第15話 入園

 電車とバスを乗り継ぐ事およそ五十分。ようやく目的地が見えてきた。


『グリームフォレスト』――きらりと輝く森という意味のその遊園地は、名前の通り木々に囲まれ、園内にもたくさんの植物が植えられている。


 受付でチケットを買い、ゲートをくぐる。


 早い時間に来たお陰で、比較的スムーズに園内に入れた。


「まずどこ行く?」


 居ても立っても居られないといった様子で、神村さんが体を動かしながら、そう僕達に聞いてくる。


「落ち着け」

「いてっ」


 そんな神村さんの頭に、東寺がチョップをくらわす。


「何するんだよー」

「お前の落ち着きがなさ過ぎるからだ」

「遊園地で落ち着けって方が無理でしょ。ねぇ、高梨さん」

「え? うん。そう。そうね」


 急に自分に話を振られ、高梨さんが慌ててそう返事をする。


「ほら、高梨さんもそうだって」

「お前に言わされたんだろ」

「違うって。違うよね、高梨さん」

「別に無理に合わせなくてもいいんだぞ」


 二人の間で板挟みになり、どうしたものかとあわあわする高梨さん。


「二人共落ち着け」


 高梨さんの頭に手を置き、助けに入る。


「晃樹君」


 こちらを見上げる高梨さんに視線で返事をし、再び幼なじみコンビに目を向ける。


「まずはパンフ見ようぜ。で、それぞれの行きたいとこを出し合っていこう」


 言いながら僕は、ゲートを通る時にもらったパンフを広げてみせる。


「ごめん……」

「すまん……」


 まるでシンクロするように、同じような感じで頭を下げる幼なじみコンビ。

 本当に息ぴったりだな。


 その後、一人ずつ行きたい所を上げていき、行く順番を決める。時間的に昼時までに回れるアトラクションは四つが限界だろうという事で、まずは一人一つずつだ。


 高梨さんがジェットコースター、神村さんが乗船系、東寺がフリーフォール、僕がライド系と、皆気をつかったのか見事にバラバラの選択となった。まぁ、絶叫系を三つも四つも続けられても持たないので、結果的には良い選択となったのではないだろうか。


「位置関係からすると、高梨さんのやつ行って、東寺のやつ行って、神村さんのやつ行って、最後に僕のやつって感じかな」

「うん。それがいいね」

「異議なし」

「私もそれでいいと思う」


 神村さん、東寺、高梨さんの順に、各々から賛同の言葉が返ってくる。


「よし。じゃあ、行こうか」


 いつの間にかパンフ係になってしまった僕と高梨さんが二人並んで先行し、その後ろを神村さんと東寺のコンビが付いてくる。


すごいわね、晃樹君」

「何が?」

「収拾付かなそうになってたのに、すぐ場をまとめて」


 なんだ、その事か。


「まぁ、なんやかんや言っても、付き合い長いからね。東寺はもちろん、神村さんとも」


 東寺とは小三からの付き合いだし、彼の幼なじみという事で神村さんとも中学に上がる頃には普通に話す関係になっていた。


「ねぇねぇ、高梨さん」

「な、何?」


 背後からにゅーっと現れた神村さんに、高梨さんが戸惑いながら対応する。


「高梨さんは、海野君のどこが好きで告白したの?」

「え? それは……」


 言いながら、高梨さんが僕の事をちらっと見る。


「一目惚れ、かな? こう、ビビッときたみたいな?」


 まぁ、嘘は言ってないな。ビビッときた方向性が、高梨さんの場合、一般のそれと大分乖離かいりしてはいるが。


「きゃー。素敵―」

「神村さんにはそういう人いないの?」

「!」


 背後で、東寺の体がびくりと動いたのを気配で感じる。


 東寺にとっては、その質問の答えを聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちだろう。


 なんにせよ、今日の状況を考えると高梨さんのした質問は少しリスキーで、下手をしたら東寺が告白する前に全てが終わる可能性すらある。


 果たして、神村さんの答えは―


「私? ないない。今は部活一筋っていうか、百二十パーセントの力で頑張らないとレギュラー取れないから、他に気持ち割いてる余裕ないんだよね」


 これは……。


 東寺以外の名前が出なかったのは不幸中の幸いだが、内容としてはかなり厳しい事を言われたような……。東寺のやつ、大丈夫か?


 様子を探ろうと、東寺の方を見る。


「……」


 何やら考えているのか、難しい顔をする東寺。


「おい」


 隣に並び、肩をぶつける。


「晃樹か。どうした?」

「どうしたじゃねーよ。ここ。眉間みけんにシワ寄ってる。そんなんじゃ怪しまれるぞ」


 自分の眉間を指差し、僕は東寺にそう忠告をする。


「と、悪い。ちょっと考え事してて」

「気持ちは分からんでもないが、実際にチャレンジしてみないと、分からない事もあるだろ?」

「え? いや、違う違う。別に、今のでショック受けたとかじゃないから。ただ自分の気持ちを再確認してたというか……そんな感じ」


 少なくとも僕には、東寺が嘘を言っているようには見えなかった。


「なら、いいけどさ」

「おーい。二人共」


 声のした方を見ると、少し離れた所で高梨さんの隣に並んだ神村さんが、僕達に向かって手を振っていた。


 どうやら、いつの間にか女性陣と距離が出来ていたようだ。


 僕と東寺は慌てて、二人の元に向かう。


「ちょっと何やってるの。歩くの遅いよ」

「ごめんごめん。少し東寺と話し込んじゃって」

「そうそう。急に晃樹が高梨さんとの惚気のろけ話してきてさ。ホントまいっちゃったよ」

「おい」


 抗議の視線を向けると、東寺はまるで駅でのお返しだと言わんばかりの、笑みをその顔に浮かべていた。


「え? どんな? 私も聞きたい」


 さて、当人を目の前にして口に出来るその手の話はあったかな。……まぁ、これなら別に話しても大丈夫か。


「実は今日高梨さんがしてるペンダント、僕がプレゼントしたものでさ。付けてきてくれて嬉しいっていうような話」

「え? そうなの?」


 よし。神村さんの注意が、僕達から高梨さんの胸元に移った。高梨さんには悪いけど、これでこの場は乗り切れる。


「あ、うん。そうなの。先週の日曜日に、一緒に出掛けて晃樹君に買ってもらったの」

「そっか。いや、素敵なペンダントだなとは思ってたんだ。まさか、海野君からのプレゼントだったなんて」


 言いながら、身を乗り出すようにペンダントを見る神村さん。


「……」


 その行動に、高梨さんは少し恥ずかしそうにしている。


 同性とはいえ胸元に顔を近付けられているのだから、女性としては当然の反応だろう。


「あの、神村さん、そろそろ……」

「あ、ごめんなさい。とても素敵な物だったから」


 そう言われて贈った僕として悪い気はしないが、今の行動はそれだけが理由ではないように思えた。


「好きな人からのプレゼントだなんて、ホント憧れちゃうなー」


 なるほど。じっと見ていた理由はそちらの方だったか。


「ごめんごめん。行こうか」


 自ら気持ちを切り替え、神村さんが最初のアトラクションに向かって歩き出す。


 程なくして、僕達もその後に続く。


 高梨さんの選択したアトラクション、『ワインディングツリー』はもう目の前だった。

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