第5話
「あーあ、やっぱ使われますよね」
「当然だ、いいから少しでも掘り下げろ」
進んでくる敵が居ないので作業に勤しむ。あちこちに積まれている木箱が奪われ、補給物資に沸いているシリア軍の姿が憎らしい。
「司令官訓示だ!」
下士官が通信を必ず聞くようにと触れて回る。
「今度こそ撤退の命令ですかね?」
「さあな、どこからお言葉を頂戴するやら」
前線の苦労も知らずに勝手なことを言うと不貞腐れておく。
「クァトロ師団司令官イーリヤ・ハラウィ中将だ。皆よく耐えてくれた、もうすぐ反撃の狼煙が上がる。戦はこれからだ、各位の奮戦に期待する!」
耳を疑った。ここまで押されてどうやって反撃をするというのか。
「冗談が面白くない司令官だな」
「でも何だか味方が沸いてますよ?」
見ると何故か盛り上がっている、一等兵には全く理解できなかった。
◇
続々と敵兵が旧防御陣地に進軍してきて一杯になる。遺棄してきた物資も奪われ侵略部隊の補給の足しにされてしまった。
「扇状に広がる後背地だ、守り切れなければ終わりだが、逃げるのは困らんな」
隘路の出入り口、狭い区域に物凄い数の人間が密集している。両軍の中央に大口径の砲弾を落とせば双方に被害が出るだろう。僅かな測量の失敗で味方殺しの汚名を着ることになる、優勢なシリア軍が敢えて危険を冒さないのは頷けるところだ。黒ベタに四つ星、数字入りが点在している。
「あ、あそこに17がありますね」
中央最前線に「17」の軍旗があり、寄り添うように「8」がはためいていた。
「二列目に6か、三列目が4。周りに色々、ナンバー1は相変わらず戦場が見えないどこかで指揮しているわけだ」
煙草に火をつけて愚痴とも取れそうな台詞を口にした。
「敵さん、そろそろ動くようですよ」
突撃部隊らしい集団が四カ所で準備を始めているのが見える。解るようにわざとやっているのだとしたら士気の低下を誘う為だろうか。
「防げて後一、二回くらいだろ。こんな急造陣地じゃ守り切れん」
一等兵が浅く薄い塹壕を見て限界を予測する。少なくとも長時間拠るような設備は無い、一晩を過ごすだけなら構わないが、数日というと難しい。
「闇に紛れて逃げるってなら解りますよ」
追撃が難しい上に空の目が使えない、夜が明けるまで必死に走れと言われたら納得だ。
「でも反撃の狼煙がどうのといっていたな」
傭兵が結構混ざっているが、基幹となる下士官らは全く退く気配がない。士気が高揚したまま高止まり。何がそこまで気持ちを高ぶらせているのか。
「そうでしたね、でも……通信です……」
二等兵がヘッドフォンを押さえて聞き耳を立てる。真剣な顔で目を細める、どうしてか二等兵の物だけが受信しているようだ。部隊の命令は英語とフランス語の二本立てだが、通信に関してはフランス語が使われていた。シリア軍で理解している兵が少ないからだろうと勝手に解釈している。
「……一時間でハラウィ隊が攻勢に出る? うちの司令官、イーリヤ・ハラウィ中将でしたよね?」
誰がどこと通信しているのを拾っているのか解らない。
「お前のヘッドフォン、ちょっと他と違うな」
「え?」
外してみて一等兵のものと比べてみる、ちょっと旧型のコムタック。傭兵に支給されたものは新しい装備だったが、二等兵に旧型がわたされたようだ。いくつかのチャンネルがプリセットされている、今まで特に不便は無かったが異変に気付く。
「なんでお前だけ受信したんだ?」
言われてみれば誰も通信に集中していなかった、首を捻ってもう一度耳に当ててみる。
「ワリーフの隊が右翼だ、こっちはマリーに任せる」
「ダコール。代理を務めさせて貰いますよ先輩」
「地上軍と上空支援の総括を兄弟が頼む」
「お任せを。どうぞボスはご随意に」
「柄じゃないがね、ご指名だから連合をまとめられるように努力するさ」
「セニャール、どうぞ後方へ」
「俺は遠く離れて指揮するつもりはない。我がままですまん」
二等兵は肩を叩かれて顔を上げた。
「軍曹様の話に注目だとさ」
受信内容を忘れて命令に従い傾注する、何をさせられるのか。
「聞け小僧共、もうすぐ反撃を行う。我らは中央軍の中衛として師団の中核を担うことになる!」
兵らが顔を見合わせる、中央軍中衛だとして右手を見ても殆ど部隊が居ない。薄っぺらい布陣だと呆れる。左手側にはそれでも連隊一つか二つは居るだろうか。
「最前線まで目と鼻の先で中衛っていうんですかね?」
「知るか。まず間違いなく返り討ちだろ」
少数が多数に勝つことは異常だ。その上で奇襲をかけるわけでも、有利な地形を占めているわけでもない。
「右翼にはレバノンの友軍が入る、左翼は山岳連隊が上がり砲撃支援を得られる予定だ!」
説明に納得する。ようやく国軍がやって来てくれる、それなら戦いの程度によればもう少し出来ると頷く。
「それにしたって厳しいですよね、精々一万五千対六万位……ですか?」
「幾つ違う師団旗をみたっけな、まあその位の差はあるな」
兵のレベルで知りえる情報は少ない、範囲内で予測するにしても数で既にこれだけ負けているのだ。装備に至っては歩兵は互角かやや補給面で有利、戦車数は大幅に少ないし、空軍戦力は比較にならない。 あちこちで銃声が響いた。北を見ると準備をしていた敵が接近を始めてきたのが見える。
「敵は待ってくれないってか」
軍曹が応戦を叫ぶ。右翼に味方は見えない、そこに回り込まれては二正面を引き受けることになり中衛は崩壊するだろう。左手から「15」「16」の軍旗が百前後の集団を率いて右翼側へ移動を始めた。
「捨て石の兵員ってやつですね」
敵が少数をいたぶり殲滅している間に増援を待つ。面白くないが有効な時間稼ぎにはなる。
「クソみたいな指揮を執りやがるな」
ぺっと唾を吐き捨てて軍旗を見送る。荒野にいくつかの小集団になり簡易陣地を構築、そこに軽機関銃を据え付けた。十倍の数が襲い掛かる、中衛にも支援攻撃をするように命令が下る。
「正面はいい、あいつら援護するぞ!」
「了解!」
少し遠いが見捨てるに忍びない、二人で遠距離射撃を行う。下手に榴弾で攻撃も出来ないので狙撃じみた行為だが、殆ど効果はあがらない。シリア軍突出部隊がじわじわと進出してくる、強固な簡易陣地を左右に別れて包み込もうとしていた。
二手に分かれると片方の足が止まる。もう一方は簡易陣地を側面に見るが、そちら側からは射撃を受けないような造りなのか更に南下を目指している。三か所でそういった事情で足が止まっているシリア軍が見て取れた。
「上手いな、勢いを受け流している!」
絶妙な位置取りに戦術指揮。案山子が相手なら一人で十人を相手にしても生き残れる。ある程度無理を支えると、煙幕を焚いていつの間にか一つ後ろに下がってしまいまた抵抗を続けていた。
「凄いですね、あの二つの軍旗を軸にあれだけの攻勢を凌いでる」
黒服なのは解るが遠くて人相までは判然としない。正面でも「6」の前に在る「22」が奮戦、左翼では「9」の前で「11」が踏ん張っていた。今まで「4」があった場所には「8」が入れ替わりで位置していて周囲にいくつかの数字を控えさせている。
「規則性があるわけでも無いんだな、戦争が終わったら数字の意味を聞きたいもんだ」
給弾ついでに周囲を見回すと、自分たちのすぐ後ろに「4」が動いてきていた。右翼側の支援射撃位置に就いているようにも思える。
「おい、ありゃなんだ?」
南西の空に豆粒のような何かが見えた。それがレバノン軍の戦闘ヘリ集団だとわかるまで数十秒。
「ガゼルにヒューイってやつですね、ミルも居ます」
どうして今さら援軍を繰り出してきたか疑問は尽きない。何よりシリア空軍の迎撃機に遭遇すればアッという間に壊滅だ。
「傾注! 司令官訓示!」
「くそったれが、この腐れ忙しい時になんだってんだ!」
射撃しながら耳だけ傾けておく。
「世界情勢が動いた。国連安保理ではロシアの拒否で国連としての動きが制限を受けていたが、有志の連合国軍がレバノンに参戦してくる。首都の防衛にアメリカ軍が進出、代わりに防衛軍が前線に押し出されてくるぞ」
それが戦闘ヘリ部隊なのだろう。南東からバスを含めた機動車両が土煙を立ててやって来るのも見えた。レバノン杉の軍旗にアラビア数字で一番が刻まれた軍旗、首都防衛の第一旅団だ。最精鋭が苦しい戦場に駆け付けてくる。クァトロの士気が上がる、孤軍奮闘していたところに現れた味方だ当然沸きあがるだろう。
「警報! ミグ25フォックスバットが飛来するぞ!」
「くそ、さっそく迎撃機のお出ましか!」
さっさと逃げ帰るかと思いきや、戦闘ヘリが上空を旋回シリア軍に地上攻撃を開始した。チェーンガンを弧を描くようにして撒くと同時にミサイルが目につく場所に撃ち込まれる。
「おい逃げないと全滅するぞあいつら!」
レバノン杉の国章を腹の下に描いてあるヘリがたったの数分、わずかな時間味方を支援する為だけに戦場に留まる。戦術の意味では無駄、戦略の意味では有害とすら思える行動だ。
「でも敵の勢いが緩くなりました」
対空ミサイルは撃たれない、装備が無いことはないだろうが戦闘機がもうすぐ駆けつけるので無駄うちするなとの命令が下されているのだろう。一時的に戦車が退避壕に半身を隠して難を逃れようとする、真上からよく狙って誘導しなければ掩蔽に防がれ上手くない。
「警報! フォックスバット来襲まで三百秒!」
流石にヘリ集団が南へと一斉離脱する。空対空ミサイルの射程内だろうが、機関砲で充分撃墜できるので高価な専用ミサイルは控えているようだ。そこまで考えての地上攻撃支援だったのかは解らない、だがヘリに向けて感謝で手を振る歩兵は多かった。
「こちらレバノン航空隊ガゼル、シリア軍の対空レーダー位置を確認した。場所を送る」
「了解」
ヘッドフォンに手を当てて二等兵が首を傾げる。
「さっきの、どうやらレーダーを捜索しにきた部隊だったらしいですね」
「何言ってんだお前は? いいから撃てよ!」
急に行動分析を始めたのに疑問があったが、目の前に迫る敵を防ぐのに集中するよう声を張る。頭の真上を北に向かいミサイルが飛んでいった。遠く飛んでいくと地上へと突き刺さる。
「あれは?」
「知るかよ、それよりそろそろ敵の制空機が来るぞ」
地上にあまり関係はないが、それでもバルカンで連射されれば被害も出る。一人が命を落とすには、弾丸一発あればそれで充分過ぎる。
実はミグ25に機関砲は搭載されていないが、そんな細かいことまで歩兵らで知っている者はわずかだ。やがて機首が長い三角飛行機のような敵機が飛来する。四機で編隊をきっちりと組んでいるが、左右に別れて戦場を離れようとした。
「何で逃げる?」
答えはそれから十秒程で皆が知る。 飛行機雲でもないが、白い煙の尾をひいてミサイルが高速でミグ25を追っていった。
遠くの空で爆発が見える、AGM-88長距離対空ミサイルが目標を捕捉したのだ。先ほどのミグ25に比べると両翼が細く薄っぺらいように見える戦闘機が南から飛んできた。
「ありゃトーネードですね、アメリカ空軍のでしょうか?」
目を凝らして識別マークを見る。緑色のヤシに剣が交差した紋章、75Sの文字も見えた。
「違うな、アメリカじゃない。俺は以前中東で警備任務に就いてたことがあったんだが、RSAF Roundels、あれはサウジアラビア軍の第75航空中隊だ」
二等兵が流れからアメリカ軍のものだと勘違いした、それくらい世界にはアメリカの軍事製品と軍が溢れているのだ。イギリスを始めとしてサウジアラビアなどが運用している。
「あれ、でもレバノンとサウジってそんな仲良かったんですか?」
「レバノンからヒズボラの姿が急速に消えてきたあたりからだな、何でも強硬派は南レバノンに逃げ込んでるって話だ」
喋りながらも応射を繰り返す、一等兵も戦闘に慣れたものだった。 制空権を確保した、数分でもう一度戦闘ヘリ部隊が戻って来る。太陽がやや傾いてきた、空き地にまばらな簡易陣地だけがあった場所に入ったレバノン第一旅団が本格的な戦闘に移り変わると、黒服が引き返してくる。
「警告、ミグ29ファルクラムが空港を離陸しました」
相変わらず二等兵のコムタックには余計な情報が届き続ける。
「次はミグ29が来るって言ってますよ」
「ああそうかい、だとしたらトーネードも真っ青だ」
決定的に劣っているわけでは無い、装備を見る限り爆撃仕様で飛来しているので正面からやり合えば被害が出るだろうことからの一言だ。なにせ一機製造するだけで気が遠くなるような費用が掛かる。
ミグ29なら軽く見積もって、本体だけで三十億円ということだ。武装を施してメンテナンスを行うことを考えれば、それ以上の数字になる。しかもだ、一万時間も飛行をしたらそれで寿命が来るというのだから使うときにはしっかりと働いてもらわねばならない。
「上空から退避していきますね」
「忙しいこったな」
またヘリ集団が逃げていく、食い下がっていたというのが正しい評価だったのかもしれないが。
「連絡将校が通過するぞ!」
軍曹が注意を呼び掛けた。程なくして軽機動車に乗ったレバノン軍大尉がすぐ傍を通り過ぎていく。
「右翼の部隊からですね?」
「ああ、相互派遣ってやつだろうな。上手く連携取れるとは思ってねぇよ」
規模はこちらが上だが、第一旅団が素直に動いてくれるとは思えない。レバノン正規軍、それも中核を担う部隊が外国の民兵団に良い顔をする理由が無い。
「あれ? 右翼が攻め上がっていきますね」
第一旅団が戦況を把握する時間も無いまま進軍を開始した。
「ハラウィ隊が攻勢に出るって話だったが、早速の齟齬ってやつか」
散々盾に使ってこっちを無視して戦う、面白いはずがない。正面に迫っている敵の突撃隊を防ぎながら、右手斜め前の戦いをチラチラと盗み見る。
「警報! ミグ29来襲までわずか!」
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