第10話


 目的を詳らかにし一人一人の目を流してみる。


「おいおい臨時戦闘団長じゃなかったのか。機甲部隊長もな。こんな歩兵戦闘までやるのかよ」


 相手が相手なのでいつものようにドイツ語で愚痴ることも出来ずに、小さくこぼした。


「あそこに無敵の先任上級曹長もいますよ。それに全員四つ星将校ですね」


 ガーナ人大尉、レバノン人大尉、ニカラグア人中尉、ルワンダ人中尉、そして日本人中尉まで居た。自衛隊からの参戦ではない、あの国はこのような戦争に絶対に参加出来ないからだ。では退役者だろうかと考えるが、ここで答えは見つかりそうもない。


 最新式装備のヘルム、熱感知や音響システムにバーチャル画像が浮き出るゴーグル。ランドウォーリアの一個部隊が即席で編成される。


「俺達は左翼だ、右と後ろは無視しろ」


 ハマダ大尉と名乗った男が指揮官で、先ほどのキール上級曹長というのが先任下士官になる。兵卒が四人の六人部隊。 土煙が上がろうと、夜であろうと全く関係ない。補助システムがゴーグルに線画と危険度合いを色で示す輪郭を示してくれる。


「チートだよなこれ。頼り切っちゃいかんぞ」


 故障したら突如戦闘力を失うでは話にならない。


「ええ、でも煙幕も無しで進むって言っても」


 手持ちの手榴弾をいくら飛ばしたところで結果は知れている。このまま突撃しようものなら、ものの十秒で全滅しても不思議はない。ゴーグルに▼が表示され緑の点滅を始め、ヘッドフォンからガゼル飛来が予告された。


「航空戦闘支援?」


 首を左後ろに捻って空を見る、そこには八機のヘリが居てやけに高度を取っていた。高高度で戦域に侵入、対空兵器でもちょっと届かないだろう場所で旋回を始める。


 汎用ヘリが半分混ざっているようだが、少しの間だけ八機が滞空したと思うと戻って行ってしまう。吊っていた何かが落下傘つきで降って行く。


「なんだ?」


 まだ空を舞っている何かに気を取られていたが、目の前の一帯に物凄い煙が発生した。


「自分達の支援の為だけに来てくれたってことでしょうか?」


「行くぞ!」


 ハマダ大尉が命令を下すと、キール上級曹長が先頭で煙へと突入する。 動く者はこの三十人以外全て敵だ。熱感知センサーで味方が緑、その他は全てが赤で表示される。銃口とリンクしているのでゴーグルに仮想ポインターまで出て居る始末だ。


「これは本当に現実なのかね」


 ゲームでもしているような感覚に陥る。複数の百五ミリ砲が赤い矢印で目標設定されていて、道順や距離まで出ていた。


「遅延信管の煙幕まであるみたいですよ」


 いつまでたっても煙が晴れないので不思議に思っていると、傍に転がっていたものが煙を吹き始めた。油が焼ける匂いが酷い。


「さっきの何かはフォグオイルだったわけだ。火災も辞さんか」


 市街地だ、火事が酷くなれば復旧に莫大な費用が掛かる。それなのにこの突入部隊の為だけに、即座に用意、実行した。着実に重砲へ向けて進んでいる、GPSシステムのおかげで自分達の位置もはっきりと認識出来ている。


「あっちのビル陰に寝そべった敵、狙撃兵だ」


「部屋ごと吹き飛ばせ!」


 上級曹長の命令が下る。二等兵が使い捨てのロケットを一つ担ぐと、大体の照準でもって発射した。お互い視界は無いに等しいのに、結果は真逆。


「三階部分崩落しました!」


 大歓声が耳に入って来る。何だと周囲を見回すが煙で全然わからない。


「防衛線が突破された。だが任務は続行する」


 ハマダ大尉が包み隠さず劣勢情報を開示した。ここで教えずとも構わないのに、士気の低下を誘うようなことを何故兵卒にまで漏らすのか。


「俺達は孤立するってわけか」


「山岳部隊の気持ちが解りますね」


 怖いとか、辛いとかを感じない。何とかしてやろうと闘志が湧き上がって来た。ここから逃げ帰るのも、前へ進むのもさして危険に変わりは無い。


「あと二百だ!」


 上級曹長が一息で重砲までたどり着けると周知した。ロケットの必中距離まで半分、掩蔽があろうとそこまで接近出来れば破壊出来る。アーチェリーエスコート、護衛歩兵の姿がちらつく。


「敵の数は少ないな。混乱に乗じていけるか?」


 五人がハマダ大尉に視線を向ける。それぞれが精一杯交戦中で、部隊ごとの指揮は大まかな方針通りで変更がない。左翼の位置を占める、それだけだ。


「キール上級曹長、半数で行けるか?」


 敵の攻勢圧力が緩い、いつまでその状態が続くかは不明だが現場の判断で中央を追い越そうと画策する。 一等兵らの傍に居る黒人が返答する、口を開く前から何と無く予想は出来ていた。


「オフコース、ドゥ! 援護射撃を!」


 二人は肩を軽く叩かれついて来いと命令される。弾倉を交換し左右の担当を決めると、上級曹長を先頭に敵に突っ込んだ。


「小細工なしだ、これでも食らえ!」


 後方で全自動射撃を行う音がした。三秒程激しい弾幕が張られる、その間に立ち上がると走る。自分たちも小刻みに発砲しながら牽制を続け距離を詰めた。土嚢が積まれた小さな囲いの前に突如三人が現れて、シリア兵が驚く。


「うぉぉぉ!」


 上級曹長がFAMASを手にして踊り掛かる。短い銃剣を突くのではなく、銃床を鋭く振り抜いて相手の頬あたりにぶつけた。殴られたシリア兵はくらくらとして膝から崩れ落ちる。一等兵は銃を連射していち早く敵の命を奪った。


「くそ、抜けない!」


 敵の胸を銃剣で突いて体から刃が抜けなくなり慌てる二等兵、上級曹長が「一連射しろ!」適切な助言を行う。言われるがままそうすると、発砲時の反動が助けになり刃が抜けた。


「左翼、敵防御拠点排除!」


 ハマダ大尉が側方の防御を行いつつ、中央への報告を行う。一時的に火力が半分になっているので注意力を全開にしてだ。ハンドディスプレイに表示されている味方の点が素早く動く。それから数秒、大きな爆発音が響き渡る。


「中央前衛、重砲の破壊に成功!」


 赤の目標ポイントが消滅した。


「臨時特務部隊長より全部隊。陣形そのままに右翼を前衛に、左翼を後衛にし進行方向を右へ転進する」

 

 次の目標を近くに配置されている重砲に定める。二基で一組だったのだろう、もう二基より大分距離的に近い。全方位敵だらけだ、どこが安全という担当場所はない。無論本部にも等しく銃弾が飛んで行く。


「防衛線を下げつつ抗戦中のようですが、もう防げる地形は無いって話ですね」


 またもや謎の入電があったようで二等兵が情報を口にする。


「遅延戦闘をしている間に首都から増援でも来るならべつだけどな」


「首都に居るのは大統領護衛に司令部隷下の独立大隊、それにアメリカ軍のようですよ」


 つまり増援は無い。守るべき者が多すぎる、市民や民兵、そして地方の軍などは見捨てられるだろう。 シリア軍の防衛線側面を一気に突破、二基目の重砲を破壊した。


「あと半分か、きついな!」


 背嚢の装備を取り出し空になったのを確かめると惜しげもなく投げ捨てる。これを使い果たしたら後は敵から奪ってでも戦い続けるしかない。


「また入電してます!」


 二等兵のヘルムに耳を近づけて、噂の通信を確かめる。


「決して首都へ抜けさせるな!」

「北東の防衛を厚く、南西へ攻撃を受け流せ!」

「これ以上は無理です!」

「三陣が崩壊、撤退します!」

「閣下の訓示だ、傾注命令」


 かなり混乱しているのが感じられる、少数の部隊が地の利を失ったのだ、結果は推して知るべし。


「全軍傾注! 司令官訓示!」


 上級曹長が不意に声を上げる。交戦中であっても耳を傾けるようにと命令が下される。


「クァトロ司令官イーリヤ・ハラウィ中将だ。シリア軍がベイルートへ侵入したらもう止められなくなる、そうなればこの先十年レバノンはまた暗黒の時代を迎えることになってしまう。俺は誓った、国を揺らす輩を許しはしないと。全軍へ告げる、何としてでもこの地を死守せよ!」


 死守戦を命じられる。遠く後方、おそらくは首都に居るだろう司令官の言に一等兵が反発した。


「何が死守だ、やってられっかよ! どうやって大軍を食い止めるつもりだ」


 文句を言いはしても敵の追撃に応戦するのは止めないし止められない。


「けど士気が絶頂って感じの通信が飛び交ってますよ」


 節約しながら銃撃を短く繰り返し中衛についていく。精強な部隊と解ってから、包囲はしても積極的に攻撃をしてくる敵が減っていた。


「アリヴィー マリンコー。ルブジェクシー オドネラ」


「え? 何語?」


 二等兵が首を捻る。ロマンス語圏の響きっぽかったが理解出来なかった。


「コロールドゥーニー デジィネーション!」


「オントンッ」


 急に部隊の足が止まる。強敵でも出現したのだろうか。


「後方警戒!」

 

 上級曹長が簡易陣地を構築しながら交戦するように命じる。


「いよいよじり貧ってやつか」


「どうでしょうね、生きてるうちは希望を持ちましょう」


 円陣を組んで完全に進軍を取りやめている、この場にとどまりどうするつもりなのか。その時だ、ゴーグルに青の高速飛翔体が表示される。それはあっという間に自分たちの目の前に伸びて来ると地上に突き刺さった。


「ミサイルか!」


 UGM-109Q TTPP、アメリカが誇る巡航ミサイルだ。

 

 第四世代のタクティカル・トマホーク・ピンポイント・ペネトレーター。軽量弾頭による戦術ミサイル。指定した目標を貫く槍、安価で正確、長大な射程をもつ神の手。


 地中海の艦艇から発射されたものが、地上部隊の観測により重砲を破壊した。足を止めて座標の指定を行う、それが行動の答えだったと今知る。


「作戦目標破壊を確認。臨時特務部隊は本隊と合流するぞ!」


「忙しいこった」


 無駄なことをしていたのではないと解ると気分も晴れた。今度は陣形そのまま南へと移動を開始する。


「ブッフバルト少佐より、ヌル少佐。支援を要請する」


「アンダスタン。これより砲撃支援を行います」


 撤退する臨時特務部隊の要請から僅か二十秒、今まで居た場所に八十一ミリ砲弾が降って来た。五秒に一発、お手本にされそうな程滑らかな連射で追撃の足を緩めさせるのに大きな役割を果たしている。


 進軍時の半分の時間で速やかな撤退を完了した。味方の陣地に逃げ込むと緊急補給を受ける。半数が民間人という集団、それでも驚くほど気前よく武器弾薬を渡してくれた。


「互換性ありか、偶然じゃないよな」


 同じ弾丸を使用する小銃を装備していたようで、すんなりと補給を終える。

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