第7話 最終日
「はぁ、はぁ……彩那さん、お待たせしました!!」
「そんなに急がなくてよかったのに。お疲れ様」
「お疲れ様、です」
昨日は仕事が終わった時に連絡をくれて、私の方が早かったから今日は少し遅めに連絡をしてくれたみたいで、電車に乗ったというメッセージを見て横になっていたソファから飛び起きた。
駅で待っていてくれるという彩那さんを待たせる時間を少しでも減らせれば、と思って走ったら体力の衰えが……つら……
「大丈夫? 帰れる?」
「もう大丈夫です」
少し落ち着くのを待ってくれていた彩那さんと並んで歩き出す。
彩那さんと一緒に家を出て、それぞれ仕事をして、同じ家に帰る。今日が最後だと思うと、寂しいな。彩那さんも同じ気持ちならいいのに。
「おかえり」
「……ただいま。彩那さんもおかえりなさい」
「うん」
このやり取りも最後か、と感傷に浸ってしまったけれど、彩那さんは気にする素振りもなく部屋に入って行ったから慌てて追いかけた。
夜ご飯を一緒に作って、美味しい、と笑顔を見せてくれた。美和子ちゃんの家に戻ってからも、たまにこうしてご飯を作りに来たらダメだろうか……?
これっきりで終わり、というのは寂しすぎる。
「あれ、彩那さん、髪濡れてますよ……?」
「あー、うん。後で乾かすー。紫音ちゃん入っておいで」
お風呂から上がった彩那さんの髪は濡れていて、タオルを首からかけていた。というか、タンクトップって、襲ってってことですか!?
……いや、落ち着け。彩那さんに限ってそれは無い。
初めは気を張っていたのか、ちゃんと髪も乾かしていたし、テキパキ行動していたけど気が緩んだのかな? もしそうなら嬉しいけど、もう少し警戒心を持ってください……
「傷んじゃうので乾かさないと」
「もう傷んでるからへーき」
「ダメですって。ドライヤー取ってくるので、ここに座っててくださいね。私が乾かすので、座っててくれたらいいので」
「えー、いいって」
彩那さんの背中を押してソファに座らせて、急いでドライヤーを取りに行く。
「熱かったら言ってくださいね」
「ん。ありがと」
自然と私が乾かす流れに持っていけたけれど、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかってくらい緊張している。
なにこれ、美和子ちゃんの時と全然違う。”勝手に比べるなー!!”って美和子ちゃんの声で再生された。なんかごめん。
この震えが彩那さんに気づかれませんように。
きっちりしていて、大人のお姉さんって感じなのに、今はこうして身を委ねてくれるってギャップが凄い。
元カレにもこうして甘えてたのかな……こんなに可愛い人を手放すなんて、信じられない。
「はい、終わりです」
「んー、ありがとう」
「いえいえ。では、お風呂お借りしますね」
「うん。行ってらっしゃい」
「はい。先に寝てくださいね。おやすみなさい」
「おやすみ」
脱衣所のドアを閉めて、その場にしゃがみこんだ。
たまに見上げてきて、ふふっと笑う彩那さんも、首筋に手が触れてくすぐったかったのかくすくす笑う彩那さんも、あまりにも可愛すぎた。
私の理性が最後まで仕事してくれますように……
お風呂から出て寝室に行けば、既に電気は消えていた。寝顔を覗きたいところだけれど、我慢我慢。
今日話せなかったから、明日の朝、また会ってくれますか? って聞いてみよう。
会えるなら2人じゃなくて美和子ちゃんが一緒でもいい。とにかく、これっきりには絶対したくないから。
「彩那さん、おはようございます。朝ごはん出来ましたけど起きられますか?」
「んー……おはよ」
「もう少し寝ます? あと10分位は寝れますけど」
「ううん。おきる」
アラームが鳴ったから声をかけてみれば、眠そうにしながらも体を起こして、ぼんやりしている。
本当に寝起きの彩那さんが可愛くてギャップ。
「紫音ちゃん、朝ごはんありがとう。美味しかった」
「良かったです」
朝ごはんを完食してくれて、美味しかった、と笑顔を向けられてそれだけで1日頑張れそう。同棲しているカップルって毎日こうなの? 幸せじゃん。
荷物をまとめて彩那さんの家を出る。彩那さんは会社へ、私はバイトへ。3日間、楽しかったな。
「彩那さん、3日間お世話になりました」
「ううん。むしろ私の方がお世話になっちゃったし……そばにいてくれてありがとう」
そう言って笑ってくれた彩那さんを見て、やっぱり好きだなぁ、と気持ちが溢れる。
「……あの、彩那さん、気づいているかもしれないですが、彩那さんのことが好きです」
「うん……ありがとう。気持ちはすごく嬉しいけど、今はまだ……ごめんね」
「はい。分かってました。彩那さんが次の恋をしてもいいかな、って思った時に候補に入れて貰えるように、頑張ります。……また会ってもらえますか?」
「うん。連絡して? 私もするし。美和子も一緒にご飯でも行こう」
「はい! 行きましょう」
繋がりが切れなかったことにホッとした。まだ2人でどこかに、っていう関係性は築けていないけど、悪い印象は持たれなかったって事だよね。
彩那さんを見送って、反対側のホームに移動する。スマホが鳴ったからもしかして彩那さんがメッセージでもくれたのかな? と思ったら海外で生活する母だった。
母が海外で仕事をすることが決まった時、高校も決まっていたし一緒に行くなんて考えられなかった。
近くで1人暮らしをしていたばあちゃんが家においでって言ってくれて、一緒に説得もしてくれた。
母は父に似た私がフラフラ遊び歩くのではないかと心配だったみたいだけど、ばあちゃんが責任もって監督するって言ってくれたことと、私からも連絡をちゃんとすることを約束して、最後には折れてくれた。
高校卒業間近にばあちゃんが亡くなってからは、喪失感が酷くて、家に1人で居ることに耐えられなくて遊び歩いていた。もちろん、母には内緒で。
ちなみに、母はバリキャリ、父は典型的なダメ男。きっと私のヒモ体質? は父に似たに違いない。
母に返事をして、ちょうど来た電車に乗り込む。今日の夜は研修で疲れて帰ってくる美和子ちゃんの好きな物を作ろう。
色々聞かれると思うけど、残念ながら何も話せるようなことがない。今度3人でご飯行こう、ってお願いしておかないとね。
「ただいまぁ~」
「お帰り。お疲れ様」
「もうめっちゃくちゃ疲れたー」
「美和子ちゃん、スーツ脱がないと皺になっちゃうよ!!」
「あー、もう動きたくない」
「はぁぁー、全く、彩那さんを見習ってよね」
「お? なんか進展あった感じ??」
帰ってくるなり、スーツのままソファにぐでーんと横になった美和子ちゃんに注意すれば、期待に目を輝かせて身体を起こした。
「進展は……」
「進展は?」
「無いっ!!」
「ないんかーい!! 期待して損したわ……」
「告白はしたんだけど、今はまだ考えられない、って」
「進展あるんじゃん!!」
「いや、でも振られたし」
「それで? 諦めるの?」
「諦めない! 3人でご飯いこうって約束したから来てくれる?」
「3人で、ねぇ。分かった。行こ」
「うん」
着替えてくる、とリビングを出ていった美和子ちゃんを見送って、夜ご飯をテーブルに並べる。喜んでくれたらいいな。
「えー、全部私の好きな物じゃん!!」
「疲れてるかなって思って」
「紫音、出来る子ー!!」
「僕は働くヒモなので!」
ふふん、とドヤ顔をすれば微笑ましげに見られた。なんでだ。
研修の話を聞いたり、彩那さんのお家での過ごし方を話したり、あっという間に時間が過ぎていった。
彩那さんと一緒にいる時のようなドキドキは無いけれど、お姉ちゃんが居たらこんな感じなんだろうなっていう安心感。
「あ」
「彩那から?」
「え、なんで!?」
「そんなにニヤニヤしてたら分かるでしょ」
スマホの通知で彩那さんって表示されただけで嬉しさを隠しきれていなかったらしい。
彩那さんはちゃんとご飯食べただろうか?
「彩那、なんて?」
「3日間のお礼を送ってて、そのお返事」
「早く会いたいです、って送ったら?」
「え!? 引かれないかな」
今日の朝会ったばかりなのに重くない??
「遊んでたくせに、ヘタレか」
「彩那さんは今までの人とは違うし」
「代わりに送ってあげようか?」
「ぜっったいダメ!!」
「もう告白してるんだし、ガンガン押さないと! もう好きじゃないのかなって思われるよ?」
「それは困る!!」
「あ、押しすぎて引かれたらドンマイ!」
「どっち!?」
「頑張れ弟よ」
「絶対楽しんでる……!」
美和子ちゃんが言うように、もう告白して気持ちは知られているわけだし、気持ちを伝えていこう。
彩那さんが次の恋をしてもいいかな、って思ってくれた時に1番近くにいられるように。
第1章 完
お読み下さりありがとうございました。第2章スタートまでお時間頂きます。
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