EX2 東寺
いよいよだ。
緊張する。心臓が口から飛び出しそうだ。これだけ緊張するのは、もしかしたら人生で初めてかもしれない。それぐらい胸がドキドキしている。
落ち着け。落ち着け俺。まずは深呼吸だ。
「すぅー、はぁー……」
「何してんの?」
「!」
突然、なんの脈絡もなく深呼吸をし始めたものだから、隣に立つ
「いや、観覧車なんて久しぶりだから、緊張しちゃってさ」
「観覧車って緊張するものじゃなくない? あ、もしかして、密室に私と二人きりになるから? やらしー」
「べ、別に、そんなんじゃねーよ」
「動揺してる。ますます怪しー」
いかん。これでは告白する前から警戒されてしまう。何か別の話題を振って、話を
「あの二人、今頃どうしてるかな?」
「さぁ、イチャイチャしてるんじゃない? なんて言っても付き合いたてでしょ? チュウぐらいしてるかも?」
チュ、チュウだと。密室、男女、二人きり。……ダメだ。変な方向にすぐ思考が行ってしまう。別の事を考えるんだ俺。水兵リーベ僕の船、七曲がる、シップスクラークか。よし。少し気分が落ち着いた。さすが元素記号。理系だけあって、思考を冷静にしてくれる。
「あ、前進んだ。ほら、次私達の番だよ」
「え? あぁ、だな」
前にいたカップルが観覧車に乗り込み、いよいよ俺達の番になる。
係員の誘導に従い、舞奈・俺の順番で観覧車に乗り込む。
観覧車の中は意外と狭く、向かい合って座ると膝と膝が触れ合いそうだった。
「わぁ、見て見て。どんどん高くなってく。すごーい」
「……」
窓の外を見てはしゃぐ舞奈。その姿を見て俺は、素直に可愛いと思った。
いつからだろう。舞奈の事を女性として意識し始めたのは……。
中学入学時はまだそうではなかった。しかし、気が付くと僅かな事にドキっとさせられ、それまでなんともなかった事に動揺させられていた。
おそらく舞奈の方はなんとも思ってないのだろう。でなければ、あれほどスキンシップしてきたり無防備な姿を見せてきたりしないはずだ。
俺は彼女にとってただの幼なじみであり、男性のカテゴリーに含まれない、いわば家族のような存在なのだろう。その事を嬉しく思う反面、やはり寂しく思う。俺の一方的な片思い。それで今はいいと思った。いや、思っていた。けど――
晃樹が高梨さんと付き合い始め、素直に羨ましいと思った。中学の時にはそんな事思わなかったのに、俺も成長したという事だろうか。
しかし、そのせいである感情が芽生えてしまった。
俺も舞奈と付き合いたい。その感情は日に日に強くなっていき、ついに抑えきれなくなった。そして、今日俺は――
「ねぇ、東寺」
「!」
窓の外を見ていた舞奈が、突然こちらを振り向く。
「楽しかったね、今日」
「あぁ……」
「久々に遊園地来て、いろんなアトラクションに乗って……。また来たいね」
「あぁ、そうだな」
また。今度は二人で。二人きりで。
「舞奈」
「何?」
いつもの感じで舞奈が俺に尋ねる。これから何が行われるのか全く知らない、本当にいつもの感じで。
「話があるんだ」
ひどく喉が渇いていた。口がパサつく。舌が上手く回るか不安になる。今日はコンディションが悪い。止めようか。いや、これだけお
思考が波のように俺の頭を襲い、
「何よ、改まって」
苦笑い。
そりゃ、そうだ。ただの幼なじみとしか思ってない男が、何やら改まって話があるなんて言い出したんだから、苦笑いも浮かべたくなってもんだ。
ここで少しくらい動揺してくれれば、こちらとしても期待が持てたんだが……。まぁ、そんな事を今更言っても仕方がない。後は当たって砕けろだ。
「あのさ」
そう言ったものの、いざとなったら言葉が出てこない。その先の事を考え、どうしても
「すぅー、はぁー……」
もう一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
よし。
「俺、舞奈の事が好きだ。幼なじみとしてじゃなくて、一人の女性として」
「え……?」
舞奈の表情が、動きが停止する。
想定していた事とはいえ、やはり心が折れそうになる。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「ちょっと、待って。え? マジ?」
「あぁ、マジ。大マジ」
動揺する舞奈に、俺は出来る限り真剣な表情でそう伝える。少しでも自分の真剣さが伝わるように。
「いつから? いつからそう思ってたの?」
「多分、最初に意識し始めたのは中二の途中からかな。でも、告白しようと思ったのは最近。晃樹が付き合い始めてから」
「触発されたって事?」
「まぁ、そうなるかな」
告白として今のは悪手だろう。言わなくていい内容だったかもしれない。でも、
「……高梨さんに聞かれた時にも言ったけど、今の私に恋愛に割いてる精神的余裕はないの。勉強と部活。そこに全身全霊を掛けなきゃ、レギュラーは取れないし全国にも行けない」
「うん。分かってる」
分かった上で、それでも告白する事を選んだ。それが正しい事かどうかなんて関係ない。俺がそうしたかったからそうした、ただそれだけだ。
「だから――」
舞奈の次の言葉が発せられるまで、とてつもなく間が空いた。
いや、実際にはほんの数秒なんだと思う。けど、俺にはそれが、凄く長い時間に感じられたのだ。それこそ一分にも一時間にも感じられるほどに。
その先を聞くのが怖かった。全てが壊れてしまう。その可能性も大いにある。だけど、その先を聞かなければ前には進めない。だから――
「待ってて欲しい」
「……へ?」
謝罪の言葉が来ると身構えていた俺の耳に届いたのは、予想もしていなかった全く別の言葉だった。
まつ? 松? 待つ?
「少なくとも、私が部活を引退するまで。その時、まだ同じ気持ちでいてくれたなら、もう一度告白して。その時になったらちゃんと答えるから」
「つまり、保留って事?」
「まぁ、うん。そんな感じかな」
困り笑いを浮かべる舞奈。
「なんだよ、それ」
どっと疲れが出て、意味不明な笑いすら
「ごめん。そうだよね。虫のいい事言ってるって事は分かってる。けど、本当にそれが私の今の正直な気持ちっていうか。決して東寺の事無しとか思ってないし正直嬉しくはあったんだよ。けど、私不器用だから、三つ同時には出来ないっていうか……」
「ぷっ」
何やら必死に言い訳の言葉を並べる舞奈に圧倒され、なぜか笑いがこみ上げてきた。
「あ、ははは」
「え? 何? なんの笑い? それ」
そんな俺の様子に、舞奈は呆気に取られたようだった。
「悪い。大丈夫。分かってるから。舞奈が適当なやつじゃない事くらい。大体、お前と俺が何年幼なじみやってると思ってるんだ」
十五年以上。一生の大半をこいつと幼なじみとして過ごしてきた。こいつの事は下手したら、本人以上に知っている。いいとこも悪いとこも、全部。
「待つよ。引退までだっけ? その代わり、覚悟しとけよ。二回目だからな。今日よりもっと凄い告白用意してやるから、絶対」
「……。うん。期待してる」
言いながら舞奈は、見ようによっては泣いているようにすら見える、よく分からない笑顔にその顔に浮かべてみせた。
何はともあれ、俺の告白は無事に終了した。結果は保留というなんとも締まらないものになってしまったが、俺としては十分満足している。後は二人にも、一応結果を報告しないとな。イエスでもノーでもない中途半端な結果を。
「ねぇ、見てアレ」
「ん?」
窓の外に何かを見つけたらしく、舞奈が俺を呼ぶ。
見ると、窓の外に見知った二人組を発見した。どうやら、これから観覧車の列に並ぶようだ。
「降りたら待っててやるか」
「待つの好きだね」
「うるせー」
舞奈の
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