第08話 常識

「これなんてどうでしょう?」

「……いいじゃないかな」

「じゃあ、こっちは?」

「……うん。いいと思う」

「なら――」


 高梨さんの手によって、代わる代わる僕の前に差し出される衣服の数々。その数の多さと差し出される速度もさる事ながら、それが男性物という事に一番動揺している。こういうのって普通、女の子の服の方を選ぶんじゃ……。


「お兄様全部似合うから、キリがなくて困っちゃいますね」


 口では困ると言いながら、にやけ顔が止まらない高梨さん。 


 何がそんなに嬉しいんだが。


「いっその事、店内の商品全部買いましょうか?」

「冗談でも止めてくれ」

「冗談?」


 何を言っているのか分からないと感じで、小首をかしげる高梨さん。


 その姿を見て、僕の背中にツーっと一筋の汗が流れる。


「冗談だよな」

「うふふ」


 え? どっち? 冗談? 冗談じゃない? その笑みはどっち?


「さすがの私も、そんな非常識な事はしませんよ」

「そ、そうだよな」


 なんか、非常識だからしないのであって、非常識じゃなければ金銭的には出来るという風に聞こえるのは、僕の考え過ぎだろうか。


 そもそも、高梨さんの家ってどんななんだろう? 見た目だけで言えば深層の令嬢感あるけど、果たして……。


「高梨さんの家って……」

「はい。私の家がどうかしました?」

「……いや、なんでもない」


 なんとなく、今はその時ではない、そんな気がした。決してじ気づいたわけではない。ホントの本当に。


「? それより、どれにします?」

「どれって、決めたらどうするんだ?」

「もちろん、私がプレゼントします」


 いや、うん。なるほど。そういう流れか。まぁ、ここで水を差すほど僕も馬鹿ではないし、服の一着や二着くらい高がしれている……。


「え?」


 一瞬、思考が止まる。


 精々、高くても七・八千円くらいだと思っていた僕の浅はかな予想をあざ笑うような金額が、そこには書かれていた。


 そういえばここ、店構えからして高そうな雰囲気をかもし出していたような……。


「高梨さん、この服の値札見た?」

「いえ。でも、大体の予想は付くので大丈夫ですよ」


 大丈夫? ホントに?


「一応、確認した方がいいんじゃないかな」


 というか、僕としては是非ぜひ確認をお願いしたい。


「? お兄様がそこまで言うんだったら」


 僕にうながされ、高梨さんが今手に持っている服の値札を確認する。


「はい。まぁ、少し値は張りますけど、想定の範囲内かなと」

「……」


 その反応が僕の想定の埒外らちがいだった。


 女性は男性より服にお金を掛けるというが、それにしてもこの金額を見て顔色一つ変えないとは……。


「高梨さん、一つ提案がある」

「はい。なんでしょう?」

「店を変えないか」


 一応、提案のていを取っているが、もはやお願いだった。


「お店を? 確かに、お兄様に最適な服を選ぶのに一店舗だけで済まそうというのは、怠慢もいいところ。他のお店も見て、色々な服を見比べないといけませんよね」


 店を変える理由は全く違うのだが、結果的にここではないお店にいけるのなら、この際細かいところには目をつむろう。


「それで、今度は僕に店を選ばせてもらえないだろうか」

「もちろん。お兄様が着る服を選ぶのですから、お兄様のお好きなお店で構いませんわ」

「ありがとう。じゃあ、早速移動をしようか」


 こんな高額商品があちらこちらに山積みされた店、一刻も早くおいとましたい。


 というわけで、次に僕達は訪れたのは比較的リーズナブルなお店であり、一般的な高校生でも入りやすいお店だ。


「ここが、お兄様の行き着けのお店……」


 店を見上げ、高梨さんがそうつぶやくように言う。


「そんないいもんじゃないけどね」


 あまりにオーバーな言い回しに、僕の口から思わず苦笑が漏れる。


「行こうか」

「はい」


 高梨さんを促し、店内に足を踏み入れる。


 来慣れているためか、あるいは値段の予想がある程度付くためか、先程の店に比べてこちらの店の方がなんだか落ち着く。


 ただいま、我が故郷。


「へー。こんな感じなんですね」


 逆に、高梨さんは今日までこの手の店に入った事がなかったのか、物珍しそうに室内をキョロキョロと見渡していた。


 やはり、お嬢様なのだろうか。


 そのまま先に進み――


「あ、この服、お兄様に合いそう」


 ラックに掛けられた服を一式手に取る高梨さん。


 それは、白地にボーダー柄のカットソーと濃い緑色をした薄手のカーディガンが組み合わされた物で、シンプルながらお洒落しゃれな装いだった。


「……うん。これいいかも」


 僕の体に当てて着てみた感じが明確に想像出来たのか、高梨さんがそうひとりごちる。


「お兄様はどう思います?」

「いいんじゃないかな。僕の趣味にも合ってるし。ちょっといい?」


 高梨さんが服を受け取ると、自分でも体に当ててみて姿見で全体を確認する。


「うん。いいと思う」

「ですよね。じゃあ、これはキープするとして……」


 これは? キープ?


 頭の上に疑問符を浮かべる僕を余所に、高梨さんは嬉々ききとして別の服を手に取り僕に当てる。


「うーん」


 どうやら、違ったらしい。


 また別の服を手に取り、僕に当てる高梨さん。


「これは……」


 その後、僕は一時間ほど高梨さんの着せ替え人形として過ごし、結局、三着の服を彼女に買ってもらった。もちろん、購入に関して僕は辞退を申し入れたが、最終的には高梨さんの圧に押し負ける形となった。


 まったく。これでは今後が思いやられる。しっかりしろ、海野うみの晃樹。このままだと一生、主導権握られっぱなしだぞ。

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