第13話 友達

 東寺はどうにか神村さんを誘えたようだ。


 どうやら、この件は僕から言い出した事になっているようで、昼食を終え教室に戻るなり神村さんから何やら生温かい眼差しを頂戴ちょうだいいてしまったが、貸し一つという事で今回は手打ちとした。


 ちなみに、遊園地に行く事自体は二人分のチケット代を払ってもらうので、僕の中ではそれでチャラになっている。


 帰りのホームルームが終わると、教室がにわかに騒がしくなり始める。


 やはり、授業からの開放感が、大半の生徒の気分を高揚こうようさせているのだろう。帰宅をせず教室に残っている者達の顔は、そのほとんどがほころんでいた。


 さて、帰るか。


「途中まで一緒に行こうぜ」

「あぁ」


 声を掛けてきた東寺と肩を並べ、教室を後にする。


「ホント助かったよ。サンキューな」

「気にするな。チケット代出してもらうしウィンウィンの関係だろ」


 話の脈絡がなく何に対する礼か分からなかったが、おそらく遊園地の件だろうと思い、返事をする。


「おう。折角二人に協力してもらうんだ。絶対決めるぜ、俺は」

「気負い過ぎてヘマするなよ」

「それは……分からん。実際にその場になってみないと」


 そんな台詞せりふがこいつの口から出るなんて、がらになく緊張しているらしい。


「ダメだったら、残念会開いてやるから」


 なので、そんな空気を振り払うように、あえて茶化ちゃかしてみる。


「おい。縁起でもない事止めろ」

「うそうそ。絶対成功するって。大丈夫大丈夫」

「安易なはげましも止めろ」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ」


 ワガママなやつだな。


「まぁ、とにかく、何か協力して欲しい事があったら言ってくれ。出来る限り力になるから」

「晃樹、お前……」


 うるんだ目で見るな。気色悪い。


 大体、一緒に遊園地に行くからには、絶対に成功してもらわないと困る。仮にフラれでもしてみろ、間違いなく空気が悪いどころの話じゃなくなるぞ。……そんな状況、考えただけでもぞっとする。


「そういやお前、高梨さんとはどうなんだよ」

「どうって、何が?」


 質問が抽象的過ぎて、何をどう答えたらいいのか分からん。


「デートとかはしたのかよ」


 若干ほお赤らめながらそんな質問して、小学生か。


「まぁな。昨日、駅前をぶらっとしてきた」

「このリア充め」


 親のかたきでも見るような目で見られてしまった。


「お前が聞いてきたんだろ」


 理不尽極まりないな、ホント。


「冗談だよ。順調そうで何よりだ」

「順調って、まだ付き合い出して一週間ってとこだぞ。順調も何も全てはこれからだろ」


 こんな最短で不協和音が生まれるようなら、そんなやつらは初めから付き合わない方がいい。……と、それはさすがに言い過ぎか。とにかく、僕達の関係はまだ始まったばかりだ。


 階段を二つ降り、少し歩いた所で東寺と別れる。


「じゃあ、また明日」

「おう」


 渡り廊下の方に去っていく東寺の背中を見送ると、僕は視線を教室のある方に向けた。


 高梨さんが先に来ていれば、大体いつもこの辺りで待っている。いないという事は、まだ教室にいるのだろう。


 待つ事数分、ようやく待ち人が来た。


「お待たせ。ちょっと、クラスメイトに捕まっちゃって」


 高梨さんは人気者だ。彼女に用がある生徒はそれなりにいるだろうし、用がなくても話し掛けたいと思う生徒はそれ以上に多くいるだろう。


「行こうか」

「うん」


 高梨さんをうながし、一緒に昇降口に向かって歩き出す。


「神村さん、ちゃんと誘えたみたい」

「そっか。じゃあ、後は成功するのを祈るだけね」

「……きっと上手く行くさ」

「晃樹君にとって大事な人なのね。彼、彼女、それとも両方? けちゃうわね」


 そう言うと高梨さんは、心地のいいほどはっきりした作り笑いをその顔に浮かべた。


「冗談、だよな」

「どうでしょう? うふふ」


 怖っ。これ以上の深追いはよそう。損こそすれ得はしなさそうだ。


「トウジとは小学校の頃からの仲で、なんやかんや言っても一番長い付き合いだから……」


 実際に口に出すのは恥ずかしいけど、あいつの思いがむくわれて欲しいと心から思う。


うらやましいわ。私にはそういう友達いないから」

「え? そうなの?」


 意外だ。あれだけたくさんの生徒にしたわれているのに……。いや、慕われているからこそ、なのか。……というか、もし素があれだったら、とてもじゃないが人前で出すわけにはいかないか。高梨氷菓ひょうかのイメージ完全崩壊だ。


「何か変な事考えてない?」

「いえ、全然、まったく、これっぽちも、一ミリたりとも考えてませんよ」

「……まぁ、いいわ」


 よし。なんとか許された。


「小さい頃にちょっとショックな事があって、それ以来、人付き合いが苦手になったの。本音を見せられなくなったというか、浅く広く付き合うようになったというか……。だから、本当の友達と呼べる人は、今の私には一人もいないわ」

「そう、だったんだ……」


 こう言ってはなんだが、高梨さんもそれなりに苦労しているんだな。遠目で見ていた頃には、本気で苦労という言葉とは無縁な人なのかと思っていた。……そんなわけないのは、少し考えれば分かるのだが。


「だから、買い物や遊びには、いつも従姉いとこに付き合ってもらうの。従姉は私にとって本当のお姉ちゃんみたいな存在で。今は家を出て、その従姉の住むアパートに居候いそうろうさせてもらってるの」


「じゃあ、今はその従姉さんと二人暮らし?」

「そう。華の女子大生と二人暮らし。羨ましい?」

「何言ってんだか」


 女子大生と二人暮らし。確かに、字面じづらだけ見ると素敵な響きだ。まぁ別に、女子高生と二人暮らしでも……いや、何考えているんだ、僕は。


「ねぇ、晃樹君はどこの大学行くつもりなの?」


 女子大生というワードが出たからか、ふいに高梨さんがそんな事を聞いてくる。


「具体的にはまだ。やりたい事も見つかってないし」

「そう。決まったら教えてね」

「まさか同じ大学にするとか言わないよな」


 そもそも、僕と高梨さんでは頭の出来が違うし、専攻している分野も違う。普通に考えたら。同じ大学に進学する確率は少ないだろう。


「決まったら教えてね」


 満面の笑みで同じ台詞を吐かれてしまった。


「……」


 進学先はちゃんと選ぼう。そんな当然の事を、僕は改めて心に誓うのだった。

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