第3章 既視感の正体

第11話 予定

「じゃあ、またね」

「うん。また」


 下駄箱で高梨たかなしさんと別れ、お互い別の方向へと歩き出す。


 ウチの学校のクラス数は全部で十六とかなり多く、クラス分けも大分細分化されている。


 まずは商業科。これは、進学を目指さず卒業後すぐに就職する生徒が所属するクラスだ。クラス数は全部で二つ。


 次に文系。言うまでもなく、主に国語や社会といった文系の事を学ぶクラス。


 最後に理系。こちらも言うまでもなく、主に数学や理科といった理系の事を学ぶクラス。


 文系と理系のクラスは更にX・Y・Zに分かれており、Xが成績上位者、Zがあまり成績のよろしくない生徒、Yがその中間という形になっている。クラス数は文系理系それぞれ、Xが二クラス、Yが二クラス、Zが三クラスとなっており、教室は文系のX&Y、理系のZ&Y、文系のZ、理系のZという組み合わせで配置されている。


 ちなみに、僕は文系のYクラス、高梨さんは理系のXクラスに所属しており、教室の位置は大分離れていた。


「こーき」

「ぅお」


 いきなり背後から声を掛けられ、次の瞬間には肩に手を回されていた。


「トウジ」

「よ、色男」

「なんだよ、それ」


 肩に置かれた手を振りほどき、僕は再び教室へと歩き出す。


 その隣にすぐに東寺とうじも並ぶ。


「毎度毎度名残なごり惜しそうに別れやがって、このラブラブカップルが」

「知るか。見たくなかったら、目つむって歩け」


 東寺の軽口に対し、僕も軽口を返す。


 どうせ、こんなのは挨拶あいさつみたいなもんだ。言葉選びに思考を割くのももったいないくらいの。


「今日、神村かみむらさんは?」

「日直」

「あー」


 だから、姿が見えないのか。


 というか、僕からそんな認識をされているこいつらも大概だと思うのだが。まったく、いつ付き合うんだか。


晃樹こうきさ、今週の日曜暇?」

ひまだけど、なんだよ?」

「ちょっと行きたいとこがあってさ」

「行きたいとこ?」


 なんだろう。歯に物が挟まったような言い方というか、軸が定まっていないというか……。


「何か企んでる?」

「企んでねーよ。ただ、お願い、みたいな? 高梨さんにも関係してくる話なんだけど」

「高梨さんに?」


 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。


「壺なら買わないし、ネズミ講もやらないぞ」

「なわけあるか」


 まぁ、僕も東寺が本当にその手の話を持ちかけてくるとは当然思ってない。東寺の舌の回りを良くするための、潤滑油じゅんかつゆ的なネタとして振ってみただけだ。


 どうやら僕のその思惑は上手くいったようで、東寺の固さは大分見て取れなくなった。


「ふー」


 決心したように、東寺が息を大きく一つ吐く。


「一緒に遊園地に行ってくれないか?」

「……すまん。用事を思い出した」


 この場からいち早く去るために、僕は速足で階段へと向かう。


「待て待て」


 しかし、肩をつかまれてしまい、僕の逃亡は未然に防がれてしまった。


 気持ちはモンスターに回り込まれた勇者の気分だ。


「何か勘違いしてないか、お前」

「大丈夫。僕は比較的そういう事にも理解があるつもりだし、そんな事くらいで僕達の友情は壊れたりしないから。ただ、僕には彼女がいるし、お前には神村さんがいるじゃないか。何も二人で行く事はないんじゃないかな」


 ネゴシエーターもかくやといった感じに、僕は落ち着いた口調で説得の言葉をつらつらと並べていく。


「違う違う。誰が二人でって言った。四人。俺とお前と高梨さんと舞奈まいなの四人で遊園地に行かないかって話」

「四人? なんだ、それを早く言えよ」


 思わず、らぬ思考をめぐらせてしまったではないか。


「てか、なんで四人なんだよ。遊園地行きたいなら、二人で行ってきたらいいだろ?」


 とりあえず、いつまでも足を止めているわけにはいかないので、歩きながら話をする。


「それが出来たら苦労をしねーよ」

「なるほど。恥ずかしくて神村さんを誘う事が出来ないから、僕達をダシに使うって事か」

「ダシって人聞きの悪い。きっけか。そう。きっかけとして使わせてもらうだけだ」


 言い方の違いはこの際どうでもいい。それよりも気になるのは――


「誘うのが難しいって事は、二人でそういう所に行く感じじゃ今はないって事だよな」

「おう」

「じゃあ、なんで今なんだ?」


 突然そんな事をするからには、何か理由がなければおかしい。


 ……まぁ、想像はつくが、一応本人の口から聞いておきたい。協力するかどうかは置いておいて、それが最低限のケジメだろう。


「舞奈に告白しようと思う」

「おめでとう」

「まだはえーよ」


 しまった。条件反射で思わず口から祝福の言葉が漏れ出てしまった。


「って言っても、お前と神村さんは周りから見たらすでにカップルだし、今更付き合ってないって本人達が否定しても、はいはいってあしらわれるだけだぞ」

「いや、うん。分かってる。そう周りから思われてる事は重々承知してる。けど、怖いんだ」

「怖い? 何が?」

「もし断られたらって……。断られて今の関係も壊れてしまったらって」

「……」


 正直、その辺りの感情は本人にしか分からないものだろうから、赤の他人の僕にはなんとも言えない。だから――


「分かった。協力してやる。ただし、高梨さんに無理強いする気はないからな。彼女が無理って言ったらそれまでって事で」

「もちろん。ありがとう。さすが晃樹。俺の無二の親友にして心の友よ」

「後、費用はお前持ちな」

「もちろん。協力してくれるのに、チケット代払わすなんて真似させないさ」

「後、お土産みやげ代もお前持ちな」

「……それは、えっと」


 さすがにそこまで言われるとは思っていなかったのか、東寺が口ごもる。


「冗談だよ。それくらいは自分で出すって」

「おう……」


 さて、昼休みにでも聞いてみるか。高梨さんの予定が合えばいいんだけど。


 ……と、それよりなにより、神村さんがオッケーするのかって問題があったな。そこでつまずいたらそもそも何も始まらないので、東寺には精々頑張がんばってもらおう。


「楽しみだな」

「他人事だと思って、楽しそうだな」

「まぁ、否定はしないよ」


 そういう気持ちがないと言えば嘘になる。ただ、二人が上手く行ったらいいという純粋な気持ちが僕の中にある事もまた事実だ。


 日曜日が本当に楽しみだ。

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