第20話 過去

「ここ、どこ……?」


 辺りを見渡し、僕はつぶやく。


 知らない場所だった。当たり前だ。ここには初めて来たのだ。言ってしまえば、この場所のほとんどが知らない場所であり、もっと言えばこの市のほとんどが知らない場所だった。


 日曜日。学校も仕事も休みという事で、僕はお父さんとお母さんに連れられ、家から遠く離れた大きな公園に来ていた。


 そこには大きなドラゴンがたくさんいて、その上に乗れたり滑れたりする、そんな夢のような場所だった。


 夢のような場所。


 だから僕は、遊ぶのに夢中になり過ぎてはぐれてしまった。お父さんとお母さんと。


 見知らぬ場所を一人で歩く。


 周りに見えるのは木々と芝ばかりで、自分が最初にいた場所からどのくらい移動したかすら分からない。もしかしたら、同じ場所をグルグル回っているだけなのかもしれない。そう思えるくらい、同じような景色がずっと続いていた。


「おとうさん、おかあさん……」


 いくら呼ぼうと声は返ってこない。


 このまま一生会えないんじゃないか。そんな嫌な想像が頭の中を駆け巡る。


 怖い。助けて。誰か。


「え?」


 瞬間、天地が引っくり返った。そして、背中からどこかに激突する。


「っ!」


 痛い。


 もう、なんだって言うんだ。今日は踏んだりったりの一日だ。こんな事になるなら、公園になんて来ず、家にこもっていた方が何倍もマシだった。帰りたい、家に。


「大丈夫?」


 声のした方に視線を向けると――


 天使がいた。


 白いワンピースに身を包んだ、可愛かわいらしい女の子。


 年は僕と同じくらい。髪は黒く長い。そして可愛い。大事な事なので、二回言った。それぐらい可愛かった、目の前の女の子は。


「あの……」


 僕が何も答えなかったからだろう、女の子が更に心配そうにまゆを下げる。


「え? あ、ごめん。大丈夫」


 嘘ではない。下が芝だったためか、痛みは最初の一回だけでその後は然程さほど感じなかった。


「よっ」


 女の子を安心させようと、僕は必要以上に大げさな動きで起き上がる。


「ほら、平気」

「ホント? 良かった……」


 僕の様子を見て、女の子がほっと胸をで下ろす。


 体に付いた汚れを払う。


 完全には綺麗きれいにならなかったが、どうせ今日は汚れてもいい服で来ているし、これぐらい別にいいだろう。


「君は?」


 芝をある程度払い終えたところで、改めて女の子と向き合う。


「あ、私は****です」

「僕は海野うみの晃樹こうき。よろしく」


 女の子が名乗ったので、僕もそれにならって自分の名前を告げる。


 見た目通りの可愛らしい名前だ。


「****ちゃんはどうしてここに?」

「私は……お父さんとお母さんとはぐれちゃって」


 口にして思い出したのか、****ちゃんの瞳に見る見る涙が溜まっていく。

「僕と一緒だ」

「え?」

「僕もはぐれちゃったんだ、家族と」


 言って、僕はにぃっと笑う。****ちゃんを安心させるために。


「あなたも……?」

「そう。仲間。だから、一緒に探そ」

「うん」


 うなずき、****ちゃんが涙の溜まった瞳のまま、嬉しそうに笑う。


「そういえば、気になってたんだけど、それ」


 そう言って僕は、****ちゃんの手にある白い傘を指差す。


「これがどうかした?」

「もしかして、今日って雨降る?」

「うん。天気予報見てこなかったの?」

「……見てこなかった」


 言われてみれば、お母さんが人数分の傘を持っていたような……。ぼんやりとした記憶なので確かではないが、多分、きっと、間違いない、はず。


「行こうか」

「うん」


 ****ちゃんに声を掛け、肩を並べ歩き出す。


 これから雨が降るというのなら、少しは急いだ方がいいだろう。


「晃樹君はさ、私の事初めて見た時なんて思った」

「え? 天使かなって」


 後は、可愛い。


「何それ」


 笑われてしまった。


 けど、悪い気はしない。****ちゃんが相手だからだろうか。


「晃樹君もその、格好かっこういいと思う、よ」

「ホント? ありがとう」


 お世辞せじでも嬉しい。


 可愛い上に性格までいいなんて、どんな完璧人間だ、この子は。やっぱり、天使? 天使なのか?


「な、何?」


 僕の視線に気付き、****ちゃんが戸惑いの声を上げる。


「いや、本当に背中に羽根生えてないのかなって」

「……もう。羽根なんて生えてるわけないでしょ。晃樹君って、実はお調子者?」


 そう言いつつも、****ちゃんはどこか楽しげで、どこか嬉しそうだった。


 歩けども歩けども似たような場所が続く。先程と同じ展開。だけど、今度は先程と違い、不安は感じない。今は二人だから。一人じゃないから。


「あ、雨」


 立ち止まり、****ちゃんが空を見上げ、言う。


 それに釣られ、僕も立ち止まり空を見上げる。


 確かに、雨粒がぽつぽつと落ち始めてきていた。小雨。傘を差すか差さないか悩むくらいの、そんな雨量だ。


「?」


 視界が急に白い何かでさえぎられる。


 隣を見ると、傘を差した****ちゃんが立っていた。


「濡れちゃうから……」

「ありがとう」


 恥ずかしそうに言う****ちゃんに、僕は笑顔でそう返す。


「あの、私達って……」

「ん?」

「なんでもありません……」


 なんだろう? 気になるけど、無理に聞き出すのも違う気がするし――


「早く見つかるといいね。お父さんとお母さん」


 結局、僕は全然違う話を振った。


「うん」


 そして僕達は、二人で一つの傘に入り歩き出す。当てもなく、すぐにお互いの両親が見つかると信じて。

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