第4話

 一等兵は背負っているRPGを下ろして弾頭をセットする。


「本気ですか? 俺も?」


「たりめーだろ。下士官が体張って働いてるんだ、俺達がやらんでどうすんだよ!」


 どうとでもなれと予備の弾頭が括ってあるベルトを肩から掛けると、這うように進んだ。二等兵も何とか遅れまいとついてくる。すぐ傍で雷が落ちたかのような轟音が響いた。ヘッドセットで耳を覆っていなかったら一発で鼓膜が破れていただろう。


「な、なんだ!」


 わずか十数メートル先のところで戦車が大爆発した、その衝撃音だった。煙が晴れてくる、多数の戦車が前後左右に見えた。


「て、敵中ど真ん中です!」


 その場に伏せるとすぐ傍の戦車に照準も合わせずに発射しようとする。


「馬鹿野郎! 最低射程割ってる、一つ先の目標を狙え!」


 混乱している二等兵に注意を促す、咄嗟に頭に浮かんだのは訓練のたまものだ。


「は、はい!」


 それでも照準など不要、発射と同時に命中。黒い煙を上げて鉄の塊が燃える。


「さっきの先任上級曹長、近距離に戦車が居るとわかっていたんだな」


 M72E9の最低射程はRPG7とほぼ同じで十メートルだ。次弾装填の数秒の接続時間、電子制御のRPGではそれが致命的になると知っているのだ。使い捨てのロケットを矢継ぎ早に放つと一人の歩兵が三両もの戦車を無力化してしまう。


「おいおいおい、ふざけんなよ! 何なんだよあのおっさんは!」


 左腕に四つの星を刺繍した下士官、他の黒服との違いはその星だ。気づくとその場には既に居なくなっており、兵士が抱えているロケットを徴発しているのが見える。


「戦場の伝説ってやつじゃないですか。ここ、丁度戦車が盾になって死角みたいですよ」


 他の戦車の攻撃対象にならない奇跡の場所、車体や煙で射線が通っていない。さっきの下士官が居た場所がその中心だ。


「俺も戦車キルしたぞ。だが二度とごめんだ!」


「俺のは命中したけど撃破ならずです。ボーナス位出ますよね?」


「知るか! 次弾装填急げ!」


 煙が晴れればいずれ見つかってしまう。そうなる前に居場所を移す、今は出来るだけロケットを撃っておこうと戦車の残骸の影から辺りを伺った。戦場は敵の数が圧倒的に多い。味方はぽつりぽつりといるだけだが、何せ戦闘服が黒いので目立った。


「まあ目標にもされるが味方の識別もしやすいわけだ……」


 乱戦模様になるとそれがよく感じられた。


「準備出来ました!」


 二基分セットさせたので一基ずつ抱えて獲物を物色する。


「出来れば戦車を狙いたいが、補給が充実しているんだ、歩兵に撃ってもいいだろ」


 防衛拠点になっている場所を睨んで支援攻撃を画策した。敵に食い込んで行こうとする部隊を見つけた、機関銃陣地に苦戦している。地形を読む。匍匐前進すれば右手の丘が遮蔽になって危険は半分になる、問題は機関銃陣地そのものと、奥に見える歩兵二人組だ。


「あの二人組を始末するぞ。ちょっと豪華にRPGをプレゼントだ!」


 伏せたまま体勢を斜めにして照準を歩兵の頭あたりに据える。 ある程度の距離を飛ぶと重力で少し弾道が下がる、それで地面にぶつかっても良かった。


「発射前に制圧射撃するんで合図お願いします!」


 小銃を構えてフルオートにカチリと設定を移す。


「スリー、ツー、ワン、ゴー!」


 一等兵が頭をあげて方向と角度を決める。その間二秒、二等兵は二人組に向けて弾丸を集中してばらまく、あたりはしないが近くを通ったため敵が姿勢を低くしてやり過ごそうとした。


「これでも食らえ!」


 爆風を巻き上げてロケットが直進する。一秒とちょっとで地面にぶつかり爆発した。土煙が派手に巻き起こり注目を浴びるがすぐに皆の注意がそれる。胸につけていた煙幕手榴弾を左手前に軽く放ると、白い煙を吐き出した。


「そいつを寄越せ!」


「ほい!」


 もう一基のRPGを手にすると素早く前進、煙が立ち込める状態のまま目を細めて機関銃陣地を睨む。


「トーチカだ、多少前後しても当たる!」


 勘で発射すると結果を確かめることもなく後退、戦車の影に二人して伏せた。やってもやらなくても良いような支援攻撃を自発的に命がけで行ったことが自身らにも信じられなかった。


「俺達はいつからこんな熱血戦闘するようになったんだ」


 小銃を構えて隣で給弾する二等兵の代わりに周囲の警戒を受け持つ。


「さあ、でもあの部隊前進に成功したようですよ」


 リロードを終えると警戒に戻る。チラリと一等兵が件の陣地を見ると、黒ベタの四つ星軍旗が翻っているではないか。撃ち終わってから、ものの十秒程しか経っていないのに素早いことだ。


「打ち合わせも何もせずにあんなにスムースにか、すげぇな」


 そこには「12」が翻っていた。何を意味するかは解らないが、きっと基幹となる小隊番号か何かだろうとあたりをつける。


「警報! フェンサー飛来!」


 上空を攻撃機が通り過ぎていく。だが爆撃も機銃掃射も出来ずに一旦行ってしまう。


「燃料が続く限り旋回するんだろうが、こっちの命がそれまで持つかどうか」


 取り敢えずは頭上注意の必要は薄くなった。敵を倒し過ぎると攻撃をしてくるかもしれないが、多いとこちらが往生する。ではどうするか、進み続け倒し続けるしかない。とんだ選択肢を与えられたものだと舌打ちする。


「戦闘車集団が接近します!」


 二等兵が土煙を目にして注意する、味方であっても流れ弾も飛んでくれば進路に居れば轢かれてしまうことだってある。「21」「25」「30」の軍旗が見え隠れした、でこぼこの原野を疾走する。戦車の主砲で捉えるには距離が必要だ。砲塔の旋回が間に合わずに機銃で応戦する、それほどの接近戦をして戦闘車の装甲が有効なわけがない。


「戦車に比べたら裸も同然だ、どうしてあんな無茶を出来るんだあいつらは?」


 不思議で堪らない、不利な、圧倒的に不利な戦争に参加しているだけでもそうなのに、命も財貨も惜しまずに戦闘に没頭している男たちが。ヘッドフォンから不意に情勢報告が舞い込んでくる。


「警告! 後備師団が戦場東を南下中!」


 後方に回り込もうという動きだ。それを止める術はないし、ほっとけば完全に退路を断たれてしまう。


「どうするんです?」


「普通なら味方の予備が足止めに当たるんだが、そんな部隊は無いからな」


 どうやって阻止するのか、現状では全く想像も出来なかった。


「撤退準備だ! 交互に下がれ!」


 下士官が後退するようにと叫ぶ。それは良いが迂回部隊は待ってはくれないだろう。


「下がるぞ、あの岩まで走れ!」


 適当にマガジン一つ分を威嚇で射撃すると自分も岩場の影まで走る。その岩陰から逃げてくる味方を支援して時折空を見た。未だにフェンサーが空を飛んでいる。


「あ、砲撃」


 南下しようとしている師団の先頭付近に砲弾が落ちた。榴弾のようで広い範囲に土煙が上がった。旋回していたフェンサーが機首を南西へと向けて離れていく。


「砲兵陣地が潰されるか、まあ仕方ないだろ」


 下がって来る味方が居なくなったので今度は自分たちが揃って南へと走る。追いかけてくる敵を先に下がった黒服が牽制してくれる。


「何だか逃げやすいですね!」


 相互支援が出来ている、壊走ではこうはいかない。それにフェンサーが撤退する歩兵を攻撃ではなく、砲兵陣地を潰しにいったのも福音だ。


「砲撃したのは二重の意味があったわけだ。全く準備がいい奴らだ」


 遠くにミサイルが多数飛んでいくのが見えた。現代の電子制御された最先端兵器は万に一つも対象を外したりしない。


「フェンサーが戻ってきます!」


 今度はこっちが狙われる、解ってはいてもどうにも出来ない。対空ミサイルで自衛するしかない。が、南下を続ける敵師団にまた砲撃が加えられた。


「陣地が生きていた?」


 上空のフェンサーが急に旋回して戻って行く。潰し損ねたわけではなさそうな軌道だ、慌てぶりが見て取れた。


「別の場所にもあったんすかね?」


 貴重な撤退時間が再度稼げた、少しずつ下がり以前いた陣地のやや北側にまで戻って来る。再度ミサイルが飛んだ。ところがフェンサーが戻る前にまた師団に砲撃が加えられる。


「一体幾つ砲撃陣地を据えてたんだ?」


 思考を進める。多重に準備していたなら砲兵も撃っては逃げているはずで、装備を棄てて命を拾っているに違いない。


「追撃を受けることを想定していた……フェンサーが混在する俺達を攻撃出来ないことも全部……まさかな」


 そんな先読みが出来るはずがない、敵は全力で殺しに掛かってきているのだ、裏をかこうと頭を回転させている。


「あれ、木箱が随分とあちこちにありますけど」


 出撃する時には無かったものがあちこちにある。


「陣地をすり抜けて南下するぞ! 置いてある物には一切手を触れるな!」


 下士官が何度も繰り返し注意を行う。手持ちの弾薬が足りなくなってきているのに補給するなとはどういうことだろうか。


「どうします?」


「どうもこうもうない、触るなよ」


 疑問があっても命令に従う、それこそが長生きする秘訣だろうと考えずに陣地を抜ける。最後尾は戦闘車が時間を稼いでくれていた。よく見かける「17」がまたもや激戦区に翻っている。


「塹壕を掘れ!」


 捨てた陣地の三百メートル南あたりに穴を掘り始める。対抗陣地なのは解るが、どうしてそれなら捨ててしまったのか。


「スコップ作業の繰り返しですね!」


「生きてるって感じすんだろが! しっかしここだと小銃射程内だな」


 双方が届く、だからこそ解るがこれは攻撃用の陣地になる。すぐに攻めるのに今ある防御陣地を一旦捨てる意味が何なのか。拠っている敵を攻めるには多大な出血が求められる、そんなことが解らないわけがない。


 燃料が尽きたのだろう、フェンサーは渋々北へと帰っていった。 戦闘車がサスペンションを軋ませ陣を抜けて戻って来ると、そのまま後方へと行ってしまった。給油、再武装の為にどこかへ消えたのだ。何とか肩まで隠れるような浅い塹壕を掘った頃に敵が陣地に入り込んでしまう。

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