第17話 膝枕

 なるほど。何事にもキャパシティというものがあるようだ。


 昼食前に僕は絶叫系と非絶叫系を交互に乗れば永遠に行けるような事を言ったが、あれは完全に過言かごんだった。限度を超えたダメージには誰もあらがえない。これは絶対の真理であり、変えようのない事実だ。


 つまり、何が言いたいかと言うと……今回のこれは僕のキャパシティをはるかに超えており、体裁ていさいを保つのも不可能なくらい限界だった。


「あー……」


 ベンチに腰を下ろし、声を出し青空を見上げる。


 情けない。本当に情けない。


「大丈夫ですか?」


 横を向く。心配そうな表情の高梨さんがそこにいた。


「あー、大丈夫……ではないかな。ちょっと時間欲しい」


 強がろうとしてみたものの、この状況でそれをしたところで格好付けにすらならないので、途中で止める。


「すみません。私のワガママに付き合ってもらったせいで」

「ワガママ? なんで? 僕が自分で選んで自分で乗ったんだよ。全然そんなんじゃないよ」

「お兄様……」


 見つめ合い、どちらともなく微笑む。


「うっ」


 しかし、すぐに気持ちが悪くなり、再び僕は天を仰ぐ。


「お兄様」


 首をやや上に向けたまま、声のした方を向く。


 僕と目が合うと、高梨さんが自分のももをぽんぽんと叩いた。


「え?」

「どうぞ、お使いください」

「……」


 高梨さんの腿と顔を交互に見て、最後に空を見る。


 膝枕ひざまくらか。まるで漫画かドラマだな。


「お兄様?」


 これは、腹をくくる他ないか。


 高梨さんに目線で許可を得て、ゆっくりと頭を高梨さんの腿へと下ろす。


 やわらかっ。それに布越しにほのかに体温を感じる。なんというか、とても妙な気分だ。


「どうですか?」

「気持ちいいよ」

「そうですか。それは良かったです」


 言いながら、高梨さんが微笑ほほえむ。


 暑くも寒くもない程よい気温の中、わずかに吹く風が僕の頬をでる。心地のよい、いい日和ひよりだった。まさに昼寝日和だ。しないけど。


 手持無沙汰てもちぶさただったのか、高梨さんの手が僕の髪を撫でる。


「何?」

「お嫌でした?」

「いや、別に……」

「じゃあ、良かったです」


 そんな事を言っている間にも、高梨さんの手は常に動いており、止める気配はなかった。


 まぁ、いいか。気持ちいいし。


「お兄様、今日楽しかったですか?」

「何、急に?」

「南原さんの事もあったし、今もこうして……」


 そう言って、眉間にシワを寄せ、困ったような顔をする高梨さん。


「楽しかったよ」


 その顔を笑顔にしたくて、僕は告げる。率直な思いを。顔を見て。はっきりと。


「え?」

「東寺や神村さん、それに高梨さんと一緒に、色々なアトラクション乗って、ご飯食べて、しゃべって、膝枕までしてもらって。けど――」

「けど?」

「今日はまだ終わってないよ。観覧車乗らなきゃ」

「はい。一緒に乗りましょう、観覧車」


 うなずいてそう言う高梨さんの顔には、僅かばかりながら笑顔が戻っていた。


 その笑顔を見て、僕は――


 あれ? こんな事、前にもなかったっけ?


 ベンチで氷菓さんに膝枕される僕。そして、少し作られた笑顔。


 ……いや、そもそも、僕と氷菓さんが知り合ったのはここ数日なのだから、忘れるほど前の記憶があるはずがないのだが、なぜか以前にも同じようなシチュエーションがあったような気がしてしまう。デジャブ? あるいは――


「お兄様?」


 高梨さんが僕の顔を、心配そうにのぞき込んでくる。


 どこかにトリップしかけていた思考が、彼女の声で引き戻された。

 どうやら僕は、少しぼんやりしていたらしい。


「大丈夫、ですか?」

「うん。ちょっとぼっとしてただけだから」

「本当に?」

「本当に」


 意識的に笑い、体を起こす。


「もう大丈夫」

「まだ良かったのに」


 高梨さんのその言葉は、僕の事を気遣きづかってというより、自分がもう少ししたかったのにという風に聞こえた。


 そもそも膝枕って、される側は気持ちいいけどする側はどうなんだろう? ……その内、機会があったらしてみようかな。まぁ、そんな機会、訪れるかどうか分からないけど。


「それより、飲み物買ってこようか」


 絶叫系に乗ったという事もあって、なんだか無性にのどかわいていた。


 最後に水分を取ってから二時間近く経過しているし、タイミングとしてはちょうどいいかもしれない。


「いえ、ここは私が」


 立ち上がろうとした僕を、高梨さんが付き出した手と共に静止する。


「え? でも?」

「念のため、お兄様はもう少し座っててください」


 そう言う高梨さんの顔は真剣で、僕は半ば気圧けおされるようにその言葉に頷いていた。


「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」


 立ち上がり、僕から遠ざかっていく高梨さん。


 それにしても、さっきの妙な感覚は一体なんだったんだろう?


 デジャブ。勘違い。それだけでは説明出来ない何か不思議な感覚が確かにさっきあった。


「……」


 慣れない場所や慣れない事の連続で、思っていたより疲れていたのかもな。今日は風呂に入ったらすぐに寝よう。明日、月曜日だし。


 ぼんやりとそんな事を考えていると、程なくして高梨さんが戻ってきた。その手にはそれぞれペットボトルが握られていた。


「炭酸にしました。車酔いには効くそうなので」

「ありがとう」


 高梨さんからペットボトルを受け取り、ふたを開ける。瞬間、ぷしゅという音がした。


 ペットボトルを口に運び、ジュースを飲む。


 しゅわっという感触が口と喉に広がり、甘さと共に胃へと運ばれていく。


 なんとなく、気持ちの悪さが緩和された気がする。……気のせいかもしれないけど。


 高梨さんも隣に座り、自分の手の中のペットボトルに口を付ける。


 あちらはお茶のようだ。


「後五分くらいしたら、観覧車に向かいましょうか」

「だね」


 さて、折角二人きりになったんだ。東寺のやつ、いい雰囲気作って、上手く告白に繋げていてくれよ。

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