第7話
一等兵が十字砲火が集まる重要防御拠点を前にして足を止めてしまう。
流石の黒服達も物陰に潜んで様子を伺っていた。
「増援待ちでしょうか?」
「普通ならな」
そう応えて先任上級曹長の背中を見詰める。左右に指示をして何かを集めさせていた。
一人男がやって来て「煙幕手榴弾を徴発する」持っているのを全て出せと言ってきた。
左胸に吊っていたそれを二つとも差し出す。二等兵もだ。
どうするのかは既に考えるまでもない、それを一斉に放って突入する。
「周り見ろよ」
男たちが半端な弾倉を棄てて新しいものに入れ替えて号令を待っていた。
辺りは弾丸が激しく飛び交い、少しでも頭を出せば撃ち抜かれるだろう激戦区。
「どいつもこいつも狂ってますね」
そう言いながら二等兵も弾倉を交換する。十人そこそこの分隊、小銃の一連射でいつでも全滅する脆弱な隊。
塹壕から灰色の丸い何かが一度に投擲される、続けて二度目、三度目があった。
ガスが漏れるような音をたてて視界を遮る為の煙が噴き出す。
「行くぞ!」
「はい!」
男たちが怖じずに穴から飛び出して一直線駆けた。
たったの十センチ先すら見えない。先ほどまでの記憶と感覚で走る、敵も見当すらつけずにあてずっぽうで撃ちまくった。
ふと足元が空を切り塹壕に落下する。たまたまそこにいたシリア兵に体当たりする形になり相手を下敷きにした。
「うぉぉ!」
銃剣で胸を一突きしトリガーを軽く引いた。直後に血が飛び散る。
意識を素早く左右に向ける、右手には二等兵が居てシリア兵と組み合いになっていた。
一瞥し左を確かめる、手すきの敵と目が合う。相手が銃を構えるより早くに踏み込み、左手で銃口を掴むとそのまま勢いで頭突きをする。
「ぐわぁ!」
ヘルメットがもろに顔面にぶつかり鼻血を垂らす。
掴まれた銃を何とか向けようとするが一等兵は離さずに、右手で殴り掛かる。
銃に固執するあまりついに拳に負けシリア兵は気を失った。
忘れずに止めを刺す。情けは無用、ここは戦場だ。
振り返ると二等兵も顔を埃だらけにして何とか競り勝って息を乱している。
「タイマンで勝てりゃ一人前だよ」
「そりゃどーも」
背を合わせて周囲の状況把握に努める。少数だったはずだが、どうしてか敵の姿がどこにも見えなくなっていた。
塹壕の外を素早く見回す、するとここが重要拠点のど真ん中だと気づく。
「おー、指揮所か、金星だな」
斜め前に黒ベタに四つ星の軍旗が翻った。「17」の刺繍が誇らしげだ。
「もしかしてあんなのが数と同じだけ居るってことですかね?」
「かも知れんな」
◇
パールベックの防御陣を越えて先へと進む。狭隘部を後方に置いて中央に位置取るとようやく足を止めた。
「野戦糧食とは思えん豪華さだよ」
「いや全くです」
配給されたのが名店の味を再現したもので最初は驚いたものだ。これだけで店を開けそうなほどに旨い。
ラベルを見ると四つ星レストラン・アフリカの星と印字されている。製造元はフォーポインテッドスター、師団自家製だとしたら何を目指しているのやら。
俄かにあたりが騒がしくなる。
「なんだ?」
一団がやって来て中央陣地に重なる。将校を数名引き連れたレバノン軍の将軍らしき人物が近くにやって来た。
「8」の軍旗があるあたりが丘になっているのでそこを接収しようと本部を持ってきているようだ。衛兵と口論になっている。
「行ってみるぞ」
休憩中なので持ち場を離れても今なら何も問題はない。木の実を固めて焼いたバー片手に歩く。
レバノン杉をあしらった軍服、階級は准将。相対するのは黒服、四つ星を左腕につけた中佐だ。隣にはあの先任上級曹長も居る。
堂々とした体躯に闘志漲る瞳が印象的な白人青年。一等兵と同年代だろうか、中佐にしては少し若いように見える。
あまり傍に行くのもどうかと思ったので、ギリギリ声が聞こえる位まで進んで足を止める。
「盗み聞きってのも趣味悪いがな」
それでももし騒動が大きくなるようなら割り込もうとの心づもりだけは決めておく。
兵にとっては軍種や政治的な部分など関係ない。直上の上官を守る、愚直にそれだけを墨守していれば間違いない。
「護衛下士官のサブマシンガンが一番の脅威でしょうね」
「まあな。それを撃つようならあいつらも命はないさ」
そんな馬鹿な真似をしないのは解っている、暴発したとしてもただでは済まない。
「この丘は俺の部隊で司令部に使う、貴官らは他所へいけ」
どうやら第一旅団ではなく、レバノン国民防衛軍、つまりは準軍事団体の司令官のようだ。
緑ベースの軍服に、オレンジのハチマキをした取り巻き。
「准将閣下、所属を明らかにしていただけますでしょうか」
感情を表さずに不躾な一言を丁重に無視する。
装いで相手が誰かは解っているが、自らの口から言わせるのが目的だ。
イラン革命防衛隊の指導を受けて組織されたレバノンイスラム国民防衛軍。一時は武装解除されていたが、南レバノンが独立した頃に再武装を行った。
自衛の為だと建前を掲げ、比較的穏健な集団が軍事力を手にする。
強硬派はレバノンから南レバノンへ脱出、または追放されていたので、政府も目を瞑っていた。
「中佐如きが生意気な口をきくな」
「退役准将閣下、現在作戦行動中につきお望みを受けることが出来ません」
わざわざ退役にアクセントを置いてやり返す。
準軍事団体ということは正規軍ではない。ということは現役将校では無いのだ。
尊敬の念を抱いて退役という部分を省いて接することが殆どだが、戦いの最中、馬鹿なことを言ってくる相手には容赦がない。
「外国の傭兵風情が反抗か、ここはレバノンだぞ。どちらが主で、どちらが従かくらいわかるであろうに」
威圧するように目を細めて声を低くした。階級の差は退役したとしても絶対だ、そうやって軍とは存在している。
「無論承知しております。ですがここは全体の要となる場、譲ることは出来かねます」
その中佐は一歩も引き下がることなく応じた。
准将が肩を震わせて怒りを堪えている。拳を振り上げたら最後、元には戻せないのだ。
「……レバノンイスラム国民防衛軍・北部地区軍上級指導者ラーマン・ビッリー准将だ」
そこに大きなヒントが隠されている。二等兵は特に何も感じなかったようだ。
「ビッリーだって?」
土嚢のすぐ隣で聞き耳を立てていた一等兵が右手の指を顎に添えて考える。
「何か知っているんですか?」
中佐は微動だにせずに記憶の糸を手繰り寄せている、一等兵にはそう見えた。
「アマル運動って政党の議長ってやつと同姓だな」
レバノン戦闘大隊、それの頭文字をとっての略称だ。アラビア語の希望を意味する。
一度はヒズボラと一緒になったが衝突して袂を分かち、南レバノンに行ってしまったヒズボラと対照的に国内に残った。
合法的に議席を得ているアマル運動の戦闘部門、きっと准将は議長の縁続きだろうと推測出来た。
外国人だというのにこうまで詳しいのにはわけがある。一等兵は派遣元の会社から様々な情報を持たされていたからだ。
意識を中佐らに戻す、相変わらず表情を変えずに口を開く。
「ならば尚のことお譲りできません。親シリア派の武装集団に要所を明け渡すなど」
どうやら気づいたようで、アマル運動が親シリアとの知識を掘り当てられたらしい。
シリア軍がレバノンを「解放」したら彼らは正規軍に復帰して、幹部となることが出来るはずだ。
あからさまな裏切りをせずとも劣勢の防衛軍を崩壊させる手段など幾らでもある。
真っ向否定され、さして高くもない沸点を越えた。
「佐官の分際で勝手な判断を下すな!」
「お言葉ですが師団長は自分の判断を必ずお認めになります」
即答した。顔を赤くしていきり立つ准将の目をじっと見てだ。
不穏な空気が立ち込める、ピリピリとした緊張が周囲に伝播した。
「話にならん、上官を出せ!」
師団の司令官は少将が任じられることが多い。中には准将が代行として、師団を指揮することもあった。
中佐はゆっくりと首を横に振った。
「自分が頂点です。クァトロ師団長代理として軍を統括しております」
通常は副師団長が代理をするか、先任連隊長がその職を引き受ける。大佐ならばまだ解らなくもないが、中佐では役者不足も甚だしい。
一等兵が軽く驚く。一般企業、いわゆる株式会社などならば資力で取締役として立場を得るのは解る。
だが軍とはそうではない。私兵集団である民兵、ある意味近い部分はあるがそれは組織の編制上の部分であって、実務の面ではちゃんと執行者がいて当たり前なのだ。
「中佐が頂点だと? 馬鹿なことを言うな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます