第6話
上空のトーネードは大きく左旋回して戦場を離れる。とはいっても追尾されるのは目に見えていた。
トーネードがやったことと言えば、ミグ25を追い払ってから地上に幾つかミサイルを撃っていたことだ。
「あ、さっきと似た対空ミサイル」
南東後方から飛んできた、それは北の彼方へと飛んでいく。地上からの軌跡ではない。
地震かと思える揺れが起こる。空を見上げていた者達が姿勢を低くしてあたりを見回す。
「ほ、砲撃か!」
一等兵が素早く周囲を流し見した。黒い煙を上げていたのはシリア軍が屯している旧陣地。
あちこちで爆発が起きて守備兵を吹き飛ばし、物資を焼いていた。
上空に舞い上げられていた木片がバラバラと降って来る。
「あの木片……木箱か! 陣地に罠を置いて誘い込んだってわけだ!」
そういうことだったのかと驚きと共に触れるなと厳命していたことに今さら納得する。
「用意周到ってわけですね。どこまで計算してたんでしょう?」
あまりにもいろんなことが起きすぎて理解の範疇を越えてしまっていた。
「さあな」
一等兵が空を見上げる、そこには緑色のヤシ、34Sを刻んだF15イーグルが飛んでいた。
「ファルクラムが誘い出されたって信じられるか?」
居るはずがない制空戦闘機、それがまんまと射程に敵を収めた。
「どういう意味です?」
誘い出されたという表現に二等兵が首を傾げた。
「勝てもしない戦いに貴重で高価なミグ29を出すわけがない。シリア軍は騙されたんだよ」
撃墜されたミグ29を見てシリア軍の士気が下がる。今まで頭の上は警戒する必要が無かったのに、急に反対の立場になってしまう。
「……もしかしてさっきの地上攻撃ミサイルって」
「ああ、お前が言ってただろ対空レーダー。トーネードはレーダーを破壊するのと、囮役として来たんだ」
そしてイーグルが飛来して来るのを事前に察知できなくしておいて、ミグを攻撃の為に離陸させた。
きっとイーグルを装備している地中海のアメリカ軍は動かないとの情報もあったのだろうと推測を披露する。
「でも実際にはアメリカ軍は動いたんですよね、何で疑問に思わなかったんでしょうね」
「そこまで俺が知るわきゃないだろ、なんかやったんだろ」
正解だ。理由まで兵が知る由もないが、ベイルートの防衛にやって来たのはアメリカ軍特殊作戦軍だ。
地中海艦隊やアメリカ中央軍の司令官以外は特殊作戦が発動されていたことすら知らない。
右翼のレバノン第一旅団が旧陣地に殺到する。その間わずかだがクァトロに休み暇が与えられた。
水を一口含みながら汗をぬぐう。一等兵が周囲を見回す。
「満身創痍ってやつか」
衛生兵が治療と後送の為にフル稼働している、それだけでは全く足らないので応急処置をあちこちで一般兵も行っていた。
「かすり傷で済んでいるのは少なそうですね」
二等兵が弾丸を補給車から抱えてきて二人分籠め直す。
負傷していて当たり前、それほどまでに激しい戦闘を連日繰り返してきた。
「生きてるだけで奇跡的だよ。戦力差は埋まっちゃいない」
援軍が駆けつけたのは素直に嬉しいが、それでも劣勢なのに変わりは無い。
旧陣地の攻防戦、罠もあったのでレバノン軍が徐々に確保を固めていた。
「砂塵が!」
「ほら、お出でなすった」
北の空を見上げる。かなりの幅で舞い上がる砂煙が近づいてきていた。
戦車を始めとする地上軍が新手を蹴散らそうと接近してきているのだろう。
「戦闘機じゃ対抗も難しい?」
「何台かは破壊できるだろうけどな、まとまった数で来られちゃ無理だ」
最新鋭機であっても積めるミサイルの数は決まっている。空対空ミサイルを戦車に撃つことも出来ない。
数本の発射筋が空に残って居る。遠く地上で黒い煙が幾つか上がった。
一等兵の推測通り、若干の被害を与えて後は見守るのみ。
「レバノン軍防ぎきれるんでしょうか?」
「知るか。歩兵が勝てりゃ世話無いって何度も言ってんだろ」
今までは例外中の例外、百戦して何度成功するかわからない位の数少ない結末だった。
ではレバノン軍もその成功をもぎ取れるかと言えばどうか。
土煙が接近して来ると、旧陣地に砲撃が集中される。戦闘車からは迫撃砲や機銃、戦車からは主砲が向けられた。
塹壕に拠って耐えるしかない。やがて戦力の喪失を防ぐために危険地帯から撤退が始まる。
「……駄目でしたね」
「あれが普通なんだよ」
それでも壊走しないだけマシ。負けを擁護するつもりもないので、小さく呟くに留めた。
嫌な予感がする。そちらは少し大きめの声で呟いてみたようで、二等兵が首を傾げていた。
「反攻に出るぞ!」
軍曹が声を張ってお馴染みの命令を下す。
くわえタバコでロケットを担ぐ。呆れて最早文句を言う気力もうせてしまっていた。
「何だあいつらは?」
右翼から二個中隊程の兵力が「6」の軍旗のあたりに場所を移してきた。
レバノン軍なのは確かなのだが、どうやら所属を移ってきたようで部隊の一部に溶け込んでいる。
「督戦部隊じゃないですよね?」
エリート旅団から民兵に指導を行う将校様がやって来たのかと疑う。
「左右の防壁位置だ、違うだろうな。増援か?」
奇妙な話だった。上部系統に当たるだろう正規軍が精鋭を割いてきた意味が解らない。
後方を指さしている兵が居たのでチラッと視線を向ける。
南の空に大型ヘリが多数飛来した、何かを吊っている。次第にそれが戦闘車であるのがはっきりとしてくる。
「空挺戦車か? あんなヘリ、レバノンじゃ持ってないな」
するとどこのかというと答えは数少ない。
腹の下にアメリカの国旗が塗装されていた。
「海兵隊ですねあれ」
機動力と打撃力、神出鬼没な戦闘集団で誉れ高いアメリカ海兵隊。ところが輸送ヘリは空軍のマークが付けられている。
荷下ろしをしているのは陸軍が主だ。
在欧特殊作戦軍。特殊作戦軍ジョンソン大将の命令で、海兵隊ブロンズ中将を司令官に頂いた統合軍が動いた。
各地から軍を抽出し指揮権を統一、装備を多数かき集めて空から参陣してきた。
「複合装甲のゴツイのまでありますね!」
M1エイブラムス、アメリカが誇る主力戦車だ。
「おい、あれはM1A2 SEPV3だぞ!」
ワシントンD.C.で開かれた博覧会で最新式が公開されて二年、それが実戦に投入される場に居合わせるなど驚きでしかない。
仕事の都合でその博覧会に参加していた一等兵が目を丸くした。
「こっち来ますよ!」
戦車の一団が文字通り一直線向かってくる。不整地だろうが砲撃のある戦場だろうがお構いなしだ。
装甲指揮車両が一両クァトロに乗り入れて来る、これもまた派遣将校なのだろうか。
部隊が「9」の軍旗の傍へと固まって配備される。
「また防壁のような位置取りじゃないですか?」
何故か駒と言われそうな場所に停止した。陸戦の華、最強の戦力がどうしてだろう。
「この戦場、何かがおかしいな……」
戦況の変化が著しい。どうやって反攻に出るつもりなのか軍曹の言動を見守る。
二等兵がヘッドフォンに手を当てる。
「満足に集まってないが出来るか」
「誰にでも出来るようなことを自分に命じるおつもりでしたか?」
「ほぉ、マリーならまだしもお前がそういうとはな。頼もしい限りだ。では始めるとしよう」
「ヤボール。我らがフィルマの為により良い成績をあげてみせましょう」
首を捻って意味を考えるがいまいち理解できない単語が混ざっていた。
「何故ここで映画?」
「なんだって?」
二等兵のつぶやきに反応する。また変な通信を拾っているのだと気づいたからだ。
「いえ、フィルマの為に成績をあげるって応じる者が居て」
映画撮影ってことはないだろうと解りきった笑えない一言を添える。これがフィクションだったなら壮大を通り越して新たな表現が必要になるだろう。
「フィルマだって? ……そいつはドイツ語じゃないか、だとしたら会社だ。会社の成績の為って、軍事製造業者の部隊でも混ざってるのか……」
試作品の実戦評価を得るため、考えられなくはない。
「副司令官命令! 佐官以上の前線指揮官を後方へ下げろ!」
俄かに意味が解らない命令が下される。部隊の統率者を引き下げて一体どうするつもりなのか。
「偉いのだけ逃がすつもりか?」
部隊は根こそぎ失ってしまっても、頭脳だけは確保しておくということなら絶望の選択肢としてあり得る。
「武装ジープが幾つか下がってきますね」
近くを通ったので乗員を見ると、中佐の階級章をつけたアメリカ軍人だった。
「戦車隊の司令だったんじゃないのかありゃ」
防壁として置かれた増援戦車隊、そこから指揮官を排除する、それもアメリカ軍から。そんなことはアメリカ軍にしかできないはずだ。
他国に指揮権を渡したくないが為に国連軍が紙の上のみの存在であるのは、アメリカが拒否するから。
多国籍軍という名の国連軍代替措置、有史以来一度も編制されたことが無いのは世界の常識だ。
「あ、部隊が動きます!」
その最新鋭機を含んだ戦車隊を先頭にして「9」の軍旗と「12」が同じ動きをする。
シリア軍のT-72戦車から125ミリ滑腔砲がエイブラムスに向けられた。
激しく金属がぶつかり合う音が響いた。先制攻撃を行ったT-72の主砲弾が次々とエイブラムスに命中している。
砲手の練度は随分と上等らしく、かなりの音が耳に突き刺さる。
「全滅するんじゃ!」
二等兵が顔を蒼くして土煙の方角を見詰める。
「お前は湾岸戦争知ってるか?」
「あのニンテンドウォーですか?」
目を細めた一等兵が姿勢を低くして「そうだ」小さく肯定すると、二等兵が大きく頷いた。
「湾岸戦争でもT-72とエイブラムスは衝突した、今のようにな。125ミリ砲をエイブラムスの装甲は通さなかった、逆に120ミリでT-72は爆発炎上さ」
相互の距離が凡そ五キロ程だろうか、反撃が行われてT-72へ向けられた砲弾が三秒で着弾、幾つかの戦車が動きを止めた。
射撃の煙から車体が突き抜けて来る、エイブラムスは視界ゼロでも綺麗な突撃編隊を崩さぬまま前進を行っている。
射撃管制だけでなく、敵味方の識別データリンク性能が大幅に向上しているからだ。
ここ十年、二十年進化させ続けたエイブラムスと、当時とさほど性能更新がなされていないシリアのT-72では勝負にならない。
「戦闘団司令より下命、敵を追い出せ!」
師団長ではなく戦闘団の司令名で命令が下される。違いは少ない、もっとも兵らは戦闘団司令と師団長代理が同一人物とは知らないが。
「俺達も前進するぞ!」
軍曹がロケットを背負いFAMASを手にして塹壕を這い出ると小走りに行ってしまう。
「ほらお仕事だ。ここまで来たらどうなってももう驚かんよ」
「はい!」
僅か数百メートル、危険に身を晒す。敵陣との間には装甲車が割り込み盾になってくれている。
「敵の砲手を牽制しながら動け!」
装甲車がロケット攻撃をされないように歩兵が援護する。相互支援が成立する、そこへ来て対人の迫撃砲が陣地後方から眼前数百メートルへと降り注いでいた。
「アドレナリン分泌されっぱなしだな!」
小銃を撃ちながら徐々に進んでいく一等兵の口元は少しばかり笑っていた。
恐怖心が薄まり興奮が勝つ。
「戦争中毒になりゃしませんよね?」
「どーだか」
銃弾が自分に当たることなど無いと、根拠の無い確信が胸に宿る。
「塹壕へ突入するぞ!」
軍曹の怒声がどこからか聞こえてきた。
腰につけていた銃剣を装着、二等兵と目を合わせ呼吸を揃えて穴へと飛び込む。
既に先客がいて、真っ赤な返り血を受けて雄たけびを上げていた。襟には六本線に星が付いた階級章、褐色の肌をした下士官。
「先任上級曹長」
「次行くぞ!」
それだけ残して左腕に四つ星を刺繍したその男は行ってしまった。
「さっきのって戦車をやっつけてた?」
「追いかけるぞ!」
あれの傍に居れば幸運が爆増すると信じて続く。
部隊の最先任がどうして先頭で戦っているかまでは知らないが、勇気が満ち溢れてきた。
取り巻きか直下の部下なのか、黒い戦闘服の男達に混ざると一緒になり敵に深く食い込む。
「抗戦が激しすぎる!」
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