第05話 注目

 午前中、僕はまさに針のむしろ状態だった。


 とはいえ、朝のホームルームが始まる直前、比較的仲のいい面々が今朝の一件について直接聞いてきてくれたので、僕の口から全く何も発信していない状況よりかは幾分いくぶんかマシな状況にはあったと独自に分析はしている。


 ちなみに、高梨さんとの関係については、隠してもどうせその内バレるので正直に話した。


 彼らの反応はまちまちだったが、日頃交流があるからか本当にネガティブな反応はなく、精々「マジかー」と割と本気でなげく程度だった。


 そして、昼休み。


 ようやく、クラスメイトの僕に対する反応も収まりかけてきた頃、事件は起こった。


「晃樹君、いるかしら」


 話題の張本人、高梨氷菓が鞄を手に僕のクラスに現れたのだ。


「あ、えーっと……」


 たまたま扉近くにいた女生徒――佐々木ささきさんは大人しいタイプで、完全に高梨さんのオーラに気圧けおされていた。


 分からないでもない。僕も昨日までなら高梨さんと話す時、表面上はなんとか取りつくろうものの内心では彼女のようにどきまぎしていた事だろう。……というか、今も少しだけしている。


「海野君?」


 佐々木さんがなかなか答えられなかったからだろう、神村さんが扉のところにやってきて助け船を出す。


「えぇ。悪いのだけど、呼んできてもらえる?」

「オッケー。任せて。海野くーん」


 扉のところから大声で呼ばれ、僕は心の中で頭を抱える。


 こんな事になるなら、高梨さんが来た時にすぐに出ていくんだった。


 もし自分に用じゃなかったらどうしようとか呼ばれる前に行くのはなんか違うかなとか、変な思考を働かせたばかりにこんな事に……。


 仕方ない。腹をくくるか。


 机の横に掛けてあった鞄を手に取り、扉へ向かう。


 その間、それこそクラス中の視線が僕に集中しているのではないかと思うくらい、視線が痛かった。


「あー、海野君。お客さん」

「……うん。ありがとう」

「どういたしまして。じゃあね、高梨さん」


 最後に高梨さんに軽く手を振り、神村さんが自分の席へと戻っていく。


「じゃあ、行きましょうか」

「あぁ」


 クラスメイトの視線から逃げるように、僕は高梨さんと連れ立って教室を後にした。


 移動中も様々な視線が僕達に突き刺さる。


 羨望せんぼう、憧れ、驚き、嫉妬……。もちろん、前半が高梨さんに対するもので、後半が僕に対するものだ。


「その内慣れるわ」

「それはどっちが? 僕が? 周囲が?」

「両方」

「だといいんだが」


 そんな会話を交わしながら歩く事数分、


「ここよ」


 そう言って高梨さんが立ち止まったのは、北校舎六階にある屋上に続く階段の前だった。


「屋上? 入れるのか?」

「いいえ、残念ながら入れませんわ、お兄様」

「おぅ……」


 高梨さんのスイッチが急に切り替わり、思わず僕はたじろいだ。


 ……これにもその内慣れるのだろうか。


「どうぞ、こちらに」


 言うが早いか、高梨さんが階段を登っていく。


「入れないんじゃ……」

「上で座って食べましょう」


 振り向き、高梨さんがそう言う。


 なるほど。そういう事か。


 高梨さんの意図をようやく理解した僕は、彼女に続き階段に足をかけた。


 一番上に着くと、高梨さんがやや左に寄って階段に足を投げ出すように、その場に腰を下ろした。それに倣って、僕もやや右に寄って同じように腰を下ろす。


 お互いの鞄から弁当箱を取り出し、それぞれ包みをほどく。


 ふたを開けると、中身は対象的だった。


 僕の方の弁当は野菜や卵こそ入っているものの、おかずの比率は圧倒的に茶色い物が多く、まさに男の子のお弁当という感じだ。一方、高梨さんの方の弁当は彩り鮮やかで、一色がやたら存在を主張しているという事はなかった。


「一口いかがですか?」


 僕の視線を物欲しそうにしていると解釈したのか、高梨さんがふいにそんな事を言ってくる。


 別に、実際に物欲しそうにしていたわけではないが、折角向こうからしてくれた提案を無下むげに断るのも失礼というもの。


「じゃあ、遠慮なく」

「はい」


 僕が自分のはしを構えるより早く、高梨さんの持った箸が自身の弁当箱の中からおかずをつかみ、こちらに向かって差し出される。


 これは……。


「あーん」


 やはり。かの有名な、バカップルにしか許されないという伝説の、あの、あーんか。


 内心では動揺しつつも、僕は至って冷静を装い、瞬時に思考を働かせる。


 ここは、逆に断る方が恥ずかしいのではないか。


 そうだ。僕はこんな事くらいでは動じないし、必要以上に異性を意識もしていない。僕の思考は今もなぎのように穏やかで、沖縄の海のように澄んでいる。だから――


 口を開く。そこに何かが入るのを待ってから口を閉じ、咀嚼そしゃくを開始する。


 よく見ていなかったが、味や感触からするに口に入れられたのは、アスパラガスの肉巻きのようだ。アスパラガスの苦味と肉の旨味うまみが口の中で混ざり合い、味のハーモニーを奏でる。つまり――


美味うまい」

「良かったです。もう一つどうです?」

「いや、大丈夫。自分のがあるから」

「そうですか」


 僕の返答に、高梨さんが少し残念そうにうつむく。


 そして、何事もなかったかのように、


「いただきます」


 手を合わせると、その箸を使い食事を開始した。


 先程僕の口に触れた箸が、高梨さんの口に次々と運ばれていく。


 どうやら、意識をしているのは僕だけのようだ。なんだか、恥ずかしいようなショックのような……。


 馬鹿ばかな事考えてないで、僕も食事をしよう。


「いただきます」


 手を合わせ、自分の箸を使い僕も食事を始める。


 ふいに気配を感じそちらを向くと、高梨さんが僕の事をじっと見ていた。


「何?」

「いえ、なんでも……」


 そう言って、高梨さんは僕から視線を外す。


「?」


 よく分からないが、あまり詮索せんさくしない方が良さそうだ。




【あとかぎ】


 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 少し怖い敬語の女の子が書きたくて、この作品を作りました。


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