第9話 変化
「美和子ちゃんも、彩那さんもそんなに笑わなくてもいいのに……」
「ごめんね、なんか可愛くて」
「かわっ……!?」
「おおー? 紫音、照れてる?」
「うるさっ」
お店を出て、紫音ちゃんの車を停めているというコインパーキングに到着した。駐車場代を払おうとすれば、さっき1人だけ少なかったので、と全力で拒否をされて美和子と2人で笑ってしまった。
ヒモならこういう時お金出さないんじゃない? と美和子に言われると、”働くヒモなので”とドヤ顔していた。それってヒモじゃないと思うけど、紫音ちゃん的にはヒモらしい。
ピピッと音がして、大きい車のライトが点滅した。あれが紫音ちゃんの車? 思っていたより断然大きい車で驚いた。
乗ったことはあるけど、その時は寝ていたし、実際目にするのは初めて。
「どうぞ、乗ってください」
「ありがとう」
「後ろ?」
「うん。2人とも後ろの方が話しやすいでしょ」
ドアを開けてくれて、美和子が先に、私は後から車に乗り込んだ。美和子に暴露された通り、綺麗に掃除されていて、いい匂いがした。
「じゃ、出発しますねー」
「お願いします」
「よろしくー! あ、先に送って貰ってもいい?」
「うん。真帆ちゃん来るんだもんね。着いたって?」
「もう少しで着くって」
「……真帆さん?」
車が走り出せば、横に座っている美和子が先に送って欲しいと紫音ちゃんに伝えていて、紫音ちゃんが二度手間になっちゃって申し訳ないな、なんて思っていたら、聞き覚えのない名前が出てきた。
「言ってなくてごめんね。実は恋人が出来ました」
「うわ、おめでとう!」
不思議そうな私に気づいたのか、美和子が教えてくれた。真帆さん、ってきっと女性だよね? しかも、紫音ちゃんも知り合いっぽい?
「真帆ちゃんはバーテンダーなんですよ」
「えぇ、かっこいいね」
「かっこいいですよね。初めて美和子ちゃんを連れていった日から狙ってたらしいです。ね? 美和子ちゃん」
運転席から会話に混ざった紫音ちゃんは、嬉しいのか声が弾んでいる。
「あー、まぁ、そうらしいね。紫音の面倒を見ているって知っていたから控えてたけど、紫音に好きな人が出来た、って伝えたら遠慮をやめたみたいで。好きな人がいるなら、私の家を出る事になっても、もうフラフラしないだろう、って」
「ご心配おかけしてすみません……」
美和子を見れば、照れたように笑っていて、いい人なんだろうな、と会ったこともないけれど安心した。
「あれ? もしかして、紫音ちゃん美和子の家を出たの?」
「あ、そうなんです。私は家に戻ってます。まぁ、まだ数日なんですけど」
「そうだったんだ」
いつの間にか、色々変わっていたらしい。
「途中で言いかけたのがこの事で。紫音が寂しくてフラフラしないように、たまに誘ってあげて貰えないかな、って」
「フラフラしないって! 大丈夫だよ」
「1人のご飯も寂しいし、たまにご飯作りに行ったらいいじゃん」
「いやいや、私は大歓迎だけど、迷惑でしょ」
迷惑? 考えてみたけど、全然迷惑だなんて思わなかった。ただ、告白を断っておいて思わせぶりじゃない?
「彩那はどう?」
「迷惑ってことは無いし、ご飯作ってもらえるのは正直私にメリットしかないけど……受け入れるのは思わせぶりかなぁ、って」
「えっ、迷惑じゃないなら行きたいです。思わせぶりだなんて思いません」
ちょうど信号が赤になって、振り返った紫音ちゃんと目が合った。これは受け入れていいものか……
「紫音、青になったよ」
「わっ、美和子ちゃんありがとう。彩那さん、1人分作るのも味気ないですし、一緒にご飯食べて貰えたら嬉しいです。もちろん、彩那さんの都合のいい日だけでいいので」
「紫音もこう言ってるし、ご飯作ってもらえてラッキー、位でたまに一緒に食べてあげて」
「……じゃあ、お願いします」
「やった!! ありがとうございます!!」
そんなに喜んでくれるなんて、ちょっと照れる。
「紫音、ありがとう」
「いいえ。真帆ちゃんによろしく」
「伝えとく。じゃあ、2人ともおやすみ」
「「おやすみ」」
美和子の家に着いて、紫音ちゃんと2人になった。
運転も丁寧だし、安心して乗っていられる。
「彩那さん、もし眠かったら寝てくださいね。着いたら起こすので」
「大丈夫。ありがとう」
紫音ちゃんは色々と気遣ってくれて、あっという間に家に到着した。車で2人きりって気まずい雰囲気になったりしないかな、ってちょっと不安だったけれどそんなことは無かった。
「彩那さん、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそありがとう。私も楽しかった」
「あの、美和子ちゃんがいる時に話した事なんですけど……彩那さんの都合のいい時に、ご飯作りに行くので連絡下さい」
「うん。連絡するね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
オートロックを通る手前で振り返れば、車に乗らず見送ってくれていて、手を振れば嬉しそうに笑ってくれた。
きっと私が見えなくなるまで見送ってくれるつもりだろうから、オートロックを通った。
その日はお礼のメッセージを送って、やり取りが終わった。
3人でご飯を食べた日から、既に2週間が経つけれど紫音ちゃんへの連絡は出来ていない。
仕事も忙しいし、夜遅くに呼び出してご飯を作ってもらうなんてやっぱり図々しいよね、と色々考えてしまって、連絡ができなかった。私は基本的に土日が休みだけれど、紫音ちゃんは店舗だから休みがバラバラだし、余計に。
明日は土曜日だけど、午前中だけ仕事があるから来週の都合を聞いてみようかな、なんて思っていたらスマホが振動して、メッセージが届いたことを知らせた。
【彩那さん、お仕事お疲れ様です。ご飯作りに行くので、都合のいい時連絡下さい】
見計らったようなタイミングで連絡があって、電話の方が早いな、と紫音ちゃんの連絡先を呼び出していた。
『彩那さん……! こんばんは』
『こんばんは。ごめんね、今電話出来る?』
『もちろんです!! あの、連絡待ってる、って言ったのに待てなくてすみません』
弾んだ声で電話に出てくれたけど、すぐにしゅんとした声で謝られて、私が連絡していなかったせいなのに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『私が連絡できなかったから、ごめんね』
『いえ。忙しいだろうなぁ、って思ってたので……彩那さん、会いたいです』
『うん』
ねぇ、この子真っ直ぐすぎない? こんなに切実に会いたい、なんて言われたことがあっただろうか?
『ちなみに、明日は予定ありますよね?』
『明日は、午前中は仕事だけど、午後からは予定ないよ』
『本当ですか!? 明日仕事が終わってから、良かったらご飯作りに行ってもいいですか?』
『仕事終わりなのに、疲れてない?』
『大丈夫です!』
『紫音ちゃんが大丈夫なら、私は大丈夫』
『やった! じゃあ、明日行きますね』
『うん。待ってる』
食べたいものをいくつか聞かれて、時間を決めて電話を切った。
久しぶりに紫音ちゃんのご飯が食べられるのかと思うと明日が楽しみで、すっかり胃袋を掴まれてしまったな、と苦笑する。なんだか美和子の思い通りになっていそう……
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