第2話 理由

 美和子ちゃんとお酒を飲み始めて、色々聞かれるな、と構えていたけれど今のところそんな様子はない。


「紫音さ、惚れた? タイプでしょ」

「ーっ!? ごほっ……げほっ……なっ……いきなり何!?」


 2本目を開けて口に含んだところで、美和子ちゃんから放たれた言葉に思いっきりむせた。なんでタイプだって分かったの? 鋭すぎて怖い……


「少し飲んでからの方がいいかなって見計らってた。で? どうなの?」

「正直、めちゃくちゃタイプ。でも、相手いるでしょ」

「いや、フリーよ」

「え、そうなんだ?」


 こんなに可愛いし、きっと相手がいるんだろうな、って勝手に思ってたけど、居ないの?


「気になる?」

「気になるけど、ちゃんと本人から聞く」

「そ。私は応援するからねー」


 そんなに楽しそうにしないで欲しい。心配してくれるのは素直に嬉しいけど。


「うぅ……気持ち悪……」

「彩那、おはよう。ここは私の家ね」

「美和子、ごめ……トイレ貸して」

「どうぞー」


 美和子ちゃんと話していたら煩かったのか彩那さんが目を覚まして、フラフラとトイレに向かって行った。場所を知っているみたいだし、初めてじゃないんだね。私は会った事がないから、少なくとも半年以上前かとは思うけど。



「彩那平気?」

「もう大丈夫! これ、飲んでいい?」

「飲め飲めー! 飲んで忘れよ!」

「あー、もう、明日起きたら全部忘れてたいわ、本当に」


 戻ってくるなり、スッキリしたのかテーブルに置いてあったビールを手に取り、一気に飲み干した。あれ、私これ居て大丈夫?



「あのー、美和子ちゃん? 私向こうに行ってようか?」

「あ、ごめん。彩那、今日話した同居人の紫音ちゃん」

「彩那さん、初めまして。高宮 紫音です」

「横川 彩那です……醜態を晒してしまいごめんなさい……」


寝ていてわからなかったけど、目力が強い。じっと見られると引き込まれる……


「えっ、いえ、全然!! 可愛かったです!」

 

 あ、返事間違えたかも……黙ってしまった彩那さんの機嫌を損ねたのかとおろおろしていると、美和子ちゃんが笑いながら間に入ってくれた。


「紫音、チャラいー!」

「うっ、ごめんなさい……」

「彩那、まだまだアイツに文句あるだろうし、紫音には外してもらう?」

「ううん、迷惑かけたのは私だし、むしろ私がお邪魔してる訳だし。紫音ちゃんが嫌じゃなければ居てもらって大丈夫。楽しい話じゃないけど……」

「紫音、どうする? 彩那の言う通り、全く楽しい話じゃないけど」

「居てもいいなら、一緒に飲んでもいいですか?」

「もちろん」


 彩那さんが笑顔でOKしてくれたから一緒に飲むことになったけど、話を聞いて驚いた。

 今日、彼氏に振られたらしい。遠距離になって別れた元カノが転勤で戻ってきたとかで再燃したんだって。

 それは不機嫌になるわ。むしろこの程度で済んでいるのが凄いと思う。

 結婚に向けて親への挨拶も済んでいたって、それって婚約してたってことじゃないの?? 

 私ならそんなこと絶対にしないし、大切にするのにな。って、会ったばっかりなのに何考えてるのか……



「あー、やめやめ、私の話ばっかりでごめんね。なんか楽しい話しよ」

「楽しい話ねぇ……紫音の話なんてどう?」


ニヤリ、と笑って私を指さす美和子ちゃん。私に何か恨みでもあります……?


「美和子ちゃん!?」

「そうだなぁ……じゃあ、紫音ちゃんがなんで美和子の家に住むことになったのかって聞いても大丈夫?」

「えーと、まぁ、色々ありまして?」


 なんて言ったら良いのかな。拾われた、だとなんか色々アレだよね……


「紫音はねー、車で寝泊まりしてたから、危ないでしょ、って拾ってきた」

「……はい?」


 あ、拾ったって言っちゃうんだ。いい感じに酔っ払った美和子ちゃんの説明に首を傾げる彩那さん。そうだよね。そうなりますよね。


「お世話になってたお姉さんに恋人ができて、広い家に1人で居たくない、って車で生活してたんだよね。うちに来てから、やっぱり忘れられないとかで戻ってきてってなって、私が恋人だって思われて修羅場だったよねぇ。いやぁ、あの時は大変だったね」

「ノリノリで彼女役演じてたのによく言うよ……てか美和子ちゃん酔いすぎ……」


 さっき応援してくれるって言ってたよね?? 変な印象持たれたらどうしてくれるの?? 全部事実なんだけどね……!


「こういうのは初めのうちに言っておかないとね! 紫音は天然タラシだから」

「え? そんな事ないよね??」

「天然タラシ、というか年上キラー? お客さんも紫音目当ての人結構居るからね」


 美和子ちゃんは私の味方ですか? 敵ですか??


「ふふ、紫音ちゃん年上キラーなんだ?」


 待って? そのいたずらっ子みたいな笑顔、やばっ! かわい…… 

 さっきのちょっと睨まれてるのかなってくらいの顔も美人だったけど、こうやって笑うんだ。


「うわ、えっと、そんなことは……」

「あははっ、紫音タジタジじゃん! おもしろっ!」

「美和子ちゃん、ほんと勘弁して……」


 私と美和子ちゃんのやり取りをベッドに腰掛けて楽しそうに眺める彩那さんが可愛かった。



「美和子、これ貰ってもいい?」

「いいよー」


 お酒以外もあった方がいいだろう、と買っておいたペットボトルのお茶を開けようとしているけれど、開かないのか苦戦している。たまに開かないやつあるよね。


「彩那さん、貸してください。……はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 蓋を開けて彩那さんに渡せば、美和子ちゃんが呆れたように見てくる。何??


「紫音、そーいうとこだよ?」

「え? どういうとこ??」

「天然タラシだわー」


 蓋を開けてあげたこと? それくらいでこんな風に言われるのは納得いかない。 


「自分の顔自覚しな?」

「いや、訳わかんない」

「……そ」


 なんかため息つかれたけど、まあいいや。飲も。


「もういい時間だね。彩那、先にお風呂入る?」

「紫音ちゃんは?」

「あ、迎えに行く前にシャワー借りてます」

「そうなんだ。美和子の後でいいよ」

「じゃ、先入ってくるわ。紫音、彩那が可愛いからって襲っちゃダメだからねー」

「はっ!?」


 ……はい!? 私が彩那さんを?? いやいや、襲いませんけどっ!! 手をヒラヒラさせて部屋を出て行ったけど、この空気どうしてくれんの!?

 気まずすぎる……美和子ちゃんお風呂長いけど、今日はさすがに早く出てきてくれるよね? ね??


「なんか、すみません」

「何が?」

「いや、美和子ちゃんが変なことを……」


 これで距離を取られたりしたら泣く……手持ち無沙汰になって、お酒を口に含んだ。


「ああ。私、襲われちゃう?」

「げほっ、なにを……っ」


 お酒を吐き出すところだった……なんとか飲み込んだけど、苦しい。


「ふふっ」


 うわ、大人のお姉さんって感じ……美和子ちゃんと同い年だとしたら6歳上?

 焦る私を見て笑ってるけど、絶対楽しんでますよね?



「いやいや、襲いませんって!! あの、彩那さんって美和子ちゃんと同い歳ですか?」

「ううん。美和子の2歳上」


 あからさまな話題転換にも嫌な顔せず応じてくれて優しい……そして、美和子ちゃんより2歳上だった。


「あ、そうなんですね。若く見られませんか?」

「見られる……紫音ちゃんはいくつ?」

「……20歳です」

「えっ、そんなに若いんだ。落ち着いてるし、歳上に見られるでしょ?」

「はい」


 若さがない、ってよく言われる。特に美和子ちゃんに。


「バイトはどう?」

「まだ半年ですが、やっと慣れてきたかな、と思ってます」

「そっか。今度飲みに行くね」

「えっ、緊張します……」


 彩那さんは店舗ではなくて本社勤務らしいけれど、店舗での実務経験はあるはずだし、社員さんに飲んでもらうのは緊張するんだよね……


「普段通りの紫音ちゃんを見せてくれたらいいから」

「頑張ります……」


 彩那さんが来てくれるまでに少しでも美味しいドリンクを作れるように頑張ろう。

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