第14話 空気

 日曜日。待ち合わせ場所である狩田かりた駅の通路に着くと、すでに高梨さんが来て待っていた。


 時刻は八時を少し回ったところ。待ち合わせ時間は八時半なので、彼女がいつからいるか分からないが大分早い到着である。


「おはよう。早いね」

「おはよう。遅れるよりはいいと思って、少し早く来ちゃった」


 その気持ちは僕も分かる。実は僕も、今日はいつもより十分ほど早く待ち合わせ場所に到着している。別に自分が告白するわけでもないのに、なんだろう、この妙な緊張感は……。


 ん?


「それ、付けてきたんだ」

「うん。イヤリングは絶叫系に乗った時に落ちちゃうと嫌だったから、ペンダントだけ」


 今日の高梨さんの格好かっこうは、胸元にロゴの入った白いTシャツに水色のロングスカート、そして首元には僕がプレゼントしたペンダントが。


「ありがとう。うれしいよ」

「どういたしまして」

「……」

「……」


 二人の間に変な空気が流れ、なんとなく同時に視線を下に落とす。


 そしてどちらともなく顔を上げ――


「あはは」

「うふふ」


 顔を見合わせ笑う。


「ねぇ、今日のチケット代、本当にもらっちゃって良かったの?」

「いいよ、別に。そもそも、こっちはあいつの勝手に付き合わされてる身なんだから」


 当日にやり取りすると神村さんに怪しまれるという事で、チケット代は前もって東寺から二人分受け取ってあった。その半分をすでに高梨さんには渡してある。


「なんか悪いわね」

「全然気にする事ないよ。それより今日は僕らも楽しもう」


 今日の僕らのミッションは、東寺のサポートをしつつ自然な態度を心掛ける事だ。まぁ、心掛けている時点で不自然さはどうしても出てしまうのだが。


「それより、久しぶりの遊園地だから、はしゃぎ過ぎて当初の目的忘れちゃうかも」

「いいんじゃない、それでも。その時はその時って事で」

「そうね。何かを勘付かれるより、そっちの方が百倍マシよね」

「そういう事」


 今日頑張るのは、あくまでも東寺であって僕らではない。なので、必要以上に気負う必要はないし、当然ながら責任を感じる必要もない。もちろん、上手く行って欲しいという気持ちはある。しかし、結局最後はお互いの気持ち次第、外野がどうにか出来るものではないだろう。


「ねぇ、晃樹君は告白された時どうだった?」

「……」


 それを本人が聞くのか。まぁ、いいけど。


「信じられないっていうのが一番だったかな。高梨さんと接点ないし、可愛いし。高嶺たかねの花、みたいな? とにかく、びっくりしたよ」

「びっくり、だけ?」

「……もちろん、嬉しかったよ。これでいいだろ」

「うん。ありがと」


 たく、こんなバカップルみたいなやり取り、誰か知り合いにでも見られたら――


「ねぇ、見て東寺。バカップルがいるよ」

「ホントだな。付き合いたてで、周りが見えなくなってるんじゃないか。なげかわしい」


 ばっちり見られていた。


「というか、いつの間に?」

「信じられないのが一番とか言ってる辺り?」


 言いながら、神村さんが首をかたむける。


「声掛けてよ」

「えー。だって、二人の空気作ってるのに、間に割って入る事なんて出来ないよ」

「馬にられるのは御免ごめんこうむりたいからな」


 二人そろって、うんうんとうなずく神村さんと東寺。


 息ぴったりじゃないか。まさに、お似合いのカップルというやつだな。とっととくっ付いてしまえと周りが言う気持ちがよく分かる。


「改めて、おはよう二人共」

「おはよう。いい天気になって良かったな」


 それぞれ挨拶をする神村さんと東寺に、僕達も「おはよう」と挨拶を返す。


「わぁー、高梨さん可愛い」

「そう? 神村さんもとても可愛らしいわよ」


 テンションMAXの神村さんに若干押されつつ、高梨さんもなんとかそれに応じる。


「今日はホントありがとな」


 そのすきを突き、東寺が僕の隣に並び小声でそう言ってくる。


「まぁ、どうせ暇だったしな」

「暇って。付き合いたてなのに、それでいいのか」

「うるせー。これから予定作るつもりだったんだよ」

「さいですか」


 こいつ……。


「あー。男子二人がなんか内緒話してる」

「「!」」


 声のした方に視線をやると、いつの間にか神村さんが僕達の側に立っていた。


 高梨さんに気を取られていると思って、完全に油断していた。


「別に、内緒話なんてしてないよ」


 反射的に答えた事もあり、我ながら下手な返しをしたものだと思う。


 こういう返しをする奴は、十中八九指摘された事をしている。間違いない。


「ホントー? 怪しいなぁ」


 案の定、神村さんに怪しまれてしまう。


 しかし、この反応を見るに、どうやら神村さんは僕達の会話を一切聞いてなかったようだ。


 よし。これなら。


「実は、トウジが神村さんの格好可愛いなって」

「な!」

「え?」


 僕の発したその場の思い付きの出まかせに、東寺と神村さんがそれぞれ違うテイストの驚きの声を上げる。


 実際、今日の神村さんの出で立ちには、高梨さんとはまた違う可愛さがあった。


 ベージュのセーターに黒い革製のショートパンツという組み合わせは、神村さんの表情も相まって見る者に活発な印象を与える。


 どちらがいいという話ではなく、どちらも可愛くまた似合っていた。


「東寺ったら、そんな事言ってたの」


 にやけ顔で東寺に顔を近づける神村さん。


 その様子は、まるで獲物を見つけたハンターのようだった。

「いや、ちが――」


 咄嗟とっさに否定し掛けた東寺たったが、僕の顔を見て途中でその言葉を慌てて飲み込む。


「……まぁ、言ったかもな」

「へー。東寺がねぇ」


 素直に認めるとは思っていなかったのか、神村さんの声のトーンが変わる。


「なんだよ……」

「ううん。ありがと」

「おぅ……」


 嬉しそうにお礼を言う神村さんと、照れながら返事をする東寺。


 この二人、本当に付き合ってないのか? 実はだまされてないか、僕達。……まぁ、そんなメリット東寺にはないから、完全に考え過ぎなんだけど。

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