第03話 襲撃

 目を覚ます。それは同時に、夢から覚めた事を意味した。


 ひどく妙な夢を見た気がする。内容は思い出せないが、昔の日本をテーマにした物語のような夢だったような……。


 最近見た、漫画まんがか何かの影響だろうか。やけにリアルな情景だった――気がする。


 まぁ、今となっては、その記憶さえ定かではないが……。


「ん?」


 そこで違和感を覚える。やけに階下が騒がしいのだ。


 ウチは三人暮らしだ。父と母、そして息子である僕の三人。父は普通のサラリーマンで平日のこの時間に家にいる事はない。つまり、一階には母が一人いるだけのはず。なのに、会話が聞こえてくる。


 電話? あるいは、誰か訪ねてきているのか? こんな時間に一体誰が?


 とまぁ、ベッドの中であれこれ考えても仕方ない。とりあえず、着替えて下に行こう。


 ベッドから出て、カーテンを開けると、パジャマを脱ぎ捨て制服に着替える。


 抜き捨てたパジャマはベッドの上に適当にたたむ。枕元にあったスマホと勉強机の上に置いてあった財布をズボンのポケットにそれぞれ突っ込むと、僕は鞄を片手に自室を後にした。


 扉を開けた途端、声は更に大きくはっきり聞こえてきた。


 電話という線はどうやらなさそうだ。それにしては、相手の声がよく聞こえてくる。


 相手は女性だろか? 若い。そう。まるで女学生のような声だ。


 ウチを訪ねてきそうな人に、そんな人いただろうか。保険の勧誘とか? それにしては、会話が弾み過ぎているような……。


「おはよう」


 階段を降り、リビングに顔を出す。


「――な」


 するとそこには、有り得ない光景が広がっていた。


 我が家のリビングの食卓に、母親と制服を着た女子高生がいたのだ。しかも、仲良さげにコーヒーを飲み合っている。


「……」


 思考が追い付かない。


 夢か? 僕はまだ夢を見ているのか?


「あ、晃樹。おはよう」

「晃樹君、おはよう。お邪魔させてもらってるわ」

「えーっと、はい」


 とりあえず、鞄をリビングの出入り口付近に置き、まずは洗面所に向かう。


 洗面所で朝のルーティンを済まし、再びリビングに戻る。


 食卓には高梨さんが一人座っていた。母さんは僕の朝食を準備しているのだろう、台所に移動していた。


「……」


 僕は瞬間迷った挙句、高梨さんのはす向かいに腰を下ろす。


 相手に気をつかっただけで、決して正面に座るのが恥ずかしかったわけではない。決して。


「ところで、なぜここに?」

「彼女なんだから、恋人を朝家まで迎えに来るのは自然な事ですわ、お兄様」


 母さんに聞かれないためか、顔を近づけ小声でそう僕に告げてくる高梨さん。


 不覚にも、それだけの事にひどく動揺してしまっている自分がいる。


「というか、どうやって僕の家を?」


 話す内容が内容だけに、こちらも顔を近づけ、小声で話す。


「それは……愛の力?」

「……」


 小首をかしげ、可愛かわいらしく誤魔化ごまかそうとする高梨さんだったが、さすがにそれで誤魔化されるほど僕も馬鹿ではない。が、ここでそれを指摘したところで、彼女が正直に話してくれるとも思えない。


「はぁー。まぁ、いいや。それより、それ面倒じゃない?」

「それ、とは?」

「話し方」


 どうやら彼女は、常に僕に対して敬語で話そうと思っているわけではなさそうだ。二人っきりの時は敬語、他の誰かに会話を聞かれている時はタメ口という風に、場面場面で使い分けるつもりらしい。


「あー。けど、困りますでしょ? この口調で皆の前で話されると」


 まぁ確かに、常に敬語で話されては周りの目、特に学校での目が気になるので、その点は非常に助かるのだが……。


「敬語を止めるという選択肢はないのか」

「はい」


 満面の笑みで即答されてしまった。


 そうか。ないのか。


「あらら、仲良しさんなのね」

「「あ」」


 声のする方に視線をやると、皿とカップをそれぞれの手に持った母さんが、顔を近づけ話す僕達をまるで微笑ほほえましいものでも見るような目で見つめていた。


「いや、これは」

「いえ、これは」


 僕たちは言い訳じみた事を口にし、慌てて距離を取る。


「いいの、いいの。付き合いたてだもんね。私もお父さんと付き合いたての頃は――」

「あー。そういうのいいから」


 何が悲しくて、自分の両親の付き合いたての頃の話なんて聞かなければいけないというのだ。勘弁かんべんしてくれ。


「はい」


 僕の前に皿とカップを置くと、母さんは高梨さんの隣に戻る。


 ちなみに、隣と言っても僕の正面ではなく、逆側の隣なので僕から見て二つ向こうだ。


 今日の朝食は食パンで作ったサンドイッチ。具はハムとスクランブルエッグとレタス。大体まぁ、この組み合わせだ。


 サンドイッチをひとくち口に含み、次にカップのコーヒーを口に運ぶ。


 カフェインが、眠気のまだ残る僕の頭に染み渡る。思考が飲む前よりわずかにクリアになった――ような気がする。そこには、プラシーボ効果による影響も多大にある事だろう。


 相変わらず、母さんと高梨さんは仲良さげに話していた。


 そういえば昔、「娘もいいわよね」と言っていたので、母さんの方はある意味そういう気分なのかもしてない。


「それにしても、ウチの子にこんな綺麗な彼女が出来るなんてびっくりだわ。よっぽど前世で徳を積んだのね」


 おい。と言いたかったが、実際全くもってその通りなので、大人しく食事に集中する。


 あー。ハムうま。


「そんな事ありませんよ。晃樹君はとても素敵な方で、むしろ私にはもったいないくらいです」

「えー。そう?」


 なぜそこで疑問に持つ。自分の息子が褒められているんだから、素直に受け取れ。……まぁ、気持ちは分からなくもないが。


「とはいえ、前世で徳を積んだというお母さんの指摘も、あながち間違いではありませんけどね」

「あはは。面白い事言うわね。まるで見てきたみたい」

「はい。前世でも私達は恋人同士でしたから」


 そう言って、高梨さんが僕の方を見て微笑む。


 事情を何も知らなければ、ただただ照れて顔を赤くする場面だろうが、彼女の電波的な発言を聞いた後だとさすがにそうもいかない。


 多分、この発言はマジである。少なくとも、彼女の中では。


「あらあら、ごちそうさま」


 どうやら母さんは、今の高梨さんの発言をただの惚気のろけと取ったらしい。


 まぁ、普通はそうなるよな。


 それにしても、前世でも恋人って、兄妹という設定は一体どこに行ってしまったというのだろう。それか、兄妹でもあり恋人でもあったとか? ……まさかね。

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