EX1 公園

 日曜日。僕はなぜか東寺とうじと共に市の体育館にいた。


 ホント何が悲しくて、折角の休日を野郎と一緒に、こんな所で……。しかも、やる事がウェイトトレーニングという……。ホント訳が分からない。


「いやー、久しぶりにきたえたー」


 体育館から出るなり、伸びをしながら東寺がそんな台詞を吐く。


「運動部じゃないのに、なんでこんな事しないといけないんだよ……」


 対する僕はというと、手を挙げる元気もないほどへとへとだった。これは明日、絶対に筋肉痛だな。


「だらしねーな。そんなんじゃ高梨さんに笑われるぞ」

「うるさい。今、高梨さんは関係ないだろ」


 それに、高梨さんはそんな事ぐらいで人を馬鹿にしたりしない。彼女は身も心も天使なのだ。きっと今の僕の姿を見ても、嘲笑ちょうしょうとは別の笑みを浮かべてくれるはずだ。


「ここで突っ立っててもしょうがないし、少し歩こうぜ」

「あぁ」


 歩き始めた東寺に、返事をし僕も続く。


 体育館の隣にはそこそこ大きな公園があり、方向から見て東寺はそこに向かうのだろう。


 狗城くじょう公園は、狗城跡を利用して作られた公園で、石垣があったり堀があったりと随所にその形跡が見て取れる。園内には数百本のソメイヨシノが植えられていて、四月の上旬には桜まつりも開催される、この辺りではそれなりに名の知れた公園だ。


 道路を渡り、園内に入る。


 時期の過ぎた桜に花はもう付いていないが、大量に生えた木々の新緑が目にまぶしい。


「祭りやってない時期に来るのは久しぶりだな」

「まぁ、野郎だけで来るような場所でもないしな」

「いいよな、お前は。これから高梨さんと来放題だもんな」

「来放題って……」


 東寺の物言いに、僕は思わず苦笑を浮かべる。


 デート場所としてここも悪くはないと思うが、そんなに頻繁ひんぱんに来るような場所ではない。精々、年に一・二度来ればいいところだろう。


 体育館から見て反対側の位置に、大きな池が広がっていた。中には大量のこいが泳いでおり、波紋が立つとえさかと思い、パクパクと口を動かし浮上してくる。その姿を見に、毎日訪れる人もいるとかいないとか。


「なんかいいよな、デッカイ池って」


 木のさくに手を付きながら、東寺が言う。


「なんだよ、それ」


 そう言いつつも、気持ちは分からないでもなかった。大きな池を見ると、なんとなくテンションが上がる。


「ここって泳げるのかな」

「は?」


 何言っているんだ、こいつ。


「いや、これだけ広いと泳ぎたくなるだろ? 普通」

「普通とは」


 どうやら、東寺の普通は一般のそれと大分かけ離れえているらしい。感性がぶっとんでいるのだろう、可哀相かわいそうに。


「僕は止めないから、勝手に泳いできてくれ」

「寒いだろ、絶対」


 そういう問題ではない。夏だったら泳ぐのか、こいつは。その光景を見てみたいような、関わり合いになりたくないような……。


 適当に池前で時間をつぶし、上に上がる。


 園内は城跡を使っている事もあり、段々になっている。そして、段々の段部分には石垣がそのまま残されていて、城の名残がそこから見取れた。


 二つ三つと階段を登り、四層目までやってくる。


 狗城公園の名物といえば、一番は桜だと思う。これに関して、異論はないだろう。市外からわざわざ見に来る人がいるくらいだ。間違いない。


 しかし、その他にも狗城公園には名物があり――


 四層目に出来た広場には複数のベンチが置かれており、そこで休息を取る人達の姿が今もちらほら見受けられる。だが、この広場で一番初めに目に入る物といえば、中央に陣取る巨大な鳥かごだろう。


 普通は、動物園等にしかなさそうな大きさの鳥籠の中で動く生物が四羽。オスメスそれぞれ二羽ずつの孔雀くじゃくだ。


「凄いな、相変わらず」


 鳥籠の前で東寺が、感嘆かんたんする。


 確かに、目前で見ると色々な意味で圧倒される。籠の大きさ、そして孔雀の存在感に。


「よくよく考えると、普通の公園に孔雀がいるって訳分かんないよな」

「別に、金取ってるわけでもないし、なんなんだろうな」


 この理由に関しては、知っている人の方が少ないだろう。というか、知っている人を僕は見た事がない。そもそも、聞いた事も然程ないけど。


「孔雀って、オスの方が綺麗な羽根してるんだよな」

「動物には多いよな。鳥とか魚とか」


 動物はオスが一方的に求愛する種族が多いので、そうなっているという話だ。まぁもちろん、全部が全部それに当てはまるわけではないが。


「俺達も着飾ったらモテるのかな」

「試しにやってみたら?」


 僕は止めない。


「止めとく。そういう奇抜なのは、選ばれし者に任せるよ」


 そう言うと、東寺は突然どこかに向かって歩き始めた。


「何? 帰んの?」

「トイレ。ついでに何か飲み物買ってくるわ」

「了解」


 じゃあ、僕はベンチに座ってそれを待つか。


 一番近いベンチにちょうど誰も座っていなかったため、そこを選んで腰を下ろす。

 別に、誰かが座っていたら座らないわけではないが、誰も座っていないベンチが選択出来てそれが手間でないなら僕はそちらを選ぶ。ただそれだけの話だ。


 東寺を待つ間、そんなに長くはならないだろうしスマホを出すまでもないと思い、ぼっと鳥籠の方をながめる。


 鳥籠の周りには一組のカップルと一人のおじさんが立っていた。


 カップルはどちらも二十代前半、おじさんの方は四十前後といったところか。カップルの方は楽しそうだが、おじさんの方はどこか暗い感じだった。


 なんとなく気になり、おじさんの動きを目で追う。


 おじさんは何かを探すように、しきりに下の方を見ては移動を繰り返していた。


 探し物――いや、落とし物の方か? それなら、あの動きの意味も分かる。しかし、あんなに必死に何を探しているのだろう? 余程大事な物か、あるいは無いと困る物か……。


 うーん……。


 僕は少し悩んだ末に、ベンチから腰を上げ、おじさんの元に歩み寄る。


「何かお探しですか?」


 声を掛けると、うつむいていたおじさんの顔が上を向き、その視線が僕をとらえた。戸惑い、混乱、そんな感情がそこからは見て取れた。


「いや、その、ストラップを……」


 戸惑いながらも、おじさんがそう僕に答える。


「どの辺りで落とされたんですか?」

「この辺りでスケッチをしていた時に、急に電話が掛かってきて、多分その時に落としたのかなと……」

「ストラップの形や色は?」

「茶色い筆のストラップ」

「茶色い筆のストラップですね。じゃあ、僕はあちらの方を探してみますね」

「え? あの……」


 おじさんの返事を待たず、僕はその場を離れる。


 こういうのは、同じ場所でも違う人が探すと意外と簡単に見つかる事がある。そう。意外と簡単に――


 ん?


 何か違和感を覚え、振り返る。


「ちょっと、すみません」

「え?」


 おじさんに再び近付き、服のすそに手を伸ばす。そして、そこから小さな筆をまみ取る。


 まさに、灯台下暗し、だな。


「こんな所に……。ありがとう」


 そう言って、僕の手からおじさんがストラップを受け取る。


「見つかって良かったですね。それじゃあ」


 軽く頭を下げると、僕はそそくさとその場を後にした。


 別に、堂々とすればいいのに、ああいうやりとりはどうも苦手だ。慣れていないからだろうか。いつか、ああいうやりとりをスマートにこなせる人間になりたい。つまり、大人の男に。


「君、名前は?」


 背後からの声に、立ち止まり振り返る。


「海野晃樹です」

「海野晃樹君。ありがとう、海野君。本当にありがとう」

「いえ」


 お礼を言われ過ぎて思わず気恥ずかしくなった僕は、まるで逃げるようにその場から足早に立ち去った。


 階段を降りた所で、ようやく足を止めて息を整える。


 まったく。慣れない事はするものじゃないな。……けど、お礼を言われて悪い気はしない。


「何してんだ?」


 声のした方を向くと、それぞれの手に缶ジュースを一本ずつ手にした東寺が、目の前に立っていた。


「孔雀のとこで待ってるんじゃなかったのか?」

「お前のいない間に、色々あったんだよ」

「なんだよそれ。ほら」


 笑いながら、東寺が缶ジュースをこちらに投げてよこす。


「おっと」


 僕はそれをなんとか、すんでのところで受け止める。


「いきなり投げるなよ。危ないだろ」

「俺のおごりだ」

「たく」


 というか、コーラかよ。炭酸じゃないか。余計に投げるなよ。振られて、開ける時に吹き出したらどうするんだ。


「……」


 とりあえず僕は、もしもに備えて東寺の方に開け口を向け、缶を開けた。


「うわぁ。何すんだ」


 コーラはやはりき出した。 


 後、何すんだはこちらの台詞だ。

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