第21話 覚醒
思考がぼんやりとして上手くまとまらない。
ここはどこだ? 今何時だ? そもそも、寝ていても大丈夫な時間なんだろうか?
ぼやけた視界に見慣れた白い天井が映る。
つまり、ここは自宅の自室。体の下にある物の感触からして、僕はベッドに仰向けに寝転がっているらしい。
窓から赤い光が部屋に注ぎこんで来ている事から察するに、今は夕方と夜の間くらいか。
徐々に思考がクリアになってきた。
変な時間に寝たせいか、頭が重い。
それに、変な夢を見た気がする。幼い頃、小学校低学年の頃の夢を。
今になってなんであんな夢を見たんだろう? 夢を見るまで、公園で迷子になった事こそ覚えていたが、それ以上の事は全く記憶になかった。
女の子。記憶が
僕は夢の中で、彼女の事を天使のようだと称した。
天使。天使。天使……。まさかね。
「よっと」
勢いをつけ上半身を起こす。
掛け時計は六時四十分を指していた。
きっちり夕食前に起きるとは、体内時計ばっちりだな。いや、この場合、腹時計? ……ま、どっちでもいいか。
リビングに向かおうと、スマホを探す。
探し物は、枕元に無造作に置いてあった。おそらく、あまりの眠気に手に持っていたそれを、枕元に投げたのだろう。記憶にはないが、その光景が容易に想像出来た。
「ん?」
スマホを手に取り、そこでようやくランプが光っている事に気付く。
誰だろう?
電源ボタンを押し、画面を
ラインが届いていた。差出人は氷菓さん。内容は――
『いい夢見れました?』
「――!」
な、なんだ、このラインは……。なぜ僕が寝ていた事を知っている? エスパー? エスパーなのか? それとも、盗聴器の類が部屋に仕掛けられているとか?
辺りを見渡す。
怪しい物や部屋にあった物が僕の知らない内に動いた形跡はない。まぁ、既存の物に偽装されていた場合さすがに気付かないので、仮にそうだとしたら専用の機器等を用いないと見つけようがないのだが。
「ん?」
手に持っていたスマホが震え、新たにラインが届く。
『寝ぼけているお兄様、可愛かったです♡』
寝ぼけ? 寝ぼけ……。寝ぼけ!?
「もしかして!」
一つの可能性を思い付き、慌ててスマホを操作する。
「……」
予想通り、知らない通話履歴が……。相手はもちろん氷菓さん。時刻は二時間前となっていた。こんな通話、記憶にない。つまり、僕は寝ぼけて電話に出てしまった?
「あー」
なんか、変な事言ってないかな。可愛いって何? 電話で何を言ったんだ、僕は……。
怖い。怖いけど、確認せずにはいられない。
僕は震える手でスマホを操作、氷菓さんに電話を掛ける。
二回目のコール音の途中で、電話が繋がる。
『おはようございます、お兄様』
「……おはよう」
「なんか、電話くれたみたいだけど……」
堂々とは一体……。
『うふふ』
電話の向こうから笑い声が聞こえた。
それだけの
『ごめんなさい。別に、大した用ではなかったんですけど、大分肩濡れてたようだったのでちゃんと着替えたのかなって』
「あぁ。そこは大丈夫。すぐ着替えたから」
『そうですか。それなら良かったです』
「……」
正直、そんな事が聞きたかったわけではない。僕が本当に聞きたかったのは――
「さっきの電話で僕、もしかして変な事言った?」
そう。本当に聞きたかったのはその事。寝ぼけて出たという数時間前の電話の件だ。
『うふふ。可愛かったですよ』
「だから、何が!?」
言葉が具体的でない分、余計に怖い。ホント、何言ったんだ僕。
『別に、大した事は言ってないですよ。ただ、ふがふがしてて可愛かっただけで』
「ふがふが……」
それならまぁ、別にいいのか。いいのか?
『それよりお兄様』
「ん?」
『どんな夢、見てたんですか?』
「――!」
なんの変哲もない普通の質問のはずなのに、その質問に僕はなぜか動揺してしまう。見ていた夢の内容のせいか、はたまた先程の一つ目のラインのせいか、もしくはその両方……。
「昔の夢、だよ」
『へー。小さい頃の夢って事ですか?』
「そう。小学校低学年の時の」
『可愛かったんでしょうね、その頃のお兄様』
「……」
言葉通りに受け取るべきか、あるいは――
いや、考え過ぎか。変なタイミングで寝たせいで、思考が妙な方に働いているな。
『お兄様?』
僕が急に黙ったからだろう、氷菓さんが不思議そうな声を上げる。
「あ、ごめん。まだ眠気が残ってるみたい」
嘘ではない。それが黙った理由ではないだけで。
『そうですか。そろそろ夕食の時間だし、もう切りますね』
「うん。じゃあ、また明日」
『はい。また明日』
通話を終え、スマホを耳から離す。
ふいに室内に静寂が訪れた。時計の針の音だけがやけに大きく聞こえる。
七時少し前。
今後こそ下に行くか。
ベッドから立ち上がり、扉に向かって歩き出す。
まずは洗面所で顔洗って、それから飯だな。
さて、今日のおかずはなんだろう。肉かな。肉だといいな。まぁ、魚でも
そんな風に今晩のおかずに思いを馳せつつ、僕は扉の取っ手に手をかけた。
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