう」


 紫音ちゃんのフォローが優しい。もうちょっと自炊頑張ろ……



「冷蔵庫に入っているものは、出来れば明日食べてくださいね。では、そろそろ帰りますね」

「え……?」


 あれ、帰っちゃうのか……それはそうか。この前は、美和子がいない間って事で泊まってたんだもんね。

 当然のように泊まるって思っていたけど、今は家に帰っているみたいだし、泊まっていく理由がない。寂しい、なんて思ってしまって、都合よく利用しているようで心底自分が嫌になった。


「彩那さん、そんな顔されたら期待しちゃいますよ」


 頬に手が触れて、じっと見つめられた。綺麗な顔が近い。


「彩那さんが好きですし、叶うなら、彩那さんにも私を好きになって欲しいです。私が作ったご飯を美味しい、って食べてくれる彩那さんを毎日見たいですし、少しでも可能性があるなら、私を選んで欲しいです。誰よりも、大切にするって誓います」


 まっすぐ気持ちを伝えてくれる紫音ちゃんが眩しい。何も言えないでいると、寂しげに笑って頬に触れていた手が離れた。その手を掴めたら、笑ってくれるだろうか? そんな顔をして欲しい訳じゃないのに。


「ごめんなさい。困らせましたね……ちょっと抑えられませんでした。本当はこのままの勢いで押したいところですけど、今日は帰ります」

「……ごめんね」

「彩那さんが謝る必要なんてないですよ。今はこうして傍に居させてもらえるだけで充分です。またご飯作りに来ますね」

「うん」


 突き放すことも、受け入れることも出来ないこんな中途半端な状態で来てもらうってやっぱり良くないんじゃないのかな、なんて考えがよぎる。次の約束をどうしようか考えていると、私の考えなんてお見通しだったのか紫音ちゃんはいたずらっぽく笑った。


「ダメですよ? こうして一緒にご飯を食べてもらえるだけで幸せなので、やっぱり無し、なんて言わないでくださいね?」

「えっ」

「ということで、次は来週の土曜日なんてどうでしょう?」

「え、来週?」

「あ、もう予定ありました? 別の日にします? 私は平日でも大丈夫ですよ」

「予定はないけど……平日は帰りが遅いから土曜日の方がいいかなぁ……」

「決まりですね。食べたいもの考えておいてくださいね。来週、楽しみにしています! ちゃんと戸締りしてくださいね。今日はお邪魔しました」

「あ、うん……? ありがとう。気をつけて」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 優しく笑って、紫音ちゃんは帰って行った。なんだか最後の方は紫音ちゃんの勢いに押されっぱなしだったけれど、来週を楽しみに思う自分に気づかないふりをした。

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