第09話 弁当

「そろそろお昼にしましょうか」


 服屋を出る頃には、いつの間にか昼食を取るのにちょうどいい時間になっていた。

 というわけで、今の高梨さんの台詞せりふに繋がるわけだ。


「それはいいけど、どこで食べよう?」

「やはり、座れる所がいいですよね……」


 そう言うと高梨さんは、自分のアゴに人差し指を当て考える素振りを見せた。


 座れる場所というだけならその辺りのベンチでもいいのだが、あまり人通りが多い所だと落ち着かないだろうし、公園のような場所は付近にはない。となると――


「向こう側になるけど、ショッピングセンター前の広場で食べようか?」


 あそこならそれなりに広さがあるので、人通りがある程度あってもそんなには気にならないだろう。


「はい。では、そこで」


 言うが早いが、高梨さんが笑顔で僕の腕に自身の腕を絡ませてくる。


「……」


 初回に比べれば幾分いくぶんか慣れきたものの、まだ完全に動揺を押さえきるのは不可能で、平静をよそおうので精いっぱいだった。


「行こうか」

「はい」


 目的地は駅の向こう側。ルートはいくつかあるが、駅の中を突っ切っていくのが一番早い。というわけで、まずは駅の方に向かう。


 狩田駅の通路は二階部にあり、中に入るためにはまず階段を登る必要がある。


 階段の横幅はとても広く、人が十人並んでも肩が当たる事はまずない。まぁ、そんなに一斉に横の並んだところは見た事ないので、あくまでも想像上の話だが。


 やはりというべきか、当然というべきか、駅構内にはそれなりに人がいた。


 自分の乗る電車が発車する時刻まで時間を潰す人、誰かが乗ってくる電車の到着を待つ人、ただそんなの関係なくそこにいる人、移動する人……。そこにいる理由は人それぞれながら、休日という事で比較的晴れやかな顔をした人が多い――気がする。


 駅構内を通過し、そのまま外まで伸びた通路を行く。通路の中程、ショッピングセンターの二階出入り口付近にある階段を降りると、そこにはちょっとした広場が。


 広場の中央には流線形の屋根が付いた木製の舞台があり、今日は行われていないが、日によってはそこでイベントが行われている。コスプレ、演奏、トークショー等々……。頻度ひんどこそ少ないものの、開催されればイベントは毎回それなりに盛り上がっているようだ。


 その舞台を囲うように、複数のベンチが置かれていた。背もたれのない木製のベンチ。その一つに僕達は並んで腰を下ろす。


 この辺りの人通りはまばらで、広場に滞在している人間も四人と少ない。


 これならそれほど一目を気にせず、食事に集中出来そうだ。


 肩に掛けていたトートバックから高梨さんが、布に包まれた弁当箱を取り出す。


「はい。お兄様」

「ありがとう」


 僕がそれを受け取ると、高梨さんは続けてもう一つの弁当箱を取り出した。


 二人で包みを解き、ふたを開ける。


 弁当の中身を見た最初の感想は、母さんの弁当と高梨さんの弁当のハイブリッドという印象だった。ソーセージやミニハンバーグといった茶色い食材をメインにしながらも、詰め方やその他の食材の選択によって母さんの作る弁当とはおもむきが大分異なる。


 なんというか、こう言っては母さんに怒られそうだが、母さんの作る弁当をより女性的にした感じといったところだろうか。特に卵焼きをハート型にしている辺り、ポイントが高い。


「いただきます」


 手を合わせ、おかずに箸を伸ばす。まずはタコさんウィンナーをぱくり。


「うん。美味おいしい」

「ホントですか? 良かった」


 僕の様子を確認してから、高梨さんも食事を開始する。


 いくつか食べてみて感じた事だが、確かにこれはウチの味だ。卵焼きやジャガイモを口にすると、それがよく分かる。


「でも、なんでわざわざ母さんに味付けなんて?」

「やはり、毎日食べるものだし、お兄様の家庭の味に少しでも近付けたいなって……」

「毎日って……さすがに、気が早くない?」


 高梨さんのフライング気味な発言に、僕は苦笑を漏らす。


「え?」

「え?」


 あれ? 何か僕、おかしい事言ったか?


「毎日って、あれだよね。一緒に暮らし始めたらとかそういう……」

「うふふ」


 笑われてしまった。


 どうやら、僕は何やら盛大な勘違いをしていたようだ。恥ずかしい。


「お弁当の話です。お弁当、学校がある日は毎日食べるでしょ? その話」

「なんだ、お弁当か……」


 そっか。そうだよな。お弁当……。ん? お弁当?


「作るつもりなの? お弁当、毎日」

「はい。彼女ですから」


 そう自信満々に言って笑う高梨さん。


 どうも、高梨さんの中の彼女像は世間一般とズレているというか、普通の基準が上がっているというか……。


「迷惑、でした?」


 僕の反応を何やら勘違いしたらしく、高梨さんが困り顔を見せる。


「いや、そんな事はないけど、前以て言っておいては欲しかったかな」


 言われたところで反対はしなかったとは思うが、そういう過程をたかどうかで心持ちは大分変わってくる。


「すみません。そうするのが当たり前なのかと思って……」


 やはり、高梨さんの感覚は少しズレている。……まぁ、それもまた個性か。


「いいよ。けど、大変じゃない? 二つもお弁当作るの」

「大丈夫です。一つ作るのも二つ作るのも労力はそんな変わりませんから」

「へー。そういうもんなんだ」


 僕は自分で弁当を作らないのでよく分からないが、二つ作るから単純に労力が倍というわけではないらしい。


 とはいえ、さっきの服の事もあるし、何かお返しを考えないとな……。


 あげるなら、やはり服とか? いや、それより毎日身に着けるアクセサリーの方がいいのか。アクセサリー。アクセサリーね……。


「お兄様?」


 はしを持ったまま固まる僕を見て、小首を傾げる高梨さん。


「え? あ、何?」

「いえ、何か食べられない物でもありました?」

「違う、違う。ちょっと考え事」


 いけない、いけない。僕がぼっとしていたせいで、高梨さんにらぬ心配をさせてしまった。気を付けなければ。


「考え事?」

「この後、どこ行こうって」


 ……まぁ、大きなくくりで言えば嘘は言っていない。本当に考えていたのは、その先、店で買う物の方だけど。


「どこか行きたいとこでも?」

「うーん。雑貨屋とか?」

「雑貨屋ですか。いいですね。行きましょう」


 せずして昼食後の行き先が決まった。


 後はそこで何を買うかだけ。とはいえ、それが一番の問題といえば問題なのだが……。

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