第6話 次の日

 仕事を終えて美和子ちゃんの家に一旦帰って、洗濯や掃除をしてのんびりしていれば、”これから帰る”と彩那さんからメッセージが入った。なんか恋人っぽくて嬉しい。


 電車を降りて、昨日彩那さんと2人で歩いた道を1人で歩く。2度目だけれど、迷うことなく彩那さんの住むマンションに辿り着いた。

 さて、彩那さんは帰ってきているだろうか?


 彩那さんの部屋番号を押して反応を待ったけれど、まだ帰ってきていないようで応答がなかった。

 駅まで迎えに行こうと来た道を引き返せば、半分くらいまで戻ったところで正面から彩那さんが歩いてきた。


「紫音ちゃん! ごめんね、待たせちゃって」


 私に気づいて駆け寄ってきて、笑顔を見せてくれた事が言葉に出来ないほど嬉しい。


「いえいえ。私が早かったので。彩那さん、お疲れ様です」

「お疲れ様。今日は突然ごめんね?」

「もう、本当にびっくりしましたよ」

「普段の紫音ちゃんが見られてよかった。カフェラテ美味しかったよ」

「ありがとうございます……」


 まっすぐ目を見て伝えられた言葉に、思わず目を逸らしてしまった。


「あ、もしかして照れてる?」

「ちょっと、見ないでください」

「かーわーいー」


 可愛いのは彩那さんの方ですけど!?


「あー、もう、早く帰りましょ!」

「はーい」


 隣を歩く彩那さんはたまに見上げて来て、その度に目をそらす私を見て笑っている。大人の余裕ってやつなのかな。私が意識しすぎなのかもしれないけど。



「お邪魔します」

「ん?」

「え?」

「紫音ちゃん、おかえり」

「あ……ただいま」

「よろしい」


 満足気に頷いてリビングに向かう彩那さんを見送って、思わずその場にしゃがみ込んだ。無理……可愛すぎるんですけど……



「紫音ちゃーん? 夜ご飯はパスタだったよねー?」

「あ、そうですー! すぐ行きます!」


 急いでキッチンへ行けば、材料を出してくれていて、すぐにでも作り始められそうだった。


「彩那さん、お風呂入ってきて大丈夫ですよ」

「……戦力外?」

「え、いや、そういう訳では……その、時間短縮になりますし」


 ちょっと悲しそうに見上げられて、言葉に詰まった。戦力外とかそういう訳じゃなくて、純粋にお風呂でゆっくりして欲しいな、って思っただけで……


「一緒に作っちゃだめ?」

「……っ、だめじゃないです」


 むしろ大歓迎です!! 良かった、と嬉しそうに笑ってくれた彩那さんが可愛すぎるのはどうしたらいいのでしょうか? 


 身長差があるから常に上目遣いだし、帰ってきたばっかりなのにこんなにも可愛さが溢れていて、私の心臓は持つのだろうか……



「紫音ちゃんって、本当に料理上手だよね」

「ありがとうございます」

「美和子がこんなに美味しいご飯を今まで食べてたとは」

「いつでも食べに来てください」

「ありがとう」


 ご飯を食べ終えて、洗い物をしてくれていた彩那さんに褒められた。料理を教えてくれたばあちゃんも喜んでくれているといいな。

 食べに来てください、って言っても私の家じゃないけど、同期だし問題ないよね。うん、きっと無いはず。


 一緒に料理をして、ご飯を食べて、同じ部屋で寝て、と同棲気分を味わえているこの3日間を提供してくれた美和子ちゃんに何度目か分からない感謝をした。美和子ちゃんの家に帰るまでに、残された時間で、少しでも意識して貰えるようになればいいな。


「よし、終わり。紫音ちゃん、お風呂先に入る?」

「いえ。彩那さんの後にお借りします」

「分かった。入ってきちゃうね」

「ごゆっくりどうぞ」


 彩那さんが出るまで暇だし、ソファに座って動画でも見ていようかな。



「……ん、しおんちゃん」

「うん」

「ふふ、寝ぼけてる?」

「えっ、うわっ!? え、なんで……!? すみません!!」


 彩那さんを待っている間に寝てしまったみたいで、何故か私は彩那さんの肩を枕にしていた。

 寝起きでぼんやりしていて、見上げた彩那さんの表情が優しくて、キスしたいな、なんて考えてしまってハッとした。


 お風呂上がりの彩那さんが隣に座って、私が寄りかかっちゃったんだと思うけど、どれくらい寝ていたのか……


「このまま寝せてあげた方がいいかなって思ったんだけど、お風呂まだだったから起こしちゃった」

「本っ当にすみません……ありがとうございます。お風呂お借りします」

「うん。お風呂で寝ないようにね?」

「気をつけます。私のせいで遅くなっちゃいましたし、先に寝ててくださいね」

「うん。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 彩那さんは寝室へ、私はお風呂場へと歩きながら改めて思う。彩那さんが可愛すぎる。

 至近距離で笑いかけられて、寝起きの私には刺激が強すぎた。


 お風呂にゆっくり入らせてもらって、気持ちを落ち着かせよう。昨日と同じで、落ち着けない気もするけれど……



 寝ている彩那さんを起こさないように布団に入って、彩那さんに背中を向けて目を閉じる。

 すぐそばに好きな人が寝ているっていう状況は辛いものがある。少しの物音にも過剰に反応してしまって、今日もあまり眠れなそうだな、と寝不足を覚悟した。


 目が覚めてスマホを見れば、アラームが鳴る5分前だった。起き上がってベッドを見れば、可愛らしい寝顔を見ることが出来て朝から幸せな気持ちになる。昨日は反対を向いていて見られなかったからな……

 ずっと見ていたかったけれど、朝ごはんの用意をしようと誘惑を振り切って寝室を出ることに成功した。


 ご飯を作り終えたけど、昨日彩那さんが起きてきた時間を過ぎても起きてこない。寝坊かな……?


「彩那さん、時間大丈夫ですか……?」

「んぅ、もうちょっと」

「昨日と同じ時間に出るならそろそろ起きた方が……」

「うん」


 薄ら目を開けたと思ったらまた目を閉じちゃったけど、どうすれば……? 彩那さんって朝弱いのかな? お泊まり2日目で少しは気を許してくれたのかも、と思うと嬉しい。


 もう一度起こすべきか悩んでいれば、スマホのアラームが鳴った。見えてしまった画面には、スヌーズの文字。


「彩那さーん、アラーム鳴ってます」

「ありがと……ねむ……」

「かわい……」


 このギャップ、堪らないんですけど……

 身体を起こして、眠そうに目を擦っている彩那さんは幼くて、普段の大人のお姉さんとのギャップが凄い。

 普段も可愛いけれど寝起きの彩那さんは特に可愛い。

 朝起こすことなんて付き合っていたりしないと出来ないだろうし、美和子ちゃんありがとう……!


「紫音ちゃん、そんなに見られると恥ずかしいかな」

「わっ、すみません!!」


 可愛いなって見てたらすっかり目が覚めた彩那さんに苦笑されてしまった。寝起きをまじまじと見られるのは嫌だよね。反省……


「ご飯作ったので、向こうで待ってますね!」

「そんなに慌てなくてもいいのに。ありがとう」


 逃げるように部屋を出れば、くすくす笑う声が聞こえた。



「今日も美味しい」

「喜んでもらえて良かったです」


 簡単な朝ごはんだけど、こんなに喜んでもらえるなんて嬉しいな。自分の朝ごはんは早めに食べ終えて彩那さんを眺めることにした。もちろん、こっそりと。


 明日は美和子ちゃんの家に帰るから、こうして過ごせる時間もあと少し。

 別れたばかりで、次の恋人を、なんていう気持ちじゃないだろうし今はこのくらいの距離感がいいと思いつつも、もっと意識してもらいたいって気持ちもある。


 明日の朝まではお世話になる訳だし、気持ちを伝えるのは今じゃない。今伝えて振られたら今日の夜とか気まずすぎるもんね。


「おーい、紫音ちゃん?」

「はっ!?」

「ボーっとしてたけど、大丈夫?」

「はい! 大丈夫です! 元気です!」

「ふふ、元気ならいいんだけど」


 咄嗟だったとはいえ、元気ですはないわ……

 彩那さんにも笑われたし。でも可愛い笑顔が見れたから良かったって事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る