第11話 相談

「美和子、急にごめんね」

「休みだし、大丈夫。紫音のことだよね?」

「うん」


 紫音ちゃんの勢いに押されて次の予定を決めた日から時が過ぎ、週1でご飯を作りに来てくれるようになった。週に1度だと多いし大変じゃないか聞けば、少ないですって即答された。

 彩那さんは会いたくないんですかって拗ねる紫音ちゃんを思い出して、自然と頬が緩む。


 最初にご飯を作りに来てくれた日に改めて告白されてから、明確に言葉にすることは無いけれど沢山甘やかされて、大切にされてるなって感じる。私の方が歳上なのに、これでいいのか? と思うくらい。


 たまに、って言っていたはずなのに、気づけば毎週末紫音ちゃんが来ていて、その日を待ち遠しく思っていることに、答えはもう出ているんじゃないのか? と思うのに踏み出せずにいる。


 真剣な想いを伝えてくれたからこそ、中途半端な気持ちで返事をしたくなかった。軽い気持ちで付き合って、やっぱり違う、と別れを切り出したら紫音ちゃんがどれほど傷つくか……別れを告げられる辛さは理解しているつもりだから。


 気持ちを受け入れたとしても、紫音ちゃんは8歳も下だし、これから他にいい人と出会うんじゃないのか、という不安はずっと付き纏うだろう。それは男女関係なく、歳の差があれば思うことだから私の気持ちの問題だけれど……



「美和子は恋人とどう?」

「驚くくらい、順調」


 ゆっくり話せていなかったから、美和子と恋人の話を聞きたいなと連絡をしてみれば、ちょうど休みだったみたいで、美和子の家にお邪魔している。


「始まりとか、聞いてもいい?」

「もちろん。この前話せなかったもんね。まず、真帆ちゃんは紫音の叔母で、私の6歳上の32歳。彩那の4歳上だね。そういえば、紫音のお父さんもまだ30代とかって言ってた気がするなぁ」

「え、待って、いきなり情報量多すぎ……」


 美和子の恋人が紫音ちゃんの親戚ということもだけど、お父さんが若くて驚いた。私と紫音ちゃんも8歳離れてるんだもんね。


「はは、だよね。紫音を拾ってすぐにバーに連れていってくれたんだ。なんか、新しい人が見つかったら必ず連れてくるように、って言われてたみたいで。中には危ない人もいるしね。自分で言うのも恥ずかしいんだけど、初めて会った時から気になってくれてたらしくて……」

「この前紫音ちゃんが言ってたよね」

「うん。紫音が新しい人を見つけたら口説こうって考えてたらしくて」

「それって気づかなかったの?」

「全然。優しいのも、紫音の面倒を見ているお礼なんだろうな、って思ってた」

「なんて言われたのか聞いてもいい?」

「言われた、というか……彩那、”xyz”ってカクテル知ってる?」

「何それ? 知らない」


 アルファベットのお酒??


「私も知らなかったんだけど、”永遠にあなたのもの”って意味があるんだって。出された時に紫音もいたんだけど、物凄くびっくりしてて、美和子ちゃんが頼んだんじゃないよね? って聞いてきて。頼んでないって答えたら、今度は真帆ちゃんにいつから? 本気? って。そこからは2人で話し始めて、いい笑顔で紫音が先に帰って、そのあとキスしたら嫌じゃなくて」

「え?」


 いきなりキス?? 展開早くない?


「生理的に無理? って聞かれて、分からないって答えたら、手っ取り早く確認する方法があるよ? って。そう言われたら気になるじゃん? で、嫌だったら噛んでいいからって言われてキスされて。全然嫌じゃなかったんだ。むしろ良かった」

「わぁ……」

「真帆ちゃんってすごくモテるんだよね。カッコイイし、それを自覚してるし。実際、遊び人だったって紫音からも、本人からも聞いてる。そんな人がもう私だけにする、って事に優越感? を覚えちゃって……最初はそんな感じだったんだ。ほら、私って元々そういうチャラい人嫌いじゃないし」


 言われてみれば、確かに今までの彼氏も、なんというか、やんちゃな感じの彼氏が多かった気がする。


「友人関係のままじゃ見えないものってあると思うし、少しでもいいなって思ってるのに待たせすぎて他に行かれちゃうのも嫌だったからっていうのもあるけど……」

「……そうだよね」


他に、か……紫音ちゃんのあの笑顔が他の人に向けられると思うと、それは嫌だなと素直に思った。


「まぁ、これは杞憂だったんだけどね。真帆ちゃんから聞いた話だけど、高宮の家系って一途なんだって。この人だ、って思ったら、変わることは無いって。見つかるまでは色んな人と遊んだりもするけど、相手を見つけたらその人しか見えなくなるって言ってた。選ばれなくても、そばに居るらしいよ。激重でしょ、って苦笑してた。紫音のお父さんもそうだったんだって。きっと……いや、絶対紫音も同じだと思う。だから、どんな答えを出すとしても、焦らなくていいと思う」

「え、そうなんだ……」


 紫音ちゃんにとって、それが私だってこと……?


「もし受け入れられない、って思うなら友人関係を貫く、でもありだと思うけど、少しでも紫音をいいなって思ってくれてたらチャンスをあげて欲しいなって思ったりもする。言ってること矛盾してるかな……ごめん。同性だから、もちろん出来ないこともあるけど、いいことも沢山あるよ。この前一緒に温泉に行ったんだけど、一緒に入れたし、体調が悪い日も共感してくれるし。あとは、同性だからこそ、身体のことをよく分かってる。そういうのは同性ならではのいい所かなって。そうだなぁ……彩那も手っ取り早く、次に会ったらキスしてみたら? 何より、紫音の反応が面白そうだし?」

「ちょっと!? 途中までいい話だったのに」

「あははは、ごめんごめん」


 今日紫音ちゃんが来るのに、どんな顔して会えばいいのか……


「今日、紫音は?」

「……来る。バイトが午前中だけだから、お昼も作ってくれるって」

「尽くしてるねぇ~」


 本当に、献身的に尽くしてくれて申し訳ないくらい。そう言えば、紫音は彩那に会えるだけで嬉しいと思う、とニヤニヤしながら言われた。

 自意識過剰かもしれないけど、否定できなかった。



「彩那さん」

「ごめんね、お待たせ。お疲れ様」


 家に帰れば、紫音ちゃんはもうオートロックの前で待っていて、私を見つけるとぱあっと笑顔になって駆け寄ってきた。


「全然待ってません。会えて嬉しいです! 今日のお昼は簡単にパスタにしようかなぁ、と思ってますがいいですか? 夜は、まだ決めてないのでリクエストあれば」

「パスタいいね! リクエストかぁ……ハンバーグ食べたいかな」

「分かりました。早速食材買いに行きましょう」


 優しく微笑まれて、キュンとした。美和子が変なことを言うから、視線が唇に吸い寄せられて、慌てて目を逸らしてしまったけど変に思われてないかな?


「彩那さん、今日何かありました? 体調悪かったりします? 私だけで買い物行ってきましょうか?」

「え? ううん。大丈夫」

「……そうですか。何かあったらすぐに言ってくださいね」


 即気づかれた。よく見てるなぁ……平常心、平常心……

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